(二)
榻をぶん投げる。刀を抜いて襲ってくる侍たちに向けて。
轅をへし折る。ベッキリと。飛んできた榻に怯まず挑んできた侍を、金棒代わりに振り回した轅で薙ぎ払う。
それで足りなければ、輪も引きちぎって、ブンッと投げて応戦。轅も輪も二つずつある。折れても、投げて手元に残らなくても、次がある。
「化け物だっ!」
「怪力の化け物じゃ!」
侍たちが騒ぐ。
「なによ! わたしが化け物なら、アンタらは、ゲスのクズの塊じゃない!」
刀を振り回したって、別に怖くないんだからねっ!? その刃が届く前に、この強力でのしちゃえばいいだけなんだからっ!
「ゴアッ!」
「グフェッ!」
「ガハッ!」
悪党らしい呻きとともに吹っ飛び倒れていく侍たち。
仲間がボロクズのように倒れてくさまに怯む侍もいるけど、「よくも!」って激高して飛びかかってくるヤツもいる。
「なによ、まだやる気っ!?」
ハアハアと荒れた息を、顎に伝った汗といっしょに拭う。
ここで負けたら、わたしだけじゃなく、桜花さままで殺される。
わたしはいいけど、桜花さまはダメ。絶対、何がなんでもお守りしなくては。
侍の数が、孤太から聞いてたより多い気がするけど、全部倒してしまえば問題ない! 後から後から増えてくるんだとしても、全部倒せば問題ない!
輪がなければ、中の畳を引っ剥がしてぶん投げる。轅がなければ、牛をつなぐ軛だって振り回す。
バラバラのボロボロになっていく車。見てると悲しくなってくるけど、それでもわたしは力の限り、敵を倒す!
さあ、牛車で使えるものが無くなるか、それとも、わたしが力尽きるのが先か、アンタらドクズ侍が倒れるのが先か。勝負よ、勝負!
〝相変わらずおっかねぇなあ~〟
「孤太! 遅い!」
最後に残ったボロボロ牛車を振り回して応戦中、孤太の声が聞こえてきた。
「仕方ねえだろ。あっちにも侍がいて手間取ったんだよ」
孤太の言い訳を聞きながら、抱え上げた牛車(の残骸)を、残っていた侍たちに向けて投げつける。ズズンッと牛車が地面に沈むような音と、「ゴヘッ」と潰された侍たちの叫びが聞こえた。
「菫野!」
孤太の後ろからついてきてたのは、コハクを抱いた桜花さま。狐太が頑張ったのだろう。桜花さまが傷ついてる様子はなさそう。
「孤太! アンタ、安積さまのところまで案内なさい!」
「え? いや、でも牛車はもうねえし……」
残骸となった牛車と、わたしが倒し、地面にひっくり返ったままの侍を交互に見る孤太。
「大丈夫よ、跳ぶから」
「へ? 跳ぶ?」
キョトンとした孤太。
その間に、邪魔くさい袿を脱ぎ捨てて、桜花さまを、ヨッと横抱きにして持ち上げる。
「桜花さま。しっかりコハクを抱いていてください。あと、絶対喋ったりなさらないでくださいね。落っことしたり、舌を噛んだらいけませんので」
一瞬、キョトンとなさった桜花さま。
「大丈夫ですよ。必ず、兄上さまのもとにお届けいたします」
「わかったわ」
桜花さまが、わたしの腕の中で、真剣な顔で頷く。
(やっぱり桜花さまってお可愛らしいなあ)
そんな場違いな感想に、一瞬頬が緩みそうになるけど、気持ちとともに、引き締めて前を見る。
「行くわよ!」
一歩、二歩、三歩。一足ごとに歩幅は広がって、速くなって。
「トウッ!」
かけ声とともに、塀の上へ。そこから、さらに跳躍!
「孤太! 早く案内なさい!」
塀からまた飛び降り、次は、木に飛び上がる。
「鬼か怨霊みたいだぞ、今のアンタ」
「うっさい! なんでもいいから案内する!」
牛車をぶっ壊して暴れたせいで、髪はボサボサのヨレヨレ。土で汚れた小袖姿のわたしは、「姫を攫って夜空を駆ける鬼女」。誰かに矢を射掛けられてもおかしくない。けど。
(なんとしても桜花さまを守らなくては!)
その思いだけを胸に、走って跳んで、駆け抜ける。
どれだけ息が苦しくなっても、どれだけ足が腕が痛くなっても。この強力が続く限り。
(安積さまのもとに、桜花さまを!)
その一念で、空を駆ける。
* * * *
「宮! あちらからあやしい塊が飛んでまいります!」
「あやしい、……塊?」
叫んだ雑色の指差す空。そこに見えたのは、月明かりの下、幾度も跳躍しながらこちらへ飛んでくる、黒い塊。――いや。
「化け物じゃ!」
「鬼女じゃ! 鬼女が飛んでおる!」
口々に叫ぶ雑色たち。中には、怯え手を合わせて経を唱える者までいる。
髪をふり乱し、跳躍する鬼女。と、その前を飛ぶ小さな鬼。みるみる間にこちらへ近づいてきて。
「兄さま!」
鬼女の腕のなかの者が叫ぶ。
「桜花っ!?」
近づいてきたのは鬼女と小鬼ではない。
「――菫野っ!?」
信じられなかった。
夜空を跳躍してきたのは、桜花を抱く菫野。小鬼だと思ったのは、彼女の小舎人童。
あれだけ血眼になって探していた妹とその女房が、空を飛んで戻ってきたのだ。
「兄さま!」
シュタッと僕の前に降りた菫野。その腕の中から桜花を受け止める。
「……よくぞ無事で」
不安に握りつぶされそうになっていた心臓が、安堵し、喜びに押しつぶされる。硬くなっていた体が、フワッと広がっていくような感覚。
息を吹き返したような体の中で、思いが嗚咽とともに、胸に詰まる。
「桜花……」
無事で。無事で本当に良かった。
今こうして腕の中に妹がいること。それが夢でないことを確かめるため、何度も何度もその髪を撫で、存在を確かめる。
「菫野のおかげです。菫野がいてくれたから、わたくしは……」
腕の中で、桜花が涙を流す。妹も泣くことで、今が現実であることを実感しているのだろう。恐ろしい人攫いから救われたことを確かめている。
「菫野、本当にありがとう」
桜花の背後で、立ったまま控えていた菫野に声をかける。
彼女が守ってくれなかったら。考えるだけで、息が止まりそうになる。桜花を失うなど、考えるだけでも恐ろしい。
「いえ、桜花さまを無事に送り届けることができて、よかったです」
桜花を抱えてきた彼女の姿は、髪はボサボサに乱れ放題で、袿もないボロボロの小袖姿。「鬼女」と言われてもおかしくない格好なのに、なぜかその笑顔は「美しい」と思えた。
「真成、桜花を頼む」
傍に控えていた真成に桜花を預ける。
今までの僕なら、桜花を誰かに頼むなんてしなかったのに。ちょっとだけ自分に戸惑いながら、彼女の前に立つ。
「あの、これ……」
よれた格好のまま、菫野が懐から、バラバラの木片を取り出した。
「せっかくいただいた扇ですけど、ごめんなさい。壊してしまいました」
「え?」
この木片は、もとは扇? それも僕が贈った扇?
言われてみれば、木片には僕が贈った扇と同じ絵が残っているような……。
「もしかして、これで敵と戦ったり?」
「はい……。他に得物がなかったので」
ショボンと肩を落とした菫野。敵と戦ったり、空を飛んできたその強力ぶりとは対照的な、しおれた花のような姿。
「いいよ、扇ぐらい。それより扇のおかげできみと桜花が無事だったのなら、贈ったかいがあったってものだよ」
「あの、いえ……。扇だけじゃなくて、牛車も壊してしまいました」
「え? 牛車も?」
「はい……」
ますますしおれていく菫野。
いったいどうやって牛車を壊したのか。見た目はとっても華奢なのに。
興味は尽きないけれど。
「いいよ。きみたちが無事だったのなら。まされる宝 きみしかめやもってね」
牛車や扇などどうにでもなる。
それより大事なのは、桜花と、菫野が無事だったこと。
二人がこうして戻ってきたことが何よりうれしい。
(――え? 二人?)
自分の思いに自分で驚く。
今までなら、桜花が無事なことを喜ぶだけだったのに、「きみたち」と菫野まで含んでいるなんて。
「ありがとう……ござい、ま、す」
フワッと笑った菫野。そして。
「菫野!」
グラリと揺れた彼女の体。慌てて受け止めると、そのまま体からクタリと力が抜けた。
(かなり無理をしてきたのだな)
いくら強力とはいえ、敵を倒し、桜花をここまで運んできたことを思えば、力尽きるのも仕方ない。
(菫野――)
髪も乱れてヒドい有様なのに、なぜか腕のなかの彼女を手放したくないと思う。
(血?)
ふとその手を取ろうとして、手のひらに滲む血に気づく。真っ赤に腫れ、擦りむき、痛々しい彼女の手。悪漢を倒すために、扇だけじゃなく牛車も使ったと言っていたが。その時にでも傷ついたのだろうか。そしてその手で、桜花を抱えてここまで帰ってきた。
無事に妹を取り戻せたのに。無事に帰ってきてホッとしたはずなのに。
「すまない」
絞り出した謝罪。
心が締めつけられるように痛い。




