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筋肉乙女は恋がしたい! ~平安「強力」恋絵巻~  作者: 若松だんご
五、美濃の強力娘、牛車をかりて活躍するの語
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(二)

 (しじ)をぶん投げる。刀を抜いて襲ってくる侍たちに向けて。

 (ながえ)をへし折る。ベッキリと。飛んできた(しじ)に怯まず挑んできた侍を、金棒代わりに振り回した(ながえ)で薙ぎ払う。

 それで足りなければ、輪も引きちぎって、ブンッと投げて応戦。(ながえ)も輪も二つずつある。折れても、投げて手元に残らなくても、次がある。


 「化け物だっ!」


 「怪力の化け物じゃ!」


 侍たちが騒ぐ。


 「なによ! わたしが化け物なら、アンタらは、ゲスのクズの塊じゃない!」


 刀を振り回したって、別に怖くないんだからねっ!? その刃が届く前に、この強力でのしちゃえばいいだけなんだからっ!


 「ゴアッ!」

 「グフェッ!」

 「ガハッ!」


 悪党らしい呻きとともに吹っ飛び倒れていく侍たち。

 仲間がボロクズのように倒れてくさまに怯む侍もいるけど、「よくも!」って激高して飛びかかってくるヤツもいる。


 「なによ、まだやる気っ!?」


 ハアハアと荒れた息を、顎に伝った汗といっしょに拭う。

 ここで負けたら、わたしだけじゃなく、桜花さままで殺される。

 わたしはいいけど、桜花さまはダメ。絶対、何がなんでもお守りしなくては。

 侍の数が、孤太から聞いてたより多い気がするけど、全部倒してしまえば問題ない! 後から後から増えてくるんだとしても、全部倒せば問題ない!

 輪がなければ、中の畳を引っ剥がしてぶん投げる。(ながえ)がなければ、牛をつなぐ(くびき)だって振り回す。

 バラバラのボロボロになっていく車。見てると悲しくなってくるけど、それでもわたしは力の限り、敵を倒す!

 さあ、牛車で使えるものが無くなるか、それとも、わたしが力尽きるのが先か、アンタらドクズ侍が倒れるのが先か。勝負よ、勝負!


 〝相変わらずおっかねぇなあ~〟


 「孤太! 遅い!」


 最後に残ったボロボロ牛車を振り回して応戦中、孤太の声が聞こえてきた。


 「仕方ねえだろ。あっちにも侍がいて手間取ったんだよ」


 孤太の言い訳を聞きながら、抱え上げた牛車(の残骸)を、残っていた侍たちに向けて投げつける。ズズンッと牛車が地面に沈むような音と、「ゴヘッ」と潰された侍たちの叫びが聞こえた。


 「菫野!」


 孤太の後ろからついてきてたのは、コハクを抱いた桜花さま。狐太が頑張ったのだろう。桜花さまが傷ついてる様子はなさそう。



 「孤太! アンタ、安積さまのところまで案内なさい!」


 「え? いや、でも牛車はもうねえし……」


 残骸となった牛車と、わたしが倒し、地面にひっくり返ったままの侍を交互に見る孤太。


 「大丈夫よ、跳ぶから」

 

 「へ? 跳ぶ?」


 キョトンとした孤太。

 その間に、邪魔くさい袿を脱ぎ捨てて、桜花さまを、ヨッと横抱きにして持ち上げる。


 「桜花さま。しっかりコハクを抱いていてください。あと、絶対喋ったりなさらないでくださいね。落っことしたり、舌を噛んだらいけませんので」


 一瞬、キョトンとなさった桜花さま。


 「大丈夫ですよ。必ず、兄上さまのもとにお届けいたします」


 「わかったわ」


 桜花さまが、わたしの腕の中で、真剣な顔で頷く。

 

 (やっぱり桜花さまってお可愛らしいなあ)


 そんな場違いな感想に、一瞬頬が緩みそうになるけど、気持ちとともに、引き締めて前を見る。


 「行くわよ!」


 一歩、二歩、三歩。一足ごとに歩幅は広がって、速くなって。


 「トウッ!」


 かけ声とともに、塀の上へ。そこから、さらに跳躍!


 「孤太! 早く案内なさい!」


 塀からまた飛び降り、次は、木に飛び上がる。


 「鬼か怨霊みたいだぞ、今のアンタ」


 「うっさい! なんでもいいから案内する!」


 牛車をぶっ壊して暴れたせいで、髪はボサボサのヨレヨレ。土で汚れた小袖姿のわたしは、「姫を攫って夜空を駆ける鬼女」。誰かに矢を射掛けられてもおかしくない。けど。


 (なんとしても桜花さまを守らなくては!)


 その思いだけを胸に、走って跳んで、駆け抜ける。

 どれだけ息が苦しくなっても、どれだけ足が腕が痛くなっても。この強力が続く限り。


 (安積さまのもとに、桜花さまを!)

 

 その一念で、空を駆ける。


*     *     *     *


 「宮! あちらからあやしい塊が飛んでまいります!」


 「あやしい、……塊?」


 叫んだ雑色の指差す空。そこに見えたのは、月明かりの下、幾度も跳躍しながらこちらへ飛んでくる、黒い塊。――いや。


 「化け物じゃ!」


 「鬼女じゃ! 鬼女が飛んでおる!」


 口々に叫ぶ雑色たち。中には、怯え手を合わせて経を唱える者までいる。

 髪をふり乱し、跳躍する鬼女。と、その前を飛ぶ小さな鬼。みるみる間にこちらへ近づいてきて。


 「兄さま!」


 鬼女の腕のなかの者が叫ぶ。


 「桜花っ!?」


 近づいてきたのは鬼女と小鬼ではない。


 「――菫野っ!?」


 信じられなかった。

 夜空を跳躍してきたのは、桜花を抱く菫野。小鬼だと思ったのは、彼女の小舎人童。

 あれだけ血眼になって探していた妹とその女房が、空を飛んで戻ってきたのだ。


 「兄さま!」


 シュタッと僕の前に降りた菫野。その腕の中から桜花を受け止める。


 「……よくぞ無事で」


 不安に握りつぶされそうになっていた心臓が、安堵し、喜びに押しつぶされる。硬くなっていた体が、フワッと広がっていくような感覚。

 息を吹き返したような体の中で、思いが嗚咽とともに、胸に詰まる。


 「桜花……」


 無事で。無事で本当に良かった。

 今こうして腕の中に妹がいること。それが夢でないことを確かめるため、何度も何度もその髪を撫で、存在を確かめる。


 「菫野のおかげです。菫野がいてくれたから、わたくしは……」


 腕の中で、桜花が涙を流す。妹も泣くことで、今が現実であることを実感しているのだろう。恐ろしい人攫いから救われたことを確かめている。


 「菫野、本当にありがとう」


 桜花の背後で、立ったまま控えていた菫野に声をかける。

 彼女が守ってくれなかったら。考えるだけで、息が止まりそうになる。桜花を失うなど、考えるだけでも恐ろしい。


 「いえ、桜花さまを無事に送り届けることができて、よかったです」


 桜花を抱えてきた彼女の姿は、髪はボサボサに乱れ放題で、袿もないボロボロの小袖姿。「鬼女」と言われてもおかしくない格好なのに、なぜかその笑顔は「美しい」と思えた。


 「真成、桜花を頼む」


 傍に控えていた真成に桜花を預ける。

 今までの僕なら、桜花を誰かに頼むなんてしなかったのに。ちょっとだけ自分に戸惑いながら、彼女の前に立つ。


 「あの、これ……」


 よれた格好のまま、菫野が懐から、バラバラの木片を取り出した。


 「せっかくいただいた扇ですけど、ごめんなさい。壊してしまいました」


 「え?」


 この木片は、もとは扇? それも僕が贈った扇?

 言われてみれば、木片には僕が贈った扇と同じ絵が残っているような……。


 「もしかして、これで敵と戦ったり?」


 「はい……。他に得物がなかったので」


 ショボンと肩を落とした菫野。敵と戦ったり、空を飛んできたその強力ぶりとは対照的な、しおれた花のような姿。


 「いいよ、扇ぐらい。それより扇のおかげできみと桜花が無事だったのなら、贈ったかいがあったってものだよ」


 「あの、いえ……。扇だけじゃなくて、牛車も壊してしまいました」


 「え? 牛車も?」


 「はい……」


 ますますしおれていく菫野。

 いったいどうやって牛車を壊したのか。見た目はとっても華奢なのに。

 興味は尽きないけれど。


 「いいよ。きみたちが無事だったのなら。まされる宝 きみしかめやもってね」


 牛車や扇などどうにでもなる。

 それより大事なのは、桜花と、菫野が無事だったこと。

 二人がこうして戻ってきたことが何よりうれしい。


 (――え? 二人?)


 自分の思いに自分で驚く。

 今までなら、桜花が無事なことを喜ぶだけだったのに、「きみたち」と菫野まで含んでいるなんて。

 

 「ありがとう……ござい、ま、す」


 フワッと笑った菫野。そして。


 「菫野!」


 グラリと揺れた彼女の体。慌てて受け止めると、そのまま体からクタリと力が抜けた。


 (かなり無理をしてきたのだな)


 いくら強力とはいえ、敵を倒し、桜花をここまで運んできたことを思えば、力尽きるのも仕方ない。

 

 (菫野――)


 髪も乱れてヒドい有様なのに、なぜか腕のなかの彼女を手放したくないと思う。


 (血?)


 ふとその手を取ろうとして、手のひらに滲む血に気づく。真っ赤に腫れ、擦りむき、痛々しい彼女の手。悪漢を倒すために、扇だけじゃなく牛車も使ったと言っていたが。その時にでも傷ついたのだろうか。そしてその手で、桜花を抱えてここまで帰ってきた。

 無事に妹を取り戻せたのに。無事に帰ってきてホッとしたはずなのに。


 「すまない」


 絞り出した謝罪。

 心が締めつけられるように痛い。

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