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筋肉乙女は恋がしたい! ~平安「強力」恋絵巻~  作者: 若松だんご
五、美濃の強力娘、牛車をかりて活躍するの語
21/35

(一)

 「なんだって? 桜花の乗った車が!?」


 「はい、残された女房たちの話によれば、その行方がわからなくなったと」


 先に船着き場へと行かせた桜花たち。

 聞けば、船着き場へとたどり着けたのは別の車に乗った女房たちだけで、桜花たちの車はそのままどこかに攫われたのか、行方知れずだという。


 (桜花――!)


 自分を呼び出したという阿闍梨。

 しかし、いざ尋ねてみれば、そもそもそのような使いを出しておらず、「話があれば、こちらから参りますものを。親王さまをお呼びだてするなど恐れ多い」と恐縮していた。


 (僕と桜花を引き離す魂胆か)


 一緒に入られると都合が悪い。桜花だけを手に入れたい。もしくは、このまま――。


 「真成」


 「すでに、木幡の母に使いをやっております」


 「そうか。なら、よろしく頼む」


 「はっ!」


 言って自分も馬首をめぐらす。

 行方がわからないのは、桜花と菫野が乗った牛車。ともにいた随身に人攫いがいたのだとしたら、随身を用意した近衛府の、ひいては近衛中将の責となる。

 阿闍梨が呼んでいるのと告げたのは、左大臣家の荘にいた家司。それが罠であったとしたら、荘の者は信用できない。

 それに、首謀者が誰かわからない以上、迂闊なことは出来ない。帝の女二の宮が攫われたとなれば、都の一大事。それを利用し、誰かを陥れることを考える輩も現れる。政争の末、身を滅ぼしてくのは勝手だが、それにより無辜の誰かが巻き込まれることだけは避けたい。

 もしかしたら、ここに避暑に誘ったことから罠だったのか。中将が急遽帰京したことも、予め決められていた作戦だったのか。

 なぜ、どうして。いつから、誰が。

 考えだしたらキリがない。なにもかも怪しく思えて、なにもかもが信じられなくなる。

 唯一、真成の、乳母の家の者を使えることが救い。


 (桜花、無事でいてくれ――!)


 それだけを願い、馬の腹を蹴った。


*     *     *     *


 「――出ろ」

 

 乱暴に御簾を上げられ、そのまま棒で小突かれるようにして、牛車から無理やり降ろされる。周りを取り囲んでいたのは、ガラの悪そうな侍たち。


 女性なんだから降りるのに手間がかかるって知らないの? 袿とかなんとかゾロゾロ引きずるからゆっくり降りさせてよ! それと、牛車は後ろから乗って前から降りるって作法を知らないの? アンタら!


 言いたいけれど。その手にした、わたしのお尻をつついた棒をひったくって真っ二つに折ってやりたい衝動にかられたけど。深い息をくり返して、なんとか気持ちを抑える。大事なのは、「なにすんだ、この野郎!」ではなく、「桜花さま、しっかり」。

 ここには、わたししかいないんだし。わたしがどうにかして、桜花さまをお守りしなくちゃ。

 青ざめた桜花さま。さすがに、わたしみたいに棒で小突かれることないけど、あまりに激変した状況に、歩くこともままならないほど心細くあられる。


 「――入れ」


 またしても、わたしのお尻をつつく棒。――決めた。わたし、なにがあってもあの棒をふんだくって、真っ二つに圧し折ってやる。

 

 「桜花さま、大丈夫ですか」


 押し込められたのは、暗い塗籠のような場所。――蔵? カビ臭いし、床がブカブカしてて頼りない。


 (いっそ踏み抜いて、逃げ出すことは可能?)


 床下からここを逃げ出して――って、それは、わたしには出来るけど、桜花さまには無理。それに、床下から這い出たところで、表にいる侍に見つかって、バッサリ斬られる可能性もある。

 

 (今は、どうにか殺されずにすんでるけど)


 相手が、桜花さまをどうしようか、攫った理由もわかんないんだから、下手に動くことは出来ない。逃げ出そうとしたことがバレて、「やっぱ気が変わった。サッサと殺そう」ってなったら、どうしようもないもん。


 (でも、逃げ出さなかったからって、じゃあ生かしておいてやるって思ってもらえる保証もないのよね)


 ここで殺さないからって、ずっと殺さないって保証はない。どこかで殺そうとする未来だってあり得る。


 (どうしたら、桜花さまをお助け出来る?)


 考えろ、考えるのよ、菫野。

 桜花さまを無事に安積さまのもとにお連れする方法。

 一番いいのは、ここに捕らわれてることを、安積さまにお伝えすることだけど。

 

 (安積さまも、きっと心配なさってるわよね)


 出立したのは、今日の朝方。なのに、さっきここに押し込められた時、あたりはトップリ日が暮れて、篝火がポツポツと灯されてた。

 ちょっと船着き場まで先に行ったはずの妹宮がいなくなったのだから、今頃、必死に捜しておられるに違いない。


 (でも、どうしたら――)


 伝える方法。伝える方法。

 攫った奴らに「文使いヨロシク」はできないんだから、そうすると、別の誰かに頼むしか――って。


 (孤太、いるんでしょ、そこに)


 心のなかで孤太に呼びかける。妖力を使って、言葉を伝えてきた孤太。そこまでして危険を知られてきたアイツが、わたしから離れてるとは思えない。


 〝いるぞ。お前のいる蔵の上だ〟


 やっぱり。

 おそらくだけど隠形でも使って、身を隠しながらついている。

 

 (アンタ、安積さまたちに桜花さまがここにいるって伝えに行って――ううん。待って)


 伝えに行ってもらうのはいいけど、孤太が離れている間に、わたしたちが移動させられたら。そうしたら、伝えに行かせても意味がない。それどころか、永遠に助けが来なくなってしまう。今だって、こうしてる間に、わたしたちの首を落とす刀を研ぎ研ぎしてるかもしれないってのに。


 「桜花さま。確か、あのコノハナは、帯刀の家から連れてきてもらったんですよね」


 「そうよ。木幡にある真成の家から。近くまで来てるのだから、せっかくだからコハクに会わせてあげようって」


 桜花さまが、膝の上のコハクを撫でる。

 こんな目に遭って、怯え、泣いてもいいのに。桜花さまは、興奮するコハクをなだめるように、ずっとその背を撫でていらっしゃる。ううん。コハクをなだめることで、ご自身の心も抑えていらっしゃるんだ。健気。

 って、今考えるべきはそっちじゃなく。

 だとしたら、宇治からあの帯刀の家があるっていう木幡は近い。帯刀は安積さまの乳兄弟。桜花さまを捜すのに、そこを頼ってもおかしくない。誰がどうして桜花さまを攫ったのかわからなかったら、一番信用のおけるそこを頼るんじゃないかしら。


 (ねえ、孤太。そこに牛車はあるかしら?)


 わたしたちがここに放り込まれた時、確か牛車は蔵の近くに停められたはずだけど。


 〝あるにはあるけど。でも牛は外されてるぞ〟


 わたしが、牛車を駆って逃げると思ったんだろう。


 (見張りは何人?)


 〝ひい、ふう、みぃ……全部で七人ほど。奥にもっといるかもしれねえけど、ここから見えるのは、それだけだ〟

 

 (そう)


 少しだけ考える。といっても、ほんの一瞬。


 「桜花さま。今からここにわたしの小舎人童が参ります。必ずお助けいたしますので、その者の言う通りになさってください」


 「菫野? 何をするつもりなの?」


  (孤太。桜花さまをお守りして! 頼んだわよ!)


 〝お守りって。何するつもりなんだよ、――おい!〟


 「ちょっと! 厠に行きたいんだけど! 誰かいないのっ!?」


 閉じられた扉をダンダンと叩いて人を呼ぶ。ほんとはこのまま殴ってぶち破ってもいいのだけど、それはやらない。


 「なんだ、うるせえぞ!」


 怒った侍の声。


 「うるさいじゃないわよ! 漏れそうだって言ってんのよ! わかんないのっ!?」

 

 「そこで用を足せばいいだろう!」


 「こんな樋洗(ひすまし)(はこ)もないとこで用を足せるわけないじゃない! わたしはこれでも受領の娘なのよ!? 宮さまの御前で、そんなはしたないこと出来るわけないじゃない!」


 ダンダンダンダン。扉をこれでもかってぐらい叩く。


 「……うるせえ女房だな」


 わたしの猛攻に耐えかねたのか、苦虫を潰したような顔の侍が扉を開ける。


 「まったく、早く開けなさいよ! で!? 厠はどこ?」


 「あっちだ、あっち」


 めんどくさそうな案内。


 「逃げんじゃねえぞ?」


 ついでのような脅しを加えたのは、もう一人の侍。


 「宮さまを置いて逃げるわけないでしょ」


 「フンッ。忠義なこって」

 「逃げておいたほうが良かったって後悔するのにな」

 「ちげえねえやな」


 ゲヒヒと笑う野卑な侍二人。

 やっぱり、わたしたちを殺すかどうにかするつもりなのね。


 「って、アンタたち、どこまでついてくるのよ」


 立ち止まり、後ろをついてくる侍たちを睨む。


 「厠までだよ」

 「迷子になっちゃいけねえからな」

 「なんなら、この世の最後の思い出に俺たちが、良い思いさせてやるからよ」

 「あらざらむ この世のほかの 思ひ出に~ってか」


 うっわ。クズ。クズ中のクズ、ドクズだわ。歌を引用された詠み人がかわいそう過ぎる。

 でも。


 「ちょうどよかったわ」


 こらえきれなかった笑いが、クスリとこぼれる。だって。


 「アンタたちみたいなドクズなら、遠慮なく力がふるえるってもんよっ!」


 ドカッ!


 振り向きざま、手にした扇で侍の横っ面を引っ叩く。それも力いっぱい。


 「フゴォッ!」

 「ゲフッ!」


 飛んでいったのは、叩いた侍だけじゃない、その隣りにいた侍も一緒になって飛んでいった。その距離、約一間。引っ叩いた侍は、おそらく顔の骨が砕けてるし、その侍を受け止めて吹っ飛んだ侍は、同僚の体をモロに受け止めて動けなくなってるから、こっちもあばらか何かを折ってるだろう。

 

 (……あ)


 クズどもを倒したせいで、真っ二つに折れた扇。


 (ごめんなさい)


 心のなかで扇と、その贈り主に謝罪。それから懐にしまい直す。


 (孤太、聞こえる?)


 〝聞こえてるけど。お前、何をしたんだよ。侍たちが騒ぎ出したぞ〟


 (いいのよ、騒がせておけば。それより、桜花さまをお連れして、牛車のとこまで来て! 早く!)


 〝おいおい、待てって!〟


 孤太の静止も聞かず、わたしも牛車の方へ。

 孤太に教えてもらった通り、牛も外され、(しじ)に二本の(ながえ)を放り出したような格好で止まってる牛車。


 「なにごとだ!」


 集まってきた侍の数。騒ぎを聞きつけたからか、孤太に教えてもらった数より多い。けど。

 深呼吸。

 腹の底に力を込める。

 邪魔っ気な袿は脱ぎ捨てた。


 (さあ、やってやろうじゃないの!)


 桜花さまのついでに、わたしまで攫ったのが運の尽きよ!

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