(一)
「なあなあ、せっかくのいい天気だしさあ、久々に外で遊ぼうぜ」
孤太が、あぐらをかいたまま、体を前後に揺らす。
「う~ん……、いい。やめとく」
「じゃあ、双六! オレ、結構強くなったんだぜ? 試してみないか?」
今度は、サイコロを入れた振り筒をカラカラ音を立ててゆする仕草。
「いい。興味ない」
「なんだよぉ。せっかく宮さんが休みをくれたってのにさあ」
脇息に体を預け、ボーッとしたままのわたしに、孤太がブーブーと文句を垂れる。
――美濃も少し疲れたでしょう。ゆっくり休んでいらっしゃい。
宇治の三日目。
今日の午前中は特に出かけることもなくて、「碁でも打ちましょう」となったのだけど、わたしのあまりのポンコツさに、桜花さまがお休みをくださった。
(碁、別に苦手じゃないんだけどなあ)
双六ほど得意なわけじゃないけど、苦手ってこともない。
双六が向かうところ敵なしなら、碁は、向かうところ敵はいるけどなんとか蹴散らすこともできる(かもしれない)腕前。
貝合せよりは小弓が好き。薫香よりは蹴鞠が得意。雛あそびよりは水切りを楽しんだ。
そんなわたしだけど、なんか今は……。
「はあっ……」
大きく深くため息をつく。
「ここに来てからのわたし、変なの」
「そんなのいつものことだろ?」
ここに来てからじゃなくって。
孤太の言葉に、初めて視線を投げかけ――というか孤太をにらみつける。
一瞬、ビクッとした孤太だけど、それ以上何かする気力はなくて。すぐに脇息にもたれ直す。
なんかどうにも気力みたいなものが湧いてこない。
代わりに湧いてくるのは、安積さまのお姿。
泉殿で勾欄にもたれていらした姿とか、桜花さまたちと演奏なさっていた姿とか。
それだけなら、まあとても美しかったし? 思い出すのもしょうがないよねって言えるんだけど。
御仏にお参りしている時の、クスッと笑ってふり返った姿とか、桜花さまと語らっていらっしゃる時の姿とか。そういうのまで目の前をチラつくとなると、どう説明、理由をつけたらいいのかわからない。
そして思い出せば思い出すほど、自分の気持ちが浮いてるのか沈んでるのか、よくわからない、あやふやになってくる。何をしたいとか、これが楽しいとかいうのも浮かんでこなくて、気力みたいなものが出てこない。
「なあなあ、せっかく川の近くに来てるんだからよ、ちょっとぐらい遊ぼうぜ?」
しつこい孤太。でも。
「――そうね。ちょっとだけ遊ぼうか」
「やったね! やっぱアンタはそうじゃなくっちゃ!」
速攻立ち上がった、うれしそうな孤太。
わたしもまあ、こうやってボーッとしてるのは、あんまり好きじゃない。自分らしくない。物思い憂うより、体を動かして気持ちをスッキリさせたい。
ってことで、着替え、着替え――って。
「ちょっと孤太。いつまでそこにいるつもりよ」
袿を抜いだところで、孤太が柱にもたれて立ってることに気づく。
「いつまでって?」
キョトンとした孤太。
「着替えるんだから、出ていって!」
全部脱いで着替えるわけじゃないけど、だからって、そこに孤太がいていいわけじゃない。
「着替えなくても、オレが力を使って変化させてやろうか?」
「却下。どこかでウッカリ術がとけたら、どう説明したらいいのよ」
誰かと一緒にいて、ウッカリそこで術がとけたら。いきなりの服装変化を説明、言いくるめる自信はない。
「ちぇー。人間ってホンット、めんどくせえ」
ブツブツと文句言いながら、孤太が局から出ていく。
孤太みたいに、ポンッと変化したら、毛皮が衣になるなら楽なんだろうけど。人間であるわたしは、ポンッといかないので、面倒くさくても着替えるしかない。
* * * *
小弓に蹴鞠、こきのこ。釣りに舟。
外で体を動かす遊びは色々あるけど、わたしが選んだのは手軽で、気持ちのスッキリしそうな〝水切り〟だった。
拾った石を川面を跳ねるように投げる遊び。普通に投げたらトポンと沈んで終わりだけど、投げ方と投げる石を選べば、石は水面を滑空するように、跳ねるようにして遠くまで飛んでいく。
まずは、河原で石を選ぶ。なるべく平たい石を選ぶ。軽すぎず、重すぎず。軽いと風に煽られるし、重いとすぐに水に落ちる。石は投げたら、二度と戻ってこないので、良い石を見極める目を持つことが大切。
次に、投げる動作。えーいと、肩の上から投げるのではなく、腰をひねって体の横から投げる。〝投げる〟というより、目の前の水の上を〝滑らせる〟感じで投げるといい。思いっきり投げる必要はあるけど、そこに込める力はあまり関係ない――のだけど。
ウッカリ力を調節しそびれた石が、滑空するだけ滑空して、そのままドスッと対岸に激突。
「おっ、さすがじゃん。川面に着かずに対岸とは。なかなかやるねえ」
「それ、嫌味?」
「違うって。これでも褒めてんだ――ヨッ!」
ヒュンッと音を立てて孤太が石を投げる。
パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ。
八回。
わたしを誘ってくるだけあって、孤太もなかなかの腕前。
「……力を使えば、もうちょっとイケるんだけどなあ」
石の末を見て、孤太が悔しがる。
「そんなのズルじゃない。ダメよ、勝負なんだから」
「強力使ったヤツが何言ってんだか」
「うるさいわねえ。力加減が難しいの――ヨッ」
好きで得た力じゃないし。小さい頃からこれだから、どこまでが自分の生まれ持った力なのかわからない。
パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ。
七回。
「おっしゃ! オレの勝ちだな!」
「むむう……」
両手を上げて喜ぶ孤太。口を曲げるしかないわたし。ホント、力加減って難しい。手を抜けばこうして負けちゃうし。
スッキリさせるはずの気持ちが、別のことでモジャッとする。
「もう一回よ、もう一回!」
次は上手く力を加減して、孤太より多く、遠くまで飛ばしてやるんだから。
「――おや。たぶてにも 投げ越しつべき 天の川……かな。どれだけ隔てられてても、想いは届くといったところかな、女房どの」
え? は? へ?
不意にかかった声に、石を投げかけたままの格好で固まる。
川に沿ってこちらに歩いてきた、二人の公達。
「宮さま、中将さま……」
って、マズい!
水切り遊びしてる女房なんて、格好の笑いの種じゃない。
言われた歌っぽいところの意味はわかんなくても、この状況がマズいことはよくわかる。
急いで石を袂に隠して、顔も隠して――って、扇、持ってきてない! 水切りで落としちゃいけないからって、置いてきたんだった! 仕方がないので、袖で顔を少し隠す。――ふう。
「狭筵に 衣片敷き 今宵もや 我を待つらむ 宇治の橋姫。どうやら、昨今の橋姫は、ただ待つだけじゃ気がすまないらしい。石が届く程度の川なのだから、サッサと渡ってきなさいって意味なのかな。積極的だね」
クスクスと笑う中将さま。
「で、どうするのかな、彦星どのは」
笑いながら、となりの安積さまを見る。
「渡りませんよ。天の川 浅瀬しら波 たどりつつ。私は、川を渡るための浅瀬を知りませんので」
「おやおや。それはそれは」
中将さまと安積さまのやり取り。下地に何かしらの和歌があるようだけど――なんの話かチンプンカンプン。まったくわかんない。
「なあ、人間ってワケわかんねえこと言うの好きだよな」
「うん」
孤太の意見に、袖に隠れてコッソリ同意。
同じ人間だけど、わたしにも何言ってるのか、サッパリわかんないもん。