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筋肉乙女は恋がしたい! ~平安「強力」恋絵巻~  作者: 若松だんご
四、妖狐、遊びをせんとや戯れるの語
16/35

(一)

 「なあなあ、せっかくのいい天気だしさあ、久々に外で遊ぼうぜ」


 孤太が、あぐらをかいたまま、体を前後に揺らす。


 「う~ん……、いい。やめとく」


 「じゃあ、双六! オレ、結構強くなったんだぜ? 試してみないか?」


 今度は、サイコロを入れた振り筒をカラカラ音を立ててゆする仕草。


 「いい。興味ない」


 「なんだよぉ。せっかく宮さんが休みをくれたってのにさあ」


 脇息に体を預け、ボーッとしたままのわたしに、孤太がブーブーと文句を垂れる。


 ――美濃も少し疲れたでしょう。ゆっくり休んでいらっしゃい。


 宇治の三日目。

 今日の午前中は特に出かけることもなくて、「碁でも打ちましょう」となったのだけど、わたしのあまりのポンコツさに、桜花さまがお休みをくださった。


 (碁、別に苦手じゃないんだけどなあ)


 双六ほど得意なわけじゃないけど、苦手ってこともない。

 双六が向かうところ敵なしなら、碁は、向かうところ敵はいるけどなんとか蹴散らすこともできる(かもしれない)腕前。

 貝合せよりは小弓が好き。薫香よりは蹴鞠が得意。雛あそびよりは水切りを楽しんだ。

 そんなわたしだけど、なんか今は……。


 「はあっ……」


 大きく深くため息をつく。


 「ここに来てからのわたし、変なの」


 「そんなのいつものことだろ?」


 ここに来てからじゃなくって。

 孤太の言葉に、初めて視線を投げかけ――というか孤太をにらみつける。

 一瞬、ビクッとした孤太だけど、それ以上何かする気力はなくて。すぐに脇息にもたれ直す。

 なんかどうにも気力みたいなものが湧いてこない。

 代わりに湧いてくるのは、安積さまのお姿。

 泉殿で勾欄にもたれていらした姿とか、桜花さまたちと演奏なさっていた姿とか。

 それだけなら、まあとても美しかったし? 思い出すのもしょうがないよねって言えるんだけど。

 御仏にお参りしている時の、クスッと笑ってふり返った姿とか、桜花さまと語らっていらっしゃる時の姿とか。そういうのまで目の前をチラつくとなると、どう説明、理由をつけたらいいのかわからない。

 そして思い出せば思い出すほど、自分の気持ちが浮いてるのか沈んでるのか、よくわからない、あやふやになってくる。何をしたいとか、これが楽しいとかいうのも浮かんでこなくて、気力みたいなものが出てこない。


 「なあなあ、せっかく川の近くに来てるんだからよ、ちょっとぐらい遊ぼうぜ?」


 しつこい孤太。でも。


 「――そうね。ちょっとだけ遊ぼうか」


 「やったね! やっぱアンタはそうじゃなくっちゃ!」


 速攻立ち上がった、うれしそうな孤太。

 わたしもまあ、こうやってボーッとしてるのは、あんまり好きじゃない。自分らしくない。物思い憂うより、体を動かして気持ちをスッキリさせたい。

 ってことで、着替え、着替え――って。


 「ちょっと孤太。いつまでそこにいるつもりよ」


 袿を抜いだところで、孤太が柱にもたれて立ってることに気づく。


 「いつまでって?」


 キョトンとした孤太。


 「着替えるんだから、出ていって!」


 全部脱いで着替えるわけじゃないけど、だからって、そこに孤太がいていいわけじゃない。

 

 「着替えなくても、オレが力を使って変化(へんげ)させてやろうか?」


 「却下。どこかでウッカリ術がとけたら、どう説明したらいいのよ」


 誰かと一緒にいて、ウッカリそこで術がとけたら。いきなりの服装変化を説明、言いくるめる自信はない。


 「ちぇー。人間ってホンット、めんどくせえ」 


 ブツブツと文句言いながら、孤太が局から出ていく。

 孤太みたいに、ポンッと変化(へんげ)したら、毛皮が衣になるなら楽なんだろうけど。人間であるわたしは、ポンッといかないので、面倒くさくても着替えるしかない。


*     *     *     *


 小弓に蹴鞠、こきのこ。釣りに舟。

 外で体を動かす遊びは色々あるけど、わたしが選んだのは手軽で、気持ちのスッキリしそうな〝水切り〟だった。

 拾った石を川面を跳ねるように投げる遊び。普通に投げたらトポンと沈んで終わりだけど、投げ方と投げる石を選べば、石は水面を滑空するように、跳ねるようにして遠くまで飛んでいく。

 まずは、河原で石を選ぶ。なるべく平たい石を選ぶ。軽すぎず、重すぎず。軽いと風に煽られるし、重いとすぐに水に落ちる。石は投げたら、二度と戻ってこないので、良い石を見極める目を持つことが大切。

 次に、投げる動作。えーいと、肩の上から投げるのではなく、腰をひねって体の横から投げる。〝投げる〟というより、目の前の水の上を〝滑らせる〟感じで投げるといい。思いっきり投げる必要はあるけど、そこに込める力はあまり関係ない――のだけど。

 ウッカリ力を調節しそびれた石が、滑空するだけ滑空して、そのままドスッと対岸に激突。


 「おっ、さすがじゃん。川面に着かずに対岸とは。なかなかやるねえ」


 「それ、嫌味?」


 「違うって。これでも褒めてんだ――ヨッ!」


 ヒュンッと音を立てて孤太が石を投げる。


 パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ。


 八回。

 わたしを誘ってくるだけあって、孤太もなかなかの腕前。

 

 「……力を使えば、もうちょっとイケるんだけどなあ」


 石の末を見て、孤太が悔しがる。


 「そんなのズルじゃない。ダメよ、勝負なんだから」


 「強力使ったヤツが何言ってんだか」


 「うるさいわねえ。力加減が難しいの――ヨッ」


 好きで得た力じゃないし。小さい頃からこれだから、どこまでが自分の生まれ持った力なのかわからない。


 パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ。


 七回。

 

 「おっしゃ! オレの勝ちだな!」


 「むむう……」


 両手を上げて喜ぶ孤太。口を曲げるしかないわたし。ホント、力加減って難しい。手を抜けばこうして負けちゃうし。

 スッキリさせるはずの気持ちが、別のことでモジャッとする。


 「もう一回よ、もう一回!」


 次は上手く力を加減して、孤太より多く、遠くまで飛ばしてやるんだから。


 「――おや。たぶてにも 投げ越しつべき 天の川……かな。どれだけ隔てられてても、想いは届くといったところかな、女房どの」


 え? は? へ?


 不意にかかった声に、石を投げかけたままの格好で固まる。

 川に沿ってこちらに歩いてきた、二人の公達。


 「宮さま、中将さま……」


 って、マズい!

 水切り遊びしてる女房なんて、格好の笑いの種じゃない。

 言われた歌っぽいところの意味はわかんなくても、この状況がマズいことはよくわかる。

 急いで石を袂に隠して、顔も隠して――って、扇、持ってきてない! 水切りで落としちゃいけないからって、置いてきたんだった! 仕方がないので、袖で顔を少し隠す。――ふう。


 「狭筵(さむしろ)に 衣片敷き 今宵もや 我を待つらむ 宇治の橋姫。どうやら、昨今の橋姫は、ただ待つだけじゃ気がすまないらしい。石が届く程度の川なのだから、サッサと渡ってきなさいって意味なのかな。積極的だね」


 クスクスと笑う中将さま。


 「で、どうするのかな、彦星どのは」


 笑いながら、となりの安積さまを見る。


 「渡りませんよ。天の川 浅瀬しら波 たどりつつ。私は、川を渡るための浅瀬を知りませんので」


 「おやおや。それはそれは」


 中将さまと安積さまのやり取り。下地に何かしらの和歌があるようだけど――なんの話かチンプンカンプン。まったくわかんない。


 「なあ、人間ってワケわかんねえこと言うの好きだよな」


 「うん」


 孤太の意見に、袖に隠れてコッソリ同意。

 同じ人間だけど、わたしにも何言ってるのか、サッパリわかんないもん。

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