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筋肉乙女は恋がしたい! ~平安「強力」恋絵巻~  作者: 若松だんご
三、美濃の強力娘、宇治の荘にて琴を爪弾くの語
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(二)

 宇治までの旅は楽しい。

 都を抜け、南に下る。伏見の山と広大な巨椋池を横目に見て、そこから川に沿った道を進み、木幡、そして宇治に入る。宇治では、川を渡るのに船に乗らねばならず、牛車から降りて、人と牛車、荷物と別々の船に乗る。

 都から続く街道は、そのまま宇治川を渡って、遠く大和国の奈良、長谷のほうにも続いているせいで、人の往来も多い。そのせいか、宇治川の船頭は客を渡し慣れている、腕っこきの者が多いらしい。

 連日川の上にいるせいか、よく日に焼け、たくましい腕の筋肉が袖からのぞく船頭。

 川に棹をさして船が安定するようにしてくれるんだけど、それでもやっぱり乗り込む時はグラグラして、怖いというよりドキドキする。

 先輩女房方と同じように、「キャアッ」と声を上げて、「怖い」を表現するんだけど。――正直、「棹、貸して」って言いたい。わたしなら、誰が乗り込もうと、船をぐらつかせない自信あるもん。

 まあ、宮さま方の前で、そんなことできないから、一緒に座って、チャポチャポと波が船べりにあたる音を聞く。


 「あ、こら、ダメよ」


 さされた棹に驚いた魚が跳ねると、膝に乗せていていたコハクが船の外へと身を乗り出す。魚が捕りたい、猫の本能なんだろうけど、そんなことしたら大変なことになっちゃうから、すかさず首紐を引っ張る。――力を入れずに。

 

 「アナタの言う事なら、ちゃんと聞くのね、コハクも」


 その一連の動きを見ていた桜花さまが笑った。

 まだまだ子猫の部類のコハク。用意されたおもちゃで遊ぶのももちろんだけど、木の上にいた孤太を追いかけちゃうほどのヤンチャ者。だけど、「首紐クイッ」でわたしの膝上に座り直した。


 「とてもよく懐いてるのね」


 ……それ、絶対違います。

 コハクがヤンチャ三昧なのは、「ダメよ」と言われても、どこか「仕方ないわねえ」で許してくれる空気があるから。で、わたしの「首紐クイッ」でおとなしくなったのは、「コイツに従っておかねえと、またとんでもない目に遭う」から。あの「木を蹴っ飛ばし」以来、コハクはわたしを警戒してる。それを「懐いてる」と言われると、気分は複雑。


 「それだけ彼女が優しいってことだよ」


 話に加わってきたのは、桜花さまの隣に腰掛けてる安積さま。


 「ヤンチャな子猫にも慕われる。よい女房を得たね、桜花」


 いや、それわかってて言ってるでしょ。思わずムッとすると、蝙蝠(かはほり)で顔を隠され、忍び笑いをされた。


 〝ブッ……〟


 そして耳というか、頭に流れ込んできた、笑いをこらえきれなかった、吹き出し音。


 (孤太、アンタ……)


 見れば、雑色や舎人たちの船に乗り合わせてる孤太の背が、笑い震えている。――さては、こっちの会話を聞いてたな?

 孤太は普通の狐ではない。妖狐。

 罠にかかるような間抜けなところもあるけど、わたしに力を授けたり、人に化けたり、姿を隠したりと、さまざまな術が使える。今だって、わたしたちの会話を盗み聞いてたし。

 

 (後で覚えときなさいよ、孤太!)


 怒りを込めた念を送る。受け取ったであろう孤太の背中が、ブルッと震えた。

 そんなわたしたちを乗せた船。

 それ以上は特に会話も変わったこともなく、滑るように、でもゆっくりと向こう岸へと川を渡っていくけど。――って、あれ?

 荷を乗せた船。牛を運ぶ船。舎人や雑色が乗った船。

 それらが、わたしたちの船と違う航跡を残して離れていく。

 わたしたちは川上に、孤太たちの船は川下に? なんで別々?


 「大丈夫ですよ、女房どの。皆さまをご招待するのに、少しばかり趣向を凝らしましただけですので」


 趣向?

 首を傾げるわたしに、舳先の方に腰掛けてる中将さまがニッコリ笑う。……ってなんか意味深な笑いなんだけど? まさか、「川の下にも屋敷がありますぞ」とかそういうのじゃないでしょうね。そうなったら、わたしは泳げるからいいとして、桜花さまをどうお助けすればいいのよ。強力でどうにかなる問題でもないわよ。

 なんてわたしの警戒を余所に、船はスルスルと川面を渡り、そして――


 「わあっ……!」


 そのまま川から繋がる細い運河、そして屋敷の中庭へとたどり着いた。


 「ここの池は川の水を引いているのですよ」


 だから、わざわざ川を渡って牛車に乗り換えて、車宿で降りてなかに……なんてやり方をしなくても、船で中庭に乗り付けて、そのまま泉殿から直接入っていくことができる。


 「まるで極楽のようですわ」


 そう言ったのは先輩女房。

 川の水を引き込んだ池のほとりには、大きな緑の葉を茂らせた蓮。その葉の合間から慎ましやかに咲く、薄桃色の花。その背景にあるのは、朱塗りの柱と白い壁が美しい建物。鳥が翼を広げたような瓦屋根。

 これで阿弥陀様がいらっしゃったら、完璧に「極楽」だよね。


 「ここは、将来寺院に改装するつもりで、いろいろ手を入れてる途中なのですよ。出家した父が、念仏三昧の生活をおくるのに、ここが良いと言い出しましたので」


 へえ。

 ってことは、阿弥陀様は近日ここにご来臨ってことか。念仏三昧の日々なら、お祈りする仏像は必須だもんね。

 近衛中将さまのお父上、先の左大臣は、すでに官職を退いておられる。高齢なことと、病を得たことからの出家だったそうだけど、長男の権大納言さまは、来年の除目で左大臣になられる予定だし、娘は中宮になって、女だけど東宮まで産み参らせた。

 後はよろしく家門の栄華、自分は目指すぜ極楽往生。

 って心境なんだろう。ちょっとうらやましい、その老後。


 「来世を願っての読経はいいのですけどね。ちょっと抹香臭いのが、ね」


 軽く片目だけつむってみせた中将さま。


 「ですから、それまでに精いっぱい楽しもうと思い、こうしてお誘いしたのですよ」


 陰気臭く来世をどうこと願うよりは、今ある現世を楽しもう。来世よりは、今、今、今!


 (やっぱり中将さまって、そういう方向の人なんだなあ。今が楽しかったら、それで良し、みたいな)


 この世にて 春を知らざり 我なれば いかにか常世の 花を愛でしか

 ――現世を楽しまずに、死んでたまるか。

 な人だもんなあ。

 悪くはないけど、ちょっぴり不信心すぎじゃないのかな。わたしも人のことが言えるほど信心深くはないけどさ。

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