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筋肉乙女は恋がしたい! ~平安「強力」恋絵巻~  作者: 若松だんご
一、美濃の強力娘、宮中に参内するの語
1/35

(一)

 どうしてこうなった?


 さっきからグルグルと頭の中を回る疑問。

 どうして? なんで? どうして? なんで?

 そればっかりがくり返される。


 花橘(はなたちばな)(かさね)の上に、萌黄色の糸で横繁菱(よこしげびし)の模様を織った細長。白練(しろねり)の裳。緋色の(はかま)。檜の香りが残る真新しい扇。

 丹念に、ハゲそうなぐらいくしけずった、自慢の黒髪。眉だって、余計なのを抜いて、きれいに整えた。

 初夏らしく焚きしめた「荷葉(かよう)」の香。

 完璧な女房装束。完璧な女房初出仕。

 これからわたしは、内裏で働く女房として、美しい絵巻物のような世界で、ときめく物語のような恋をくり広げるはずだったのに!

 和泉式部みたいに、あっちの親王、こっちの公達とめくるめくような恋愛をしよう! って思ったわけじゃないけど。それでも、「ちょっとぐらい、そういうことないかなぁ」「誰か付け文の一つや二つぐらい贈ってくれないかしら」ぐらいは思ってた。せっかく内裏に出仕するんだもん、それぐらい期待してもいいよね?


 美濃の受領である父さま。ともに任国に下ってる母さまは、かつて内裏にいらっしゃった桐壺更衣さまに女房仕えしていた。更衣さまが身罷られて、母さまは内裏を離れたけど、そのご縁から、「今度は娘が出仕してみないか」ってお話があった。

 内裏には、更衣さまがお産みになった、安積(あずみ)親王さまと、桜花(おうか)内親王さまがいらっしゃって。妹の桜花内親王さまは、母のいない境遇をとても寂しがっておられるとかで。お慰めするにも、歳が近く、母更衣さまに近しい縁の者がいいとかなんとかで。それで、内親王さまより二つ年上のわたしに、「出仕してみないかい?」ってお呼びがかかったわけなんだけど。

 「ここは一つ、美濃の受領の力を見せてやろう」とばかりに、父さまも母さまも気合いを入れて出仕の用意を整えてくださった。衣装だけじゃなくて、「お慰めにするのに、母上さまのことを語ることが出来たら」と母さまから、徹底的に『桐壺更衣言行録』みたいなのを暗記させられた。わたし、更衣さまに一度もお会いしたことないのに、更衣さまの好物まで知ってる状態。

 そうして、内裏に華々しく出仕したわけなんだけど。


 (どうしてこうなっちゃったのよぉぉぉぉっ!)


 白い猫を抱きしめ、突っ立つわたし。

 父さまが、美濃の匠を集め、最高の贅をこらして用意してくださった袿も裳も、全部(きざはし)に脱ぎ捨てた。――邪魔だったから。

 緋色の袴はたくし上げて、腰のところで引っからげた。――邪魔だったから。

 そして降りた、桐壺の前庭。

 わたしが何をしようとしているのか。不思議半分、はしたないと怒る予定半分で見守る他の女房さま方。

 その視線を浴びながら、庭の木に近づくと、ヨイッと足を上げて――ドスン。蹴っ飛ばした。

 

 「うわっ!」


 大きく揺れた木。降ってきたのは、声の主――ではなく、声の主を追っかけて木から降りられなくなった白い猫。それを「ヨッ」と受け止めた。

 桜花内親王さまの猫救出大作戦、成功! 

 猫を助けるため、雑色を呼ぶべきかどうか。でも、雑色ごときを宮さまに近づけるのは……。

 皆さま困っていらしたからの、わたしの活躍! 木を一蹴りして、落っこちてきた猫を救出! なんだけど。


 (なんでこんなところに、公達がいるのよぉぉぉぉっ!)


 誰も見てない、いるのは女房方とか女性だけって思ったから、この格好で庭に降りたのにっ!


 帯刀(たちはき)を連れ、庭を歩いてきた浅縹色(あさはなだいろ)の直衣を着た若い公達。

 最初は、面食らったように目をパチクリさせてた公達。わたしの格好とか、抱きとめた猫とか、そういうのから状況を理解したのか、二、三回、目をしばたかせ、そして――。


 「……プッ」


 笑い出した。

 ううん。

 正確には、大笑いしたいのをこらえ、喉の奥をクツクツと鳴らしている。閉じた蝙蝠扇(かはほりおうぎ)で口元を隠してるけど、漏れる息とか、微妙に震える肩とか、そういうのが「笑ってる」。


 「なかなか勇ましい女房どのだね」


 見た。見られた。バッチリ見られた。

 わたしがやったこと、一部始終、全部見られてた。

 光源氏もかくやとばかりに見目麗しい公達。そんな素敵な公達に、わたしのとんでもなくはしたなくって、とんでもなく強力(ごうりき)なところをバッチリ見られた!

 顔どころか、頭の天辺までグラグラに煮えたぎるほど真っ赤になる。


 猫を助けられてよかったですね~、わたしの強力(ごうりき)、役に立ちましたね~じゃない!

 穴があったら入りたい! 穴がないなら、自分で掘ってでも潜っていたい!


 こんな公達と恋愛をくり広げられたら――な~んて甘い願いが一気に霧散。いくら猫を助けるからって、こんな、こんな、こんなっ……!


 「ブッ、アハハハ……」


 公達の笑いが爆発した。

 扇で抑えるなんでできなくて、爆発した笑いのまま、お腹を抱える。後ろの帯刀の口は、真一文字に引き結んだままだったのが、せめてもの救い。まあ多分、表に出さないだけでお、こっちも心の底で大笑いしてるんだろうけどさ。


 「……兄さま。そのように笑っては、かわいそうですわ。彼女は、わたくしの猫を助けてくださったのですよ?」


 階からかかった、公達を諫める声。


 「うん。ごめん。笑っちゃいけないと思ってるんだけ……、ハハッ、ハハハハハッ!」


 笑い、こらえきれず。笑いはなかなか収まりそうもない。

 ――って、ちょっと待って。


 (今、「兄さま」って呼んだ?)


 階から公達を諌めたのは、わたしがお仕えすることになった女二の宮、桜花内親王さま。その桜花さまが「兄さま」って呼んだってことは、彼女の兄ってことで。それは、つまり……。


 (安積(あずみ)親王さま――っ!?) 


 今上帝の息子、第一皇子じゃない。

 わたしの醜態、そんな身分ある方に見られたってわけ?

 わたしが袿も何もかも脱ぎ捨てて、庭に降りるなり木を蹴っ飛ばして。ついでに、落っこってきた猫を受け止めた一部始終を? 親王さまに見られたってわけ? そしてこんなに大笑いされてる?


 親王さまにお笑いいただいたのなら、結構、結っこ――なんて言えるわけないでしょ! 今日は、わたしの初出仕! わたしの人生でとっても大事な日だったのよ? 

 それなのに、それなのに、それなのにぃぃぃっ!


 頭グラグラじゃすまない。怒りで頭が爆発しそう。

 頭上で、木の枝がガサリと揺れた。

 揺らしたのは、「猫が木の上まで追いかけてくことになった原因」。親王さまほどじゃないけど、それも木を揺らす程度には笑ってる。


 (――ちょっとアンタ、後で話があるから。逃げるんじゃないわよ?)

 

 誰からも見えてない葉陰。そこをキッと鋭くにらみつける。

 強力=ごうりき。怪力、剛力のこと。

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