再会
「相変わらず弟煩悩だな。瞳さんは」
繭は口許に小さな笑みを洩らすと冗談っぽく言った。
「からかうなよ。まぁ、ありがたいけどさ」
俺は寝巻きから私服に着替えながら言った。別に長と言っても、父さんは偉ぶる人じゃなく、普通に畑仕事もするし、集落の人と居酒屋や屋台でお酒を飲み交わしたりしている。
だから面談するときの服など気にもしないだろうが、寝巻きはさすがに不味いだろう。
その父さんが一番大切にしているのは絆だ。そして、この世で一番許せないのは仲間を傷つけるものと裏切りだ。その父さんにとって、集落を出るということは最大の裏切りなのだ。
この集落を出るものに対して厳格な処罰が下されるのは、父さんの意思を尊重してのことだ。
俺が服を着替え終えると繭が松葉杖を持ってきてくれた。右足と左腕を骨折しているため、松葉杖があってもうまく歩けないが、そこは繭がフォローしてくれる。
折れた手を繭の肩に回して、右手で松葉杖を着いて歩行する。普段ならここまでの怪我をすることはないだろうし、獣人は回復が驚異的に早く、骨折しても一日で治ってしまう。
三日も経っているのにこんな醜態を晒すのは、この集落では俺くらいだ。
「落ち着け。ゆっくりでいい。慌てるな」
俺を補佐してくれながら、繭が励ましてくれる。何故かは分からないが、繭はいつでも俺の味方でいてくれる。それが凄く心強かった。
「うん、ありがとう」
繭に肩を借りて進み、部屋を出ると姉さんが待っていてくれた。
「いい、爪。父さんにちゃんと謝るのよ? 一夜さんは父さんも大好きだったんだから」
大好きな人の逃走に苦しんだのは同じと、そう言いたいのだろう。
「うん。分かっているよ……」
大好きなら、どうして集落を出るのを快く許してあげないのだろうと、一縷の義憤を抱きながらも俺は素直に頷いた。理由はどうであれ、規則を破ったことに違いはない。
父さんの部屋へ向かっていると、迅と共に正面から歩いてくる牙将とすれ違った。
牙将は俺に気付くと、目を鬼のように尖らせて牙を剥いて睨みつけてくる。
俺は恐怖に瞳を逸らした。まさに野獣だ。目を合わせたら殺される。いや、あまりの殺気に目を合わせていなくても、額から、頬から背中まで、冷たい汗が流れている。
「あぁん、おい、お前死んでなかったのかよ!? えぇ? ニィちゃんよぉ!」
一瞬にして、音が聞こえてきそうな勢いで体中の血の気が引いていく。兄であることを口にして、言うことを聞かせようとしたのが余程気に入らなかったようだ。
「あ、ああ、牙将、家にいたんだ? うん。どうにか生きてるよ?」
無視をするのはいけないと思って俺は緊張で体中の筋肉を強張らせながらも、無理やりに笑みを浮かべて答えたが、どうやらそれが気に入らなかったらしく、牙将は瞳を細めて詰まらなさそうに鼻を鳴らした。どうやら、選択を誤ったようだ。
「フンッ! どうせ親父に呼ばれてんだろう? ヤツを逃がした罰が処刑だったら、執行人は俺が受け持ってやるぜ」
鬼のように凶悪な笑いを浮かべて、悪魔のようなことを言い捨てると、迅を引き連れて歩いていく。迅は困った表情で俺と牙将を交互に見ていた。