姉
「姉さん……」
彼女の名前は瞳、俺と牙将の姉さんだ。人間と獣人の血を引いた俺が興味深いらしく、なにかと気に掛けてくれる。彼女らから見ればいつまでも貧弱な俺が面白いのだろう。
「あっ、もう起き上がれるくらい回復したんだ。良かった」
ベッドに飛び乗って俺に抱きついて、頬摺りをしながら言った。
「うん。やっとね。だけど、ちゃんとした獣人だったらとっくに回復している怪我だよ」
「他の人となんて比べる必要ないでしょう? 順調に回復しているのが嬉しいのよ」
姉さんはこうしていつも俺を慰めてくれるが、やっぱり子供のようにあやされていると思ってしまうのは、俺が捻くれているのだろうか?
少なくても牙将に対するのとは、明らかに態度が違う。
「まったく! 牙もこんなになるまですることないのに! なんであんなに乱暴者に育ちゃったんだか! きっと、周りがちやほやしすぎたのね……」
瞳は眉間に皺を寄せて怒るように嘆息した。
「ねぇさん、牙じゃないよ。牙将だよ。牙なんていったらまた怒るから!」
俺は思わず姉さんの口を塞いで周りの様子を伺った。この部屋には、他に繭しかいないのは分かっているが、何処で誰が聞いているのか分かったものじゃない。
「そんなのあの子が勝手に言ってるだけじゃない。私にしてみたらただの牙よ」
口から俺の手を外すと、牙将を嘲るように鼻を鳴らしながら言う。この集落で牙将を怖れないのは、親を除けば姉さんくらいだ。
「それより父さんが俺を呼んでるってきいたけど?」
俺が切り出すと、姉さんが抱きついたままで体を強張らせた。
「まだ、行かなくてもいいわ。私がお父さんを説得するから……。まだ体が完全に治ったわけでもないんだし、もう少し経ってからいけばいいわよ」
姉さんは体を離すと、俺を見つめて両手で頬を包み込むように撫でながら囁いた。
俺は姉さんの手を掴んで顔から離すと、微笑みを浮かべて頭を左右に振って見つめた。
「それはダメだよ。俺は自分の意思で一夜一家を逃がしたんだ。それがいけないことだっていうなら俺は逃げられない。逃げたら自分が間違ってたって認めることになっちゃう」
「爪。強くなったね」
姉さんは一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに微笑みを浮かべると俺の手を握り締めた。
「だけど、正直怖いでしょう? 父さんのこと」
すぐに悪戯っぽく微笑んで俺の頬を抓ると伸ばすように引っ張った。
「うん。凄く……」
図星を突かれると否定ができなくなり、押し殺していた感情が込み上げて来て、涙を滝のように流しながら俺は頷いた。
「顔が怖いからね、父さんは……」
姉さんは情けなく涙を流す俺の頭を楽しそうに笑って撫でてくれた。
繭はそんな俺たちの様子を黙って見守ってくれている。
「長の元に行くならその恰好じゃあ不味いだろう」
クローゼットから洋服を持ってきてくれると、ベッドに並べて置いてくれた。
「ああ、ありがとう。着替えるよ」
「手伝う?」
「一人でできるよ」
服を脱がそうと裾を掴んでくる姉さんの手を掴んで、俺は苦笑を浮かべた。
「そう? 残念。いつでも手伝うからね。じゃあ、早く着替えてね。部屋の前で待ってる」
姉さんはくすくすと喉を鳴らして笑うと、俺の服を離して着替えの邪魔になると思ったのか大人しくベッドから下りて部屋を出て行った。