翌朝
全身を駆け抜けてくる痛みに傷が疼いて寝ていられなくなり、俺は呻きを上げながら目覚めた。鳩尾を押し潰されるような痛みで息をするのもままならず、起き抜けに激しく咳き込んだ。
「目が覚めたか? 昨日は寝返りも打てなかったが、順調に回復をしてるようだな」
ベッドの横で待機をしてくれていた繭が、俺に声を掛けると立ち上がり、吸い飲みに新しい水を入れて、咳が収まったのを見計らって飲ませてくれた。
「繭。ありがとう。あの時も二人を止めてくれたよね」
「俺は獅子の言葉に従っただけだ。一夜親子のことなどそれほど興味もないしな」
水を飲み終えると俺の口から吸い飲みを取り、サイドテーブルに置きながら淡々と答えた。繭とは無駄な会話はあまりしない寡黙の少年だが、俺を良く庇ってくれる。
「俺の言葉なんて無視することだってできたのに……」
「誰の言葉に従うかは俺が決める。だが、牙将に逆らうのは止めておけ。ただでさえあいつはお前にもどかしさを感じているんだ。兄なんて言えばああなることは分かっていただろう」
体を起こそうとした俺に手を貸してくれながら、繭は呆れた口調で言った。
「うん。分かってはいるんだけどね……。カッとなっちゃうとつい……」
ベッドに座って軽く俯き、俺は自嘲した。自分は人として間違ってないと胸を張っていえるが、この集落の住民としては、王族が逃亡者を逃がすなどという最低の選択をした。
「自分のことなら幾らでも耐えられるくせにな」
小さく鼻を鳴らして静かに言うと、窓を開けて空気の入れ替えをしてくれる。
柔らかな風が室内に吹き込んできて、俺の髪を揺らした。
「父さんは怒ってた?」
「ああ。動けるようになったら部屋に来るように託った。罰は覚悟して置けよ」
「怖いな……」
思わず深い溜め息が洩れた。獅子の血を引いているのに獣人化のできない俺を認められないのか、父親は連れてくるだけ連れてきてほとんど顔を見せてくれることもない。
だが、さすがに今回は見逃せない状況らしい。正直、恐怖した。
「今回は助けた相手が悪かったな。逃亡者を逃がしたものが無罪では民が黙っていない。
元々、人間の血を引くお前を良く思っていないものは多い。見せしめにされるだろう」
涼しい顔で怖いことを言いながら繭は俺の包帯を変えてくれる。脅しではなくて、考えられる最悪の答えを口にすることで俺に覚悟をさせているのだ。
やらかしたことの重大さを教えるためと、その状況に直面したときに、俺が無様に取り乱したりしないように。
「せっかく傷も治ってきたのにな……」
「そのときはまた看病してやるよ。仕方がないからな」
繭は淡々とした口調でそれだけを静かに言った。繭は下手な慰めも、気休めも言わない。
ただ、淡白に事実を告げるだけだ。だけど、俺にはそれが心地良かった。
「頼むよ」
俺が苦笑を洩らして囁くと、繭は無言で手際よく傷の手当をして、包帯の交換を終えた。
「お前の行動は王族としては間違っていたが……」
「爪!」
巻き終えた包帯を片付けながら繭がなにかを言いかけたとき、扉が勢い良く開かれて、薄い茶色の髪をした、白いジャンパースカートの姿少女が飛び込んできた。