木蓮屋敷 7
あの若い女の人は、この屋敷の一人娘、綾さまの家庭教師だった。
わたしはここに来てひと月近くになるけど未だ綾さまの姿は見ていない。
綾さまは身体が弱く日の光を浴びると熱が出るのだそうで、学校にも通わず家庭教師の先生が学問を見ているということでほとんど自室に閉じこもっておられるそうだ。
その家庭教師の先生が、表を掃いていたわたしのところに近づいてきて言った。
「あなた、学びたいという気持ちはあるかしら?」
わたしは尋常小学校を出てからは高等小学校にあがれるわけもなく、学ぶこととは無縁だった。
わたしは果たしては学びたいのだろうか。
ここはなんと答えるのが正しいのだろう。唐突に問われても戸惑うばかりだった。
彼女は続けていった。
「綾さまと一緒に学業に励む気はないかしら。ずっと一人で学んできていてすこし身が入っていないこともあって、学友ができれば変化になっていいのではないかと思っているの。」
何か提案されたとき、わたしは否定する立場にはないとわかっていた。
でもさすがにこれは恐れ多いことではないか。
「わたしなど、尋常小学校で読み書きを習った程度でもっと上の学問など滅相もないことで。」
もちろんこの話は断れる話ではないのだ。
そもそもここにわたしが買われたのもおそらくこのためなのだから。
「そんなことはいいのよ。同世代の子と学ぶことはきっと綾さまにいいことよ。いいわね?明日のお昼から始めましょう。たきさんには私から言っておくから」
彼女はそう言って動揺しているわたしをまた置き去りにした。
綺麗に掃き清めていたはずの庭にはいつのまにかまた枯れ葉が舞い落ちていた。
わたしはただ無心に掃くことにした。
何が待ち構えているのかを考えることが怖かったからだ。