木蓮屋敷 6
その日からわたしは野崎家の女中部屋に寝泊まりし、下女見習いとして働いた。
とはいえ、この家に当主の野崎総一朗様が帰宅することは滅多になく
東京の大学に進学している長男の勇一郎様も同じく滅多に帰ってこないことから屋敷の仕事はそれほど多くはなかった。
たきさんは、言われたことにちゃんと従っている限りは穏やかだったが
たまに手抜きを見つけると烈火の如く怒り出すのでわたしはさぼらずに誠実に仕事をすることがここでうまくやっていくこつだということを早くにおぼえた。
実は、思いの外、野崎家での生活は楽しかったのだ。
母はわたしを虐めることを憂さ晴らしとしていた。
妹と弟と差をつけることでわたしが悲しむのを見て喜ぶのだ。
そしてわたしがそれを見せまいと気にしないふりをするとそのやり口は更にきついものとなり、
結局こどものわたしは母の前に頭を垂れるしかなかったのだ。
ここではそんなやり方をするものは誰もいない。
女中部屋の共同生活も、きよさんの鼾には閉口させられるが家よりもずっと平和そのものだった。
故意に自分を傷つけるものがいない暮らしはこれほど穏やかなものだと知り、薮入にも帰らないといってみんなにいぶかしがられた。
ここのほうがずっとよかったのだ。
ただ、いい事ばかりではないことをすぐに思い知らされることになる。