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木蓮屋敷 4
その頃のわたしは野崎家がどんな家なのかろくに知りもしなかった。
後から知ったのだが野崎家はもともとこの地域の網元から名をなしそのうち海運業にも手を広げたのだそうだ。
今の当主はそれらの事業を他家に売り渡し投資家として主に東京を拠点にして相場で大儲けしているらしい。
妻は早くに亡くなり、残されたのは一男一女。
長男も東京の大学に進学し、屋敷に残されたのは娘一人だった。
野崎家の一人娘に皆が傅くこの屋敷に、わたしは奉公することになった。
町の中心部から少し離れた楢の林の麓に野崎家はあった。
見たこともないほど立派で広いお屋敷。
あの女性に連れられお勝手から屋敷にあがる。
学校のような、でもそれよりもっと立派な黒光りする床材が敷き詰められている。
ひんやりとした床、天井の高さ、それらの大きな屋敷が醸し出す特別な雰囲気に圧倒され、自然に身がすくむ。ますます怯える気持ちが強くなる。今すぐ家に飛んで帰りたい。
でもその選択肢はないのだ。
お勝手にわたしを置き去りにして誰かを探すような素振りをしながら、ここまでわたしを連れてきたあの女の人は姿を消した。