木蓮屋敷 3
母と話すのは工場長ではなく女性のほうだった。
工場長は最初に彼女を紹介するような素振りをした後は控える感じにみえた。
女性の声はやけに小声でわたしにまではよく聞こえなかったが、
部屋の隅にいたわたしにも母が驚いている様子なのは感じられた。
彼女が何か言うたび、母は動揺し、首を振り、拒否するかのような素振りを見せた。
しかし、その女性が手にしていた風呂敷から何かを母に手渡したことですべてが変わった。
それがわたしの人生の分岐点の一つだったと思う。
わたしの人生なんて、わたしの都合で決められるものではなく彼女たちの手のひらの上にあったのだ。
母の張り詰めた表情は一瞬にして和らぎ、またあの卑屈な表情が戻り、
見たこともないような張り付いた笑みすら浮かべているように見えた。
彼女たちの間で、今日のこの日からわたしはこの家を出ていき、
野崎家に奉公に出るという契約が交わされたのだった。
わたしはそれを母から聞かされた。
驚く間もなく、拒否する自由もなく、わたしはただ与えられた運命に従うように、
わずかな荷を作り、とぼとぼと女性に連れられて家を出た。
母は少し悲しそうな顔を見せてはくれた。
妹と弟はきっと何もわかっていなかったのだろう、その時悲しかったのはきっとわたしだけだった。
野崎家のことはよくは知らない。
お金持ちの名家だということをなんとなく知っているくらいだった。
野崎家、九鬼家、峰家、このあたりがこの地方有数の資産家として知られていた。
その野崎家になぜわたしが行くことになったのか、
その時のわたしはその理由を考える余裕もなく、ただただこれから訪れる人生の変化になんとかついていかなければ、どんなことをしても、野崎家でやっていけなければわたしには帰る家などないということだけはわかっていて、そのことしか考えられなかった。
わたしは売られたのだ。