東京 10
私は世間知らずで甘かったのだろう、もう少し簡単に考えていた。
今日中に山口先生と連絡はとれないにしても行き先の把握くらいはできると思っていたのにまさか、頼りにしていた家の人に巡り合うことすらできないとは。
でもなんとかしなくては。
人影をみつけては聞いてみる限り、焼け出された人たちの多くは寺に身を寄せているという話ではあったが、何人かに聞いてわかったことはどうも私が当てにしていた家の人たちは助からなかったということだった。愕然とした。
先生が火事のことを知っているのならば、なんとか連絡をとれるように動いてくれる可能性はある。だが、先生はそもそもわたしがいつ東京に出てくるのかを把握していない。
手紙のやりとりは危険すぎるからということで連絡はその後とれてないままだったのだ。
あの時点ではまだ具体的な縁談の話ではなかったので今日明日とか今年中という話だとは先生は思っていなかっただろうし、そこまで私のことをいつも考えてくれているとは限らない。
こうなっては先生を頼る伝手はすぐにはないと思うしかない。
ご実家は高田馬場のほうだったと聞いたことがあるが、両親も亡くなり家もないと言っていたし、探す手立ては今は思いつかない。
ただ、幸いお金だけはあるから、自分で宿を探し、とにかく生きていくしかない。
そう心に決め、不案内なこの町を歩く。
少し歩くと焼け野原が終わり、少しずつ町がにぎやかになってくる。
車をまた拾って駅に戻ろうか、と思っていたところで、やけに明るく目立つ一軒の建物が目に入る。「宿」と書かれているので、暗くなる前にとにかく今日はここで泊まろうと心に決め、暖簾をくぐった。




