木蓮屋敷 2
ある日、工場長に少し残るように声をかけられた。
何の話だろうと思ったがいい話とは思えなかった。
首を切られるのだろうか、そうしたら次はどこで働き口を探したらいいのだろう。
たちまち家は干上がってしまう。
なんとか懇願したら思いとどまってもらえるだろうかなどと思いを巡らせていると、
引き戸が嫌な音をあげてゆっくりと開き、工場長の痩せた不機嫌そうな顔がちらと見えた。
工場長に続いて、若く見たこともないくらい美しい女性が入ってきて、
不躾なほどじろじろとわたしを眺めた。
目をそらしたかったのに、思わず見とれてしまってそらそうにもそらせなかった。
その彼女が工場長に小声で何かを囁くと、工場長は小さく頷いた。
何が話し合われたのかわたしには全くわからなかった。見当もつかなかった。
工場長もその若い女性もわたしにはその場では何も話そうとしなかった。
ただ、母に話があるから家に行くとだけしか教えてくれなかった。
わたしは何か言うこともできずただ言いなりのように、
とぼとぼと彼らと共にわたしの住む三軒長屋までの道を歩いた。
あちこちに藤が吊るされ、光が遮られた薄暗い我が家で、母はいつものように草履を編んでいた。
母は恐る恐る顔をあげ、わたしがなにか困ったことでも起こしたのかとでも思っているかのような卑屈な顔で工場長を見上げた。