木蓮屋敷 9
お勉強といっても随分変わった勉強だった。
わたしは尋常小学校までしか修めてないから高等学校やそれより上の学校ではどのようなものを学ぶのか知らないだけかもしれないけど、修身のようなものはまるでやらず、とにかく本を読んだ。先生もその間ただ読むのだ。
そして読んだあとそれぞれ思うことを言う。
といっても話すのは綾さまと先生だけだったが。
先生は山口先生と言うのだが、なんでも東京の女学校を立派な成績で出たばかりだという。
綾さまは今までいろんな教師を招いても馴染まなかったようで何人も教師が変わったそうだが、
この山口先生とは反りがあったのか招かれて一年続いているのは初めてなんだとたきさんから後で聞いた。
わたしは読むことも遅かったし感じたことを自由に話せと言われても最初はそんなことをしたことがなかったのでどう言えばいいのか皆目検討がつかなかった。
それでもその授業に慣れてくると少しずつ、拙いなりに感じたことを言えるようになった。
ただ、先生も綾さまにはほとんどなまりがなくて自分のなまりが恥ずかしくてたまらなかった。
この昼の学業の時間は楽しかったのだ。
問題はその後だった。ある日、綾さまに言われた。
「いと。いとは、夜は何をしているの?」
「夜ですか?夜は水場のお仕事が済んだら朝の支度の準備だけしたらおしまいです。」
「そう。それなら、今日、そのお仕事が終わったら綾のお部屋にお出で?」
「いえいえ、滅相もないことで。ご遠慮させてください」
「駄目駄目。綾に遠慮禁止でしょう?来てね。待ってるから」
綾さまはわたしが嫌と言えない立場なことをよくご存知だった。
この日からわたしはしてはならないことに足を踏み入れていくことになる。