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パンジャンドラム

「ヒャッハー! 皆殺しだー!」


 筋骨隆々の世紀末みたいなファッションセンスをした5人の男達が森林の中を走る。その手には人肉を叩き潰すためだけに存在しているような武骨な調理器具、もとい武器が握られている。

 彼らが追う先にいるのは迷彩柄の訓練服を身にまとった一人の少女だった。少女は丁寧に撫でつけられていたであろう金色の髪を振り乱し、なりふり構わず密林の中を走り回るが、男達との距離は近づくことはあれ離れることは無かった。


「はぁ、はぁ……」


 男達は余裕がありそうだったが、少女のほうは息も絶え絶えといったところ。

 いくら長距離走をし続けたとしても、仮想世界では体力の消費はない。だがジャングルという足場も視界も劣悪な状況下で複数の敵を相手に逃走するとなると、かなりの集中を持続することになり、結果脳が疲労する。


「きゃあ!」


 ついに集中力が限界に来たのか、少女は足元のツタに足を取られて転んでしまった。男たちはニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら少女に近づいていく。


「さあさあ、どうお料理してやろうかなぁ」

「とどめは俺にやらせてくれよ」

「待て、お前この女のキル評価を独占するつもりだろ。公平にじゃんけんで決めようぜ」

「まどろっこしい、早いもん勝ちでいいだろ」


 思い思いのことを言い合いながらも、男たちの行動は連携が取れていた。どうやって少女という取り分を分け合うか、そう議論するためだけの包囲だとしても。

 彼らは既に勝利を確信している。少女は彼らを睨めつけるが、その程度はヒトガタのケダモノたちの征服欲を満たすスパイスにもなりはしなかった。


「誘導完了です、殿下」


 少女の一言の前までは。

 男達は慌てて周囲を見回す。今まで誰もいなかったはずの密林には、幾人もの騎士装束の剣士達が鋭利な武具を携えて彼らを取り囲んでいた。


「よくやったわ、エリーゼ」


 中でもひときわ目立つのが密林でも輝くような美貌を誇る銀髪の少女。

 一目で高密度情報体(ハイレゾ)とわかる髪を風になびかせ君臨するのは、IVAでは誰もが知る帝国の第四皇女。騎士たちの主は白銀の騎士剣の切っ先とそれ以上に鋭い碧眼を野蛮人たちに向け、謳うように宣告を下した。


「私の侍従を追いかけまわした代償を払わせてやりなさい」




 *



「茂比隊、全滅しました!」


 もう何度聞いたかわからないオペレーターの報告が頭に響く。


 三花の通う国際VR士官学校(VIMA)では二か月に一度、主要三か国の生徒が国別に分かれて行う模擬戦が行われる。制限時間内により多くの敵を倒せば得点。陣地にあるフラッグを敵に破壊されると強制的に負けになる。

 密林、草原、市街地、雪山。天候・地形様々なマップで生徒たちは殺人性能のない武器で戦うことになる。

 そんな国別対抗戦FPSのような戦いの場で、三花の所属する西太平洋諸島連合(アイランズ)の生徒はと言うと、


「ヒャッハー! 殺せー!」

「突撃だ! 大和魂を見せつけてやるのだー!」

「帝国の連中を殲滅してやれー!」


 もはや蛮族と言っていいほどの野蛮な言葉を発しながら森の中を進軍していた。

 戦力をフラッグ防衛と帝国軍への攻撃の二手に分け、帝国軍を奇襲するというのが同盟の作戦だ。ジャングルの木々をかき分けて帝国本陣への道筋を森の木々をかき分けながら下っていく。


「ふぁ~あ」


 同盟生徒のほとんどはもはややりすぎなくらいに殺気立っているのだが、一部にはやる気の無い生徒もいる。

 足場の悪い道を進みながら器用にも欠伸をしているレライエ・ジーベックなどはその代表だ。


「ほら、シャキッとしなさい。これ成績評価されてるんだよ」


「とはいえ負け戦にやる気出せるほど俺は頑張り屋じゃあねぇんだよな」


「負け戦って……もしかしたら勝てるかもしれないじゃん」


 VIMAの設立以来、同盟クラスが勝利した前例はない。

 人口・国力共に世界最強の共和国や技術先進国の帝国と比べて、同盟の戦力は他国と比べて大きく劣っている。そのうえ両国と違いアイランズは国ではないため、指揮系統も統一されていない。

 そのせいで「今度こそは勝つ!」と意気込む生徒と、彼の様にやる気のない生徒に二極化している。


「別に勝率が低いからって負け戦だとは言ってねえよ。ただ……」


「ただ?」


「見てればわかる。今のうちに構えておけ」


 その言葉の真意は問いただす前に、目の前に巨大な炎の壁が出現した。

 炎壁(ファイアウォール)

 敵の侵入を阻害する強固な防壁を形成する、汎用性が高く性能の信頼性も高い基礎術式(プログラム)だ。燃え盛る緋色の防壁は同盟の軍勢を取り囲むように拡散し、巨大な鳥籠となって包み込む。


「罠!?」


「その通りだ。こりゃ負けたな」


 炎の壁から多数の帝国生徒が侵入してきて私たちを攻撃する。炎壁(ファイアウォール)は一方から一方への移動・侵入をほぼ完全に阻害するプログラムだ。向こうから攻めることはあっても逆は無い。

 同盟生徒は突如現れた炎の壁に混乱して指揮系統が乱れ、帝国になすすべもなく倒されていく。


「こちら第四小隊、生き残ったのは私だけです!」

「嫌だあああああ、死にたくないいいいい!」

「怯むな、大和魂を見せつけるのだッ! 突撃ィー!!」

「おい馬鹿、無駄死にしようとするんじゃねえ!」


 同盟生徒の悲鳴と罵声が飛び交った。

 現場を指揮している級長も必死で指揮を取ってはいるものの、その成果は芳しくない。

 視界の左端に映るミニマップにある緑色の点が凄い勢いで減少していくのが、味方の損害の大きさを物語っていた。


「南西に壁の穴があります! そこから逃げましょう!」


 生徒の一人が包囲の隙間を見つけると同盟生徒は我先にと群がり、指揮をしていた級長もろとも逃げて行く。


「ダメよ。穴にいきなり突っ込んだりしちゃ。優しく広げてあげないとイケないわ」


 野太くダンディな声が穴の先から響く。瞬間、同時に三人の生徒が宙に吹っ飛びポリゴンの破片となって消えていった。

 包囲網を抜けた先にいたのは何故か女子用の制服に身を包んだ大柄で筋肉質な男性。その手には人を叩き潰さんという殺意しか感じない巨大なピンクの斧槍(ハルバード)が握られていた。


「オカマ、最強」


 巨漢は意味不明なことだけ言うと、鬼神の如き形相で逃げ惑う同盟生徒の集団に突っ込んでいく。

 既に「逃げ」の態勢に入っていた彼らはその二重の奇襲に対応しきれず、上半身を木の葉のように散らして次々に倒されていった。

 包囲殲滅というと敵の逃げ道を完全にふさいで倒すイメージがあるが、実は違う。敗北と死がイコールで結ばれる状況になると、人は玉砕覚悟で戦うため殲滅する側の被害も増える。

 だからこそあえて逃げ道を用意して敵の退路を限定した状態で叩く。

 帝国軍の用意した策はこれ以上ないくらい完璧な包囲攻撃だった。


「どどど、どうするのれりゃ、レライエ!」


「どうって……無策で罠ン中突っ込んだ時点で詰んでないか?」


 前門の軍勢、後門のオカマ。

 戦列の真ん中にいたはずの三花とレライエが立っているのは既に最前線。背中合わせに戦って何人かは倒すことに成功したが、1人倒すころにはこちらは3人死んでいく。


『こちら司令部の山本だ! 大逆転の秘策を発動した! どうかそれまで持ちこたえてほしい!』


 戦場の喧騒にも負けない大声が通信越しに響く。


「だってさ! これは期待に応えないとね!」


「嫌な予感がするんだが……って、なんだアレっ!?」


 反射的に声のするほうに意識を傾けると、坂の上から地響きが迫ってくるのが聞こえる。位置エネルギーに従って駈け下りてくるモノはいくつもの車輪だった。

 ヨーヨーの様に山側の司令部と繋がれていて、車輪についた禍々しい棘を通して直通回線を結んだ同盟クラスの新兵器。

 進路上のすべてを轢き潰すその鉄塊の名は────────


「パンジャンドラム?」


 大地を揺るがし(わだち)を刻んで坂を転がり落ちてくる車輪の軍勢。「使用者との有線回線を繋いだまま強大な破壊力を遠距離から叩き込む」というコンセプトのもと作られた同盟の決戦兵器(リーサルウェポン)は炎の壁を突き破り、戦場を蹂躙していった。

 敵陣だけに突入してくれればよかったのだが。


「バカなんじゃないの同盟!?」


 殺害物質(マーダーマテリアル)を使って殺人を行う場合、武器の一部が使用者に接触している必要がある。そしてそれは演習でも同じで、剣を投げて当てたとしてもダメージにはならない。

 だから飛び道具が使われるケースは極めて少ない。例えば弓を使う場合、矢にワイヤーをくくりつけるなどして回線を結ぶ必要がある。

 それに回線が細く長くなるほど、攻撃の威力は落ちていくというデメリットもある。

 だからこそのパンジャンドラムだ。これが同盟の代表生徒が頭を悩ませて作り上げた結果だった。


『これぞ我らが最強武器! 名を栄光あるパンジャンドラム・グローリーッ!!』


 歴史に名高いネタ兵器の後継が仮想空間で誕生した。

 狙ったところに転がらず、明後日の方向に突き進んでいくという欠点をそのままに。

 しかしパンジャンドラムG(グローリー)の威力そのものはすさまじかった。同盟を窮地に追いやっていたファイアウォールを食い破り、進行方向上の生徒を残らず薙ぎ倒していっている。そのお陰か一方的にやられるだけだった同盟も、なんとか乱戦に持ち込むくらいの状況まで立ち直っている。

 被害は敵味方を問わないが。


「味方ごと轢いてるどころか味方陣地に突っ込んでるやつもいるんだけど! 狙いどうなってるのこれ!?」


「そりゃガタガタの地面を転がすわけだから狙いなんてつけらんねぇよな。一応オートジャイロはついてるみたいだが」


「なんでどうでもいい所だけテクノロジー使ってるの!?」


 軽口を叩けるくらいには状況が好転してはいるものの、依然不利なことには変わりない。

 穴があるとはいえ包囲や炎壁(ファイアウォール)は機能しており、こちらの切り札は暴走。

 最初の包囲攻撃で戦力を大きく失った時点で同盟の敗北は決定していた。


『こちら司令部、パンジャンは全部使い切ったネ。あとはミカの健闘を祈るよ』


「祈ってないで逆転の策とか考えてくれないかなぁ!?」


 既にお疲れ様モードに突入したミンハイに突っ込みながら、苛立ちを剣に乗せて前方の敵に叩きつける。

 パンジャンドラムのお陰でできた隙を最大限有効活用して、少しでもキル評価を上げるのが今の同盟生徒にできる唯一の戦いだった。


「逆転の策ならあるぞ」


「あるの!?」


 レライエは戦っていた敵を三花に丸投げして、戦場のど真ん中で停止したパンジャンドラムに向かっていく。既に有線が切断され、殺傷力を失ったただのでかいヨーヨーもどきに。


「そんなガラクタでなにするのさ!」


「決まってんだろ、転がすんだよ」



 *




「ある意味天才ね……あんな決戦兵器(パンジャンもどき)を作るなんて」


 帝国クラス本陣にて、迷彩服に身を包んだ銀髪の少女は苦笑いを浮かべていた。帝国クラス級長にして第四皇女アーデルハイト・フォン・グルガルダである。


「歴史は繰り返す、ということかしら。エリーゼ」


「パンジャンドラムは開発段階で取りやめになりましたが、こちらは量産された挙句に大量投入されています。ですが威力は本物です、次弾を警戒するよう通達致しますか?」


「私たちが愚行を繰り返してどうするの」


 このまま戦ったとしても帝国対同盟の戦闘に関して言えば敗北はない。だが未だ密林に潜んで姿を見せない共和国のことを考えると、ここで戦力を削られるのは得策ではなかった。


「パンジャンドラムは有線で司令部に繋がっているはず。私たちはそれを辿って同盟本陣を襲うわ」


「殿下、11時の方角からパンジャンドラムが来ます」


 エリーゼの言う通り、一つのはぐれパンジャンドラムが帝国本陣に向かってまっすぐ転がってくる。既に回線は切れて殺傷力もなく、速度も大したことは無い。道を開けてしまえば簡単に回避できる流れ弾に過ぎなかった。

 しかし、万一転がる方向がズレたりしたら前線を援護する生徒に影響が出るかもしれない。


「私が斬るわ。援護は不要よ」


 アーデルハイトは腰に差した銀色の騎士剣に手をかけ、パンジャンドラムに向かって走り出す。

 鞘走りによって加速される神速の抜刀が、パンジャンドラムの支柱を一撃で両断した。残された車輪はアーデルハイトを避けるように転がって倒れる。


「さぁ皆、このまま同盟を────────ッ」


 パンジャンドラムを切断してすぐ、安全圏にいるはずの帝国本陣から断末魔が上がった。

 何者かが少数で帝国に突入して攻撃を仕掛けていたことの証拠だ。だがアーデルハイトの知る限りそんな人物が陣地の中にいた覚えはない。


「皆落ち着きなさい、すぐにスキャンを」

「殿下ッ!」


 エリーゼはアーデルハイトを突き飛ばしていた。困惑する彼女の視界に入ってきたのは刃に映ったアーデルハイトの顔、そして日本刀に胸を貫かれた近衛のエリーゼの姿。

 襲撃者は一人の華奢な少女だった。

 同盟共通の迷彩柄の訓練服に身を包んでいるとはいえ、容姿そのものに特別なものはない。

 そんな〝普通の少女〟が着ている似合わない迷彩服と手にした日本刀が、合成写真じみた不気味な雰囲気を放っていた。


「いい腕ね!」


 アーデルハイトは即座に体勢を立て直し、襲撃者に刺突を放った。一瞬で間合いを詰め、常人には見ることすら叶わぬ神速の一撃。

 しかし、それは虚しく虚空を突くのみ。次の瞬間にはアーデルハイトの騎士剣は手首ごと宙を舞っていた。


「────っ!!」


 間髪入れず刀を翻し、襲撃者はアーデルハイトを袈裟に切り裂こうとする。武器を失った時点で防御手段は無い。

 しかし、皇女を裂く刃は首を撥ねる直前で静止していた。

 襲撃者の頭上には〝FLAG BROKEN〟と赤い文字が浮かんでいる。敗退の証だ。


「まさか、パンジャンドラムにしがみついてきたの? 三花」


「ええそうです! ホントにひどい目にあいました!」

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