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人身売買宅配便

 宅急便で脳みそが届いた。

 西暦2037年4月10日午後6時45分。何の特別な行事もない、学校帰りのありきたりな時間。

 ワンルームの部屋の中、段ボールと梱包材に包まれたアクリル製の水槽に浮かぶ、桜色をしたしわしわの脂肪の塊だけが”異常”を放っていた。


「…なに、これ」


 部屋の主、桜雪三花は思わず言葉を零した。

 まるで通販で頼んだ商品が届くように段ボールと梱包材に包まれ、宅配ロボットに運ばれてきたモノがこれだ。

 どの動物の脳かは考えたくなかったが、三花にはこれが人間、つまりホモ・サピエンスの脳髄であるという確信があった。

 当然、この水槽に思い当たる所はない。通販でこんなものがあったら人身売買だ。

 戦国時代では敵将を討ち取った証拠として生首を持ち帰ったり、鼻や耳を削ぎ取っていたらしい。だが今は鎧を着て殺し合うような時代ではない。そもそも脳だけでは誰なのかもわからない。


「とりあえず中を確認しよう……手がかりが見つかるかもしれないし」


 この水槽を包んでいた段ボールには「電人の生命維持方法」と書かれた分厚いマニュアルと、粉が入ったビニール袋、この水槽に外付けされるであろう装置などが同梱されている。

 麻薬かもしれないと三花は疑ったが、この脳髄の時点でぶっちぎりの違法行為のため、あり得ないだろうと結論する。

 ラベルには脳の生命維持に必要な栄養剤と書かれている。成分表を見るに粉末スポーツドリンクの素と似たものだ。

 これを送った人物は、この脳を三花に生かしてほしいらしい。

 さらにふざけたことにマニュアルの1頁目には「おめでとうございます! 貴女は電人少女の里親に選ばれました! 大切に育ててあげてください!」とでかでかとかかれている。


「ふざけんなー!?」


 一人暮らしの寮の中、答えを返せるものは誰一人居なかった。


 *


「それでネ、親父にいってやったの。「こんな動かない身体引きずって生きるのなんて死んでも嫌だ!」って」


 物騒極まりない贈り物が届く一時間前。

 学校の講義室をSF映画の宇宙船チックに改造したような部屋で、三花は中華系の少女と雑談していた。


「それが、ミンハイが電人になった理由?」


「ソ。おかげで今は快適な生活だよ。怪我も病気もないし、薬も打たなくていい。食事を楽しめないのはちょっと残念だけど…逆に言えば生きるためのコストが減ったってことだしね。それにリアルよりずっとカワイイ!」


 同性にはまったくもって通じない友人のキメ顔に、桜色にヘアカラーを変えた少女—三花は肩をすくめる。

 押し込めば折れそうなくらいに薄い机に、ホコリ一つない教室。出入口を見てみると、魔法みたいな光と共に生徒が消えたり現れたりしている。

 ここは地球上にありながら、地球のルールから外れた空間。

 すなわち、人が作り出した仮想世界だ。


「はいはい、かわいいかわいい。まぁ確かに好きな姿になれるってのはデカいよね」


「でしょでしょ! せっかく才能もあるんだし三花も電人になってもいいんじゃないかなぁって思ってんのヨ。あたしは」


「私は電人にはなれないよ。手術代は払えないし、健康体だから保険も下りない」


 電人ーそれは脳以外の肉体を捨てて、仮想世界の中だけで生きる人間の俗称だ。

 元々の起源は50年前の第三次世界大戦の後、治療できないほど重症化した怪我や遺伝子異常を抱えていた人のために開発されたアプローチで、「とりあえず殺さなければいいだろう」という自由も人権もあったものではないものだった。

 だが仮想世界システム【ザ・ワールド】によって文字通りに電人の世界は変わった。

 清潔な世界、燃費のいい体、金はかかるが自由にカスタマイズできるアバター。

 電人の生活環境は地球上のものよりはるかに快適なものとなり、今ではミンハイのように進んで電人化しようとする人が後を絶たないほどになった。


「もうこんな時間。じゃあねミンハイ。晩御飯食べなきゃ」


「そっか。肉体持ってると大変だね。今晩のメニューは?」


「謎肉の野菜炒め」


「またなノ?」


「学食はそれしかないんだよ」


 *


 そうして三花は友人に別れを告げて現実世界に戻り、食事にありつくーーはずだった。

 この宅急便で行われる人身譲渡がおこなわれるまでは。


「…やるしかない、か」


 送り主の特定、電人の引き取り、送られた理由の究明。やることは山積みだが、重要なのは命だ。

 この水槽の中身が生きているのなら、このまま何もしないのはこの電人を見殺しにすることになる。水槽の水は循環しているから酸欠は無いだろうが、栄養不足での餓死は十分にあり得る。

 この中身がどんな人間でも、人殺しになるのは御免だ。

 部屋の一角に水槽を置き、生命維持装置を組み上げる。これだけで部屋が大分猟奇趣味になったが背に腹は変えられない。


「背も腹もないけど……と完成」


 取説によるとこれで一か月は持つらしい。

 栄養剤は市販されているものだから、感染症にでもならない限りずっとここにいても問題ない。


「その間に送り主をみつけてとっちめてやる」


 だがこの電人に長居してもらう予定はない。

 伝票に書かれた住所や名前、運送会社を調べて送り主を見つけて、最低でも送り返す。


『ーーーおかけになった電場番号は現在使われておりません』


 だがその思いは無機質な合成音声に否定され、考えついた手段の全てが無駄に終わることとなった。

 住所は廃ビルの空きテナント。伝票の名前と同姓同名の人物は何件かヒットしたが、個人を特定できる要員にはならない。

 最低なのは運送会社で、「そのようなお荷物は配送記録にありません」と来たものだ。

 ペーパーカンパニーから偽名を使った人物が送ってきたと考えるのが妥当だろう。

 非合法な贈り物に似合った真っ黒な出所だ。


「とすると最後は……本人に聞くしかないか」


 三花は水槽に同梱されていたヘルメット状の装置に視線を移す。

 仮想世界接続装置『コネクター』別に珍しいものではない。家電量販店に行けば何台も陳列されているほど一般的な型だ。

 それを水槽に取り付けて、電源を繋ぐ。

 元々は三花の様な肉体を持つ人間用のものだが、電人にも互換性がある。

 要は脳を覆うのがアクリルか頭蓋骨かの違いでしかないのだ。


「接続先は私のプライベートマップにして、と。じゃあ会いに行こうか。電人さん」


 階段を降りて、一階に向かう。このフロアには居住用の部屋は無い。

 あるのはサーバー室のような機械とカプセルホテルが合体したような空間。本来このような大袈裟な装置は必要ないが、この学校の生徒にはこれが用意されている。

 カプセルに入って、ギアを頭にとりつけ、スイッチを押す。

 それだけで桜雪三花の意識は機械の中に吸い込まれていった。



 桜舞い散る日本庭園。趣味全開にして作り上げたこだわりの仮想自宅だ。

 土地不足のご時世で、現実世界でこんな家に住むのは相当な富豪かつ好事家しかいない。土地不足だから庭園なんて無駄遣いができないのだ。当然、ただの学生である三花にそんな額を払える立場にはない。

 だが現実で百万ドルかかる家が仮想世界では十ドルで建設可能になる。大幅プライスダウンだ。


「初期設定に時間がかかってるかな?」


 後から入ってきたにもかかわらず、あの電人の姿がない。

 キャラクタークリエイトで何時間も悩むタイプなんだろうか、と心配していると部屋の中央にピンク色の光が発生し、それが徐々に人の姿をかたどっていく。


「おろ?」


 随分と背の低い少女だ。

 白いぼさぼさの癖毛に焦点の定まらない紅く濁った眼。ぼろぼろの貫頭衣から除く手足は折れそうなほど細い。

 一言で言うならば「物乞い」とか「ストリートチルドレン」という呼称がふさわしい。

 とてもまともな環境で育ってきたとは思えない。仮にアバターだとしてもそんな姿をわざわざチョイスするか?と言いたくなるような風貌だ。


「はじめまして、私は桜雪三花。言いにくかったら”みか”でもいいよ」


 三花は幼女に近づいて、しゃがみこむ。

 子供相手に話しかけるときは目線を合わせる方がいい。物理的に上から話すという行為は、どうやっても高圧的な印象を与えるからだ。

 だからまずはこうして警戒心を解くことから始めよう。


「君はどこから来たのかな? とりあえず名前を教えーーーー」


 そうやってのこのこ降りてきた首を狙って、厚いナイフが迫る。

 抜き身も見せない一閃。刃の通った赤い軌跡だけが中空に残る。


「!?」


 斬撃を紙一重で避け、三花は地面をゴロゴロと転がる。

 幼女は表情を変えないまま地に伏せた獲物に向けて逆手に持ったナイフを振り下ろす。

 三花は首をひねって避けるが、その間にマウントポジションを取られてしまう。

 すかさず三回目の攻撃が振り下ろされる、ところで三花は手首をつかんで止め、貫頭衣をつかんで体勢をひっくり返した。


「これは何!?」


 幼女の小さい手には湾曲した分厚い刃物があった。ククリナイフという東南アジアに伝わる鉈としても使用される大ぶりのナイフ。

 斬るよりも叩き切ることを目的とした現実でも十分に人を殺せる凶器、それが薄く赤い燐光を放っている。


殺害情報マーダーマテリアルだよ!? 分かってて使ってるの!?」


「そーなのか? いっぺんくらい刺されても人間はすぐには死なねーよ。なんかいもぶっ刺して、ぐちゅぐちゅして、どろどろにして、そんでやっと死んでくれるんだぜ。しらねーのか、おねーさん」


「なお最悪だよ! っていうかそれリアルの話でしょ!」


 少女の言動は全てが物騒を通り越して殺人的だった。

 手にしているものがどういうものかも理解せず、それでいながら現実での死を分かったまま平然と無邪気に殺意を向けてくる。それでいて彼女からは悪意というものが感じられない。

 まるで殺人を悪と認識していないようだった。

 歪で無垢で最悪な人格形成。いったいどういった環境で育ったらこうなるのか。


「そっか。これで斬ったら死ぬのか。消えたからてっきり幻かと思ったんだけど」


「もう二度としないで。まったく、親の顔が見てみたいよ…」


「しんだよ。覚えてねーけどな」


 こんな性格に育てる親がいてたまるか。

 心の中で突っ込みながら幼女の手からククリナイフを没収して開放する。拘束してもよかったが、幸いなことに?彼女は三花に敵意を持っているわけではない。ただ知らずに殺しに来ただけだ。

 可能な限り彼女から情報を聞き出すためにも、コミュニケーションを諦める訳にはいかない。


「改めてだけど、君、名前は? 家はどこにあるの?」


「タマニア。家はなぁ…確かにーちゃんはイエメンって言ってたな」


「イエメンって…中東か。ってことは帝国か共和国領だね。なら東京までどうやって来たの?」


「ここって東京だったのか!?」


 タマニアが自分がどこにいるかすら理解していないことに三花は頭を抱えた。

 おまけに唯一分かったのはタマニアの出身地が遠く離れた中東であること。

 三花の知る限り、中東は不毛の地になっているはずだ。

 60年前の第三次世界大戦の終戦の理由は、化石資源の枯渇だった。特に石油は大戦序盤に枯渇して、オイルマネーを失った中東諸国は財源を失って脱落した。経済的な利点がないため、帝国が国土の一部を安値で共和国に売却したなんて言われたほどだ。


「ところでミカ、ここはどこなんだ?」


「私のプライベートマップだよ」


「なんだそりゃ?」


「仮想世界での私の家ってところかな」


 タマニアは「かそうせかい、かそうせかい…」と頭をぐるぐる回しながら与えられた答えを反芻する。

 しばらくすると自分の手を交互に見て、それから庭の桜の木まで走り出した。


「仮想世界! にーちゃんの言ってたやつか! どーりでいろいろ見えるわけだ! すげえすげえすげえ!」


 はしゃいでいる様子はテーマパークに初めてやってきた少女のようだっただ。

 最初の無垢な殺意が嘘のように年相応にはしゃぎだす姿。それは好ましいが、同時に疑問も浮かんでくる。

 ①タマニアは教えられるまでここが仮想世界であることすら知らなかった

 ②仮想世界という概念でさえ兄からの伝聞的な情報でしか知らなかった

 両方とも本来ならばあり得ないことだ。

 電人は基本的には本人の意思がなければなれないものだ。例外があるとすれば出生時に電人化しなければ死亡するリスクがある場合だけだが、どちらにせよ今のタマニアのように仮想世界の概念すら知らないはずはない。

 自分の生きている星の名前を知らないようなものだ。


「タマニア、遊びながらでもいいから質問に答えてくれる? お兄さんはどこにいるの? 連絡は取れる?」


「にーちゃんか? うーん、わかんね!」


 保護者への連絡も不可能。

 タマニアの無知さからして、彼女から送り主に関して有益な情報が得られるわけでもない。


「そういえば、あたしはミカを殺そうとしたけど、あたしに何もしねぇの?」


「何って…罰ってこと?」


「死なない程度に殴ったり、〇〇〇を鉄棒で焼いたり、爪を引っぺがしたり」


「するか!」


「え……しねぇの? ミカ、マジ? いい人だな!」


 ドン引きしたいのは三花なのに、なぜかドン引きされた。

 幼女の口から出てはいけない言葉が聞こえた気もするが、聞かなかったことにしよう。

 呆れているとタマニアは左手で何もない空間を掴む動作を不思議そうに繰り返した。


「なぁ、ミカ。ずっと左上にあるスケスケな線はなんだ?」


 三花はタマニアの目線の先を探すが、そのような線はない。現実世界なら眼球内の微生物が時々視界の隅に映ることはあるが、タマニアには眼球すらないはずだ。

 唯一思いつくことと言えば、視界の左上部分に表示されているデジタル表記の時計のことだが……


「まさか、数字すら知らないの?」


 非常識なんてものではない。義務教育を1/3にしても出来て当然のことがタマニアには出来ていなかった。

 与えられた情報はほぼなく、代わりに教えるべき項目は山積み。

 無知で、無垢で、無情で凶暴。

 猛獣の赤子のような電人少女を育てる日常が始まった。

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