中3になった真理は、新1年の中の文才のある子と一発芸の子を弟子にして珍日本昔話を書き上げる。その中にばっちゃんが赤鬼として登場。当日、ばっちゃんと一発芸の子は?
地球はどうなってるんだろう?とわたしは思う。いやわたしだけがそう思ってるのではない、普通の感覚を持ち、普通の思考の持ち主であれば、皆がそう思わなkはずはない。4月と言えばそりゃ寒い日もあるだろうし雪の降る事もあるだろう。でも今日が冬になり、翌日起きたらカンカン照りの夏日、又その次の日は冬に逆戻り。そう言う地球で良いのだろうか?このままほったらかしにして良いの?いいや、考えていますよと政治家さんも経済界の重鎮さん達も答えるだろう。でもでも色んな利害が絡み合って増々地球は疲弊していくしかないのだ。ううっ、何か一つでも超能力でもあれば(もし本当にそんなものが存在するならば)わたしはそれを利用してこの地球を、テラを救いたい。戦争も止めさせたい。
「おい、昼間から六色沼眺めながら、どんな妄想にふけっているんだい?」
突然わたしのこの高尚なる妄想、いやいや思索の時間は終わりを告げさせられた。
「なんだ武志君かあ。どうしてあなたがここにいるのよ」
「おばさんが勝手に入ってちょうだい、真理はベランダにいるわって教えてくれたから」
「ふうーんそうか。いよいよ君は高校生になるんだ。学校は何時から?」
「来週の月曜日から。中学と同じだよ」
「そうか、同じか。緊張してる?」
「全然、自分の程度にあった所だし、友達も4,5人いるしさ」
「例えいなくても、君の性格だったら直ぐわんさか出来るよ、保証する」
「うんまあね。去年の今頃は横浜行ったなあ・・」
「また行きたいの?それとも他の所に行きたいの?」
「そうだなあ、だけど沢口も健太も今、レギュラーになるために必死に新しい高校で稽古に励んでいるし、ぼーとしてるのは俺ぐらいだ、ハハハ」
笑ってはいるが武志君寂しそうだ。
「分かった、ここは中3ばかりで気には召さぬだろうけれど、中3プラス1で東京、いや、新宿にでも繰り出そうか?」
「新宿?近場だな.何時でも行ける所だ」
「でもさ、みんなで出かける事ってこれから先もうあんまりないかも知れないじゃん」
「これから先?そうだな、みんなで出かけるなんて ないかもなあ。いや今までだって新宿にみんなで出かけた事はなかったよ」
「じゃあ決まり。わたし美香ちゃんたちに電話する、千鶴は多分駄目だろうけども」
「俺は敦と・・一応沢口に声かけるよ、あとからばれて文句言われるの嫌だから」
「そプね、多分健太には睦美から連絡行くと思うわ。まあ後は本人次第よね」
日にちは善は急げと言う事で(?)翌日の11時近くの中月見駅に集合と決めた。
中月見駅は歴史もなく、イザナギ駅や月見駅のように大きくもない。単に勾玉県と東京を結ぶだけの線でやたらと痴漢が多いと夙に有名だ(そんな事では有名にはなりたくないと、線が泣いてるぜ)。もっぱら通勤や通学に利用される。勿論この沿線に住む者にとって、新宿に出るには乗り換えなしで行ける。今は月見駅を通る湘南新宿ラインなるものだ出来て、そちらの方が短時間で新宿に着くが、わたし達、この中月見地区に住む住民には少々時間はかかっても、こちらの方がありがたい。さて定刻になり集まったメンバーを眺むれば、何の事はない、強化合宿の千鶴ちゃんを除けば、あの沢口君も居れば健太様もいらしゃる。
「え、何、沢口君も、け、健太さ、健太君もレギュラー目指して猛特訓中じゃなかったの?」
「よ、良かったあ、沢口君が来てくれて嬉しい!」と篠原女史は大喜び。
「俺が電話したら、時には英気を養わなくちゃあって、今日はおサボリみたいよ」と武志君。
「サボリじゃないよ、ちゃんと欠席届提出して来たよ」
「理由は何て書いたんだ」と武志君。
「うん、そりゃ・・親戚の法事の為って事にしたよ」沢口君、頭をポリポリ。
「健太さんも同じようなものよ。でも彼の学校は沢口さんの行くような強豪校じゃないから、自分勝手に今日は休みって事にしたらしいわ」睦美が言い切る。
「お、俺はよお、只武志がよお、中3の中に高校生が一人で混じるのは、気恥ずかしいじゃないかと思ってさあ来てやったんだ」健太が威張って宣言する。
「そうなの、電話した時は、俺だけ置いてみんなで遊びに行くなんて許せん、俺も絶対行くからなって、今にも泣きそうだったじゃない」睦美がばらす。
「そ、そんなことはないぞ、あの時はちょっと色々思考を巡らしていたから、そう聞こえただけなんだ」
「ふうん、健太さんて思考を巡らしている時は泣きそうになるんだ」
「滅多に思考を巡らさないから、どうやって巡らすのか分からなくって泣きたくなるんだよなあ、健太」
武志君がどちらの肩を持つのか、いやこりゃどちらも持っていないのか、兎も角発言。皆、どっと笑う。
電車が来た。時間帯が時間帯なだけに結構空いてる。初めは立って行く積りだったが(立っている方が、座っているよりずっと長生き出来るとか聞いているので)やはり女性軍は座る事に決めた。
「千鶴ちゃん来れなくて残念だけど、この夏世界選手権の大会があるから頑張るんだって」とわたし。
「俺達と志がまるっきり違うね、尊敬するよ」と沢口君。
「うん、俺達にはその何て言うか、少し色気の方が混じっているからなあ。しかも色気の方が少し勝っていると来てる」健太がうなずく。
「そう、俺たちはもう高校なんだから、色付く訳だ。敦、お前も今は我関せずとしてるけど、その内もやもやして来て、うんまあ色々思い悩むようになる。まあその時は遠慮せずに相談しろよ」武志君が横に大人しく立って居る敦君に声をかける。
「は、はい、ありがとうございます」
「大丈夫よ、谷口君は。だって谷口君は島田さん一筋だもん、変な考え起こす事ないわ」
篠原女史の突然の爆弾発言に、一瞬皆凍り付いた。
「ぼ、僕、ま、あ、いや島田さん、島田さんを尊敬してるけど、け、決して、そ、そんな変な感情をも、持った事ないです」可哀想に敦君真っ赤になってしどろもどろ。
「そうだよ、敦は昔からそんな恋とか何とかにはまるっきり疎くてよう、真理に首ったけなんて事あるはずがない」健太が怒ったように言う。
「谷口君が島田さんを尊敬しているのは本当と思う。俺もさ、島田さんを尊敬してるしそれとは別にチャーミングで心惹かれる女性だ。本音を言うとここにいるみんなを蹴散らして、それから東村やそのほか彼女に心惹かれる男たちも蹴散らして手に入れられるもんなら手に入れたいと思うよ、な、藤井、お前もそうだろう」沢口君の熱弁に思わず私は下を向く。
「ちょっと気まずい雰囲気になったけど、ここはさあ皆気を取り直して、これから向かう新宿に焦点を移そうよ、何でこう云う話になったんだろう、村上が世界に羽ばたこうと言う時にさ」武志君がまとめる。
「そうよ、わたし達、もっと千鶴ちゃんを応援しなくっちゃいけないわ。彼女、今まで自分が参加できなくっても、色んな美味しいものを差し入れしてくれたじゃない、わたし達彼女に万分の一もお返ししてない」
美香が武志君に続ける。うん、名コンビだ。この間、武志君の代わりにあの変な劇が調子が上がらなかった時、美香に聞いてもらった時は今一だったけどさ・・。
新宿と言っても皆の要望はてんでんばーらばら。女性陣は洋服とかアクセサリーが圧倒的、男性陣は最新のプラモデルとか、何故かギターだったりとか。稽古稽古でぐったりお疲れ様で帰って来るのに、その後でギターなんぞ稽古する暇があるのか?
健太宣わく「男のロマンよ、ロ、マ、ン」
「へ!」わたしも美香も篠原女史も驚いた。この彼のどこを探せばロマンの欠片が見つかると言うのか。
「疲れてへとへとになってる時、ギターが弾けたら好いだろうと思うんだよ」沢口君が説明する。
「わ、分かるわー、わたし」先ほど驚いていたはずの篠原女史がころりと態度を改めて大いに同調する。
「で、でもギターって高いんでしょう」現実主義の美香が言葉を挟む。
「だからさあ、今日は見るだけ。触るぐらいは出来るだろうし、それはタダだろうしね」
「安かったらプレゼント出来るのにねえ」睦美が残念そうに呟いた。
「じゃあお昼ご飯を済ませたら、楽器屋さんを探そう」
「そうね、お昼が先だ」美香と篠原女史が頷いた。
「わたし、良いとこ知ってる」篠原女史が続ける。
「あまり高い所じゃ駄目よ、あとから千疋屋のフルーツパーラーも食べたいから」睦美が口を入れる。
「うん、まーそれはそうだけど、折角新宿来たんだから、少し高いけど思い切って行って見ない、洋食のバイキングなのよ、前は三千円で今は三千五百円になちゃったけど、何しろ食べ放題なの、美味しいデザートも色々あってそれも選り取り見取り」
「肉もあるんだろうな」健太がでかい声を上げる。
「勿論よ、只時間が1時半迄なの」
「デザートが食べ放題なんて女心をくすぐるわ」美香の目がうっとりしている。
「よし、行こう。肉もデザートも食べ放題で三千五百円は、俺達みたいな若造には少々敷居は高いけど、こりゃ食べない方がおかしいよ」沢口君も賛成した。
「誰か予算オーバーでリタイアするのいる?無けりゃ少しぐらいなら驕るよと言いたい所だけど、ま、貸すぐらいはできるかなあ・・」
武志君がそう言って皆を見回したが、一応皆の財布は持ちこたえたようだ。
「西口の方にあるビルの27階にあるの」
篠原女史の後をついていく。エレベーターに乗り込む。
「混んでるかもねえ」何時もは強引な篠原女史だが、今は少し不安げに見える。
「うん、サラリーマンのお昼時だからなあ。その時はここにはいろんな店が入ってるから、他を探せばいいよ」武志君が篠原女史の心配を取り払う。
かなりの人数がその階で降りた。皆もやや諦めかけた。
「ほらここよ、沢山入っているかしら?」
「どれどれ」睦美が中を覗き込む。
「お客さんは多いけど、まだまだ大丈夫みたいよ。お店の人も今日は空いてる方だって言ってるわよ」
睦美の言葉に促されてみんな、どやどやと入って行く。
成程思っていたよりも中はゆとりがある。考えてみれば、普通のサラリーマンでお昼ご飯に3500円、張り込む人はそうはいないのだ。
「さあ、食べるぞう」もう健太は戦闘モード。
「敦も負けずに食べなきゃだめだぞ」武志君が遠慮がちな敦君を気遣う。
「わたし達も負けずに食べましょう」睦美の声に女性軍、小さく「オウー」と声を上げた。
美香と篠原女史とわたしは出ている料理を殆ど満遍なく少しずつ食べて行く。
どれもとても美味しい。しかしどんなに頑張ってみても間もなくお腹は満タンになってくる。
「こ、これ以上食べたら、折角の食べ放題のデザートが食べられなくなるわ、一先ずは料理は打ち切ってデザートの方にわたし行くとするわ」
わたしがそう言うと「わたしもそうするわ」と二人は同意した。
そのころ睦美は健太と仲良くもっぱら牛肉やトン様が料理された皿と自分の席を行ったり来たり。それに食欲旺盛だ。健太が居なくなったテニス部を背負って立とうと言うお方は胃腸からして違うものなんだ。
沢口君はもっと凄い、皿の上に山のように乗っけた肉をまるで水か何かを流し込むように食べる。うーんこりゃ彼を夫にした人はきっと大変だろうと考えざるを得ない。いや、その前にあの去年、わたし達を自動車で名栗川まで連れて行ってくれた、優しくてきれいな彼のお母さんは毎日とても大変な思いをしているに違いない。
「うん、何か、僕の顔に付いてる?」その食べっぷりにボーっと見とれていた私に気付いて沢口君が尋ねる。
「あ、御免なさい、良い食べっぷりだったもので・・感心してたの」
「本と本と、このお店、沢口さんの為にあるみたいだわ」篠原女史も少し驚いている。
「いやー、本とこの店、紹介してもらって感謝感謝だよ、なあ山下」
「ああ、安い上に抜群の旨さだよ、どんどん食ってあんたらの分も元を取り戻さなくちゃ」
「もう、とっくに元を取り返してるんじゃないの」睦美が笑いながら付け足した。
「少々お前ら、食い過ぎなんじゃない。女性陣は余りの食いっぷりにあきれ返ってるんだよ」武志君がその場を察して一言。
「うーん、そうか、そうだったか、百年の恋も冷め果てると言う事か。あ、大体誰も恋してはいないんだった」沢口君が呟く。
「わたし、島田さんが嫌になったんなら、例え沢口君が目の前で牛一頭食べちゃっても好きでいる、だから大丈夫よ、どんどん食べて」篠原女史が猛烈アタック。
「敦を見ろよ。人間こうなくちゃ、みんな公平に味わって、肉だ、やれデザートだって騒がず、順序良く少しずつ頂くなんて紳士の見本みたいなやつだ」武志君が敦君を指し示す。紳士の見本と言われた敦君、びっくりして目を白黒。
「ぼ、僕はあ、只食べてるだけです、何もしていませんよ。デザートは美味しそうだから後からきちんと戴きますし、お肉もちゃんと食べてます、演技するのにも体力いるんです、僕頑張って沢口先輩のようにはいかないですけど、もう少し筋肉付けたいです」
「そうそう、、沢口さんに負けず体力付けて、島田さんの書く劇を演じ、夜は島田さんをやな奴から塾の帰りに守らなくちゃならないんだから」と余計なことを又篠原女史が付け足した。
「ところで武志君は食べてるの?」それを無視して美香が尋ねる。
「ちゃんと食べてるよ。当たり前だろう、こんなご馳走我が家ではお目にかかれないんだからさ、沢口や健太には負けるけどさあ敦よりは食べてるよ、主に肉だけどさ、ハハハ」
粘りに粘って1時半過ぎ、お店から追い出されるまでみんな食べ続け、このまま牛になって料理の材料にになってしまうほど体が重くなった。
「うーん、食べ過ぎたあ。明日からダイエットしなくちゃ、ヒロインの役が出来なくなるう」と篠原女史。
「ほんと、バレー、3年でレギュラーなのに動き緩慢で叱られちゃうわね」と美香。
「わたしは平気、明日からの練習、バンバンやるわ、千鶴に何か負けられないわ」睦美が唇を噛み締める。
「そうだ、睦美は強いなあ、俺も負けずに頑張るぞ」と健太が叫ぶ。
「じゃあ、その二人よりも喰った俺は、その二人よりも頑張ってレギュラーを手にして島田さんに応援に来てもらおう」沢口君も叫ぶ。
「ああら、島田さんは百年の恋が冷めちゃったから、代わりにわたしが行くのよ」篠原女史が茶化す。
「ぼ、僕も食べ過ぎたみたいです。こ、これじゃ素早い動きが出来ません、やはりダイエットしなくてはヒーローの役がこなせない見たいです」これはこれはの敦君。
「いやー敦、お前はなもう少し太っている方が強く見えるし、芸幅も広がるんじゃないの。なあ真理」
武志君がわたしに振る。
「え、そうねえ、わたしは今のままの敦君が良いわ、そう思わなくて篠原さん」
ここはバトンを彼女に渡した方が利巧と言うもの。
「わたしに聞くの?わたしとしては島田さんの言う通りだと思うわ、強そうな敦君なんてイメージ湧かないもん、でも島田さんを夜の強姦から守る立場からすれば、こりゃもっともっと強くならなければと思うけどね、そうでしょう藤井先輩」
バトンは言い出しっぺの武志君に戻された。
「敦は真理を守るには今でも十分強いと俺は思っているんだ。敦は見かけはひょろっとしてるけど、あれで結構素早いし、ここ2年あの地獄の筋肉増強演劇部で鍛えられたから、腕力も付いているみたいだから、俺は安心してその座を敦に譲ったのさ。只人は見かけで判断するからさ、も少し太った方が強そうな役がやれるんじゃないのかなあって思ったんだよ」
駅の南の方を回って東口の方へ出る。東口の方がオフイス街の西口よりも見た目は倍、賑やかだ。
「ええっと、この先にでっかいプラモデルの専門店があるんだ」健太が教える。
「じゃあそっちの方に先に行って見よう」と目的を決めて歩き出す。
「あっ可愛いブローチが売ってる」美香が見つけて声を上げる。
「あ、本当だ。わたし達女性軍はここで少し物色してるから、あなた方は先にあのプラモデル店に行ってて頂だい、直ぐ追いつくわ」篠原女史が仕切る。
「うーん、ちょっと待てよ、おい敦、お前プラモデル興味ないだろう?お前、済まないがここに残って変な奴が声かけないか見張ってくれないか、何しろ新宿だ、少し女性だけにするのは心配だよ」
武志君の提案に快く敦君は引き受けた。
「済まないわねえ、敦君。あなたもプラモデルの方に早く行きたいでしょうに」
わたしは一人取り残された敦君を気遣った。
「大丈夫だよ真理ちゃん。安心して買い物して」敦君ニッコリ笑った。
そのお店はブローチだけでなく髪に飾るピンやリボン、ネックレスなど乙女心をくすぐるアイテムで一杯だった。
みんなバックに付けるアクセサリーや髪に付けるピンなどをそれぞれ数点ずつ購入しプラモデル店に移動した。
どうも男3人はこのプラモデルが一番の今日の目的みたいだった。ああでもないこうでもないと暫く討論しあってやっとそれぞれのプラモデルを購入した。三人とも満面の笑み。
「おう、敦、お前は良いのか?まあ、俺のプラの組み立て、手伝わせてやるけどさ」
武志君が兄貴ぶって敦君に声をかける。
「僕、それで良いです」大人しく敦君うなづく。
「敦、俺のも手伝って良いぞう、何なら半分、いやもっと手伝っても良いぞう」健太が言う。
「何よ、本当は谷口君に全部作らせる積もりでしょう」睦美が怒ったように言う。
「ハハ、ばれたか。でも敦、俺細かいとこ苦手なんだ、そこの所宜しくな」
「は、はい、その時は声かけてください、手伝います」
「何よ、何で谷口さんが手伝う訳。谷口さんはテニス部でもないし、何もしがらみないじゃん」
歯痒そうに篠原女史が呟く。
「しがらみはあるのよ、小さい時からの」とわたしが答える。
「ああ、所謂ガキ大将ね、ジャイアンみたいな」納得して彼女うなづく。
「俺はガキ大将でもないし、ジャイアンでもない、なあ武志」
「まあそうだな、よそ眼にはそう見えたかもしれないが,俺達は別にそう思っていなっかったんだ」
「わたしはうすうすそう思っていたわよ」わたしは断言した。
「ほうら、島田さんが言ってるんだから間違いない」
「で、でもよう、俺だって真理には優しくしてやりたかったけどよう、照れくさくてよう、他の奴みたいに素直になれなかったんだあ、だから今は反省して、ま、真理をあがめ祭ってるって訳だ」
「えーわたしをあがめ祭ってるですって、そんなの全然感じないわ」
「わたしは感じてるわ、ひしひしとね。前日聞いた時だって最初に聞いたのは『真理は行くんだろう?真理が行くのに行かないと言うのはないんじゃないか、俺明日、稽古行かないぞ』と言う言葉だったんだもん」
睦美の大暴露に健太頭をポリポリ。
「ま、幼馴染なんてえのはそんなもんだ。広い心で接してくれよ、高橋さん」と言う武志君のとりなしでその場は収まったようだ。
「さあ、気を取り直してここまで来たんだから新宿御苑に行かない?」美香が提案。
「賛成、わたし始めっからそこに行くのが目当てだったのよ」わたしも勿論大賛成。
他の人も本心は分からぬが賛成してくれた。
少々歩くが若いし(当たり前だが)食べ過ぎの腹ごなしもあって皆元気よく歩く。途中でコンビニで飲み物を購入し御苑の門をくぐる。
新宿御苑は桜の名所である。その種類も多くそのどれもが手入れが行き届き美しいばかりでなく、適材適所に配置されていて厳しく管理されていてる。大体早春から5月の初めの時期まで何かしらの桜の花が咲いているから、来てがっかり、なんてことはない。只この所気温の上昇が激しくて、わたしの知ってる桜は八重桜も含めてとんでもなく早く咲き,そしてあっという間に散ってしまった。だからここ新宿御苑も右に倣えとばかり、みんな散ってしまっているのではないか、とこの目で見るまではとても不安だった。
でも心配は不要だった。遅咲きだろうか、ピンクや白い大輪の八重桜が今を盛りに咲いている。
「わー、綺麗!」女性陣が声を上げる。
「やはりここは違うよな、他の所とは」武志君。
「あー違うよ、入園料取られるもんな」これは健太。皆、くすくす笑う。
「うん、だから他の所みたいに汚れてもいないし、散らかってもいない」沢口君。
「そうだねえ、とても綺麗にしているよ。だから花も素敵だねえ」敦君。
「ここはとても広いので、散策する所を決めておかなくちゃ」
「さっきもらった園内案内図でコースを決めましょう」
「あ、この池は外せないわ。凄く大きな木に桜が咲いてて、それが池に映っているの。人が一杯いたけど、そんなの全然気にならないくらい、とても素敵だったわ」
「そうそう、それからその池の所で一度だけカワセミを見た事があるわ」と篠原女史。
「ええっ、羨ましい。わたしも見たいわ、まだ見た事ないんですもの」とわたし。
「カワセミか、確か月見の隣の木野公園の池にもいるらしいよ」敦君が情報を提供。
「あのバラで有名な木野公園?」美香が尋ねる。
「そう、バラ庭園の奥の方に行くと小さな神社のある山があるけど、その山の裏側あたりに池があって、そこにいるらしいと、情報誌には書いてあったよ」
「美香ちゃん、今度バラの季節になったら行って見ようか、二人で」わたしが美香を誘う。
「あ、どうしてわたしもさっそてくれないの」篠原女史が文句を言う。
「えっ、だってあなたは見た事あるんでしょう?」
「カワセミは何回見ても良いものよ。それにあそこはバラも綺麗だし」
「そうね、御免なさい。じゃあ当然睦美ちゃんも来るでしょう。それに案内人として敦君も来て欲しいわ」
「お、俺も行きてえ」何と健太が来ると言う。
「睦美ちゃんが行くんだったら仕方がないかあ、健太君の参加をみとめよう」
みんなの笑い声に何故か力がない。
「今年はバラも早く咲いてしまうかも知れないぜ。しっかり情報に気を付けないといけないよ」と武志君が注意を促す。
「ほんとは俺も行きたいけど、そうそうさぼってばかりいられないからなあ」とは沢口君。
「だと思って俺は止めたんだよ、沢口」武志君が笑いながら沢口君を慰めた。
「うん、お前はやっぱり親友の中の親友だ、例え学校は違ってもな」二人は快活に笑いあった。
広い芝生の植えられた所を通って池のある方向に向かう。もう散ってしまったのもあるが、まだまだこれから咲き出しそうな木もあれば今まさに満開を迎えたものもある。途中にはお茶を楽しめる和風の建物もあるが、どちらかと言うと野暮天の集まり、それに高校に入ったばかりの者と中学生集まりだ、そんなわたし等にはすこうしばかり無縁のようだ。
池にたどり着く。
思った通りの風情のある風景だ。今日は良い天気だから、結構暑いので日陰に入ってさっき仕入れた飲み物を飲むことにした。
「今日はきっと夏日ね」美香が言う。
「ほんとにこの頃は夏日だったり2月の陽気だったり忙しいのよねえ」
「スポーツやってる時はそれほど気にはならないけど、終わって帰る時には、あー、今日は冬日だったんだと思うよ」沢口君。
「俺は冬日の方が練習はかどるから好いなあ、屋外だからかな」健太。
「まあ、気温は低めの方が屋内と言っても良いに決まってるけどさ、でもこう急勾配の陽気じゃ調子狂ってしまうよ」
「敦、お前さ、芝居するの、ずっと続ける積りなのか?」武志君が敦君に尋ねる。
「僕、ほんとに武志君に感謝してるんです、こんなにお芝居するのが楽しいなんて思ってもいなかったんです。僕みたいな意気地なしでも、関係なく勇者にもなれるし反対に卑怯者にもなれる。お芝居の中では何にでもなれるんだって、この2年間で知りました。鶴に為ったり、女性にもなったし。コミカルな役も悲しい役も、みんな楽しかった。僕、苦労はするだろうけれど、役者の道を進もうと考えています」
敦君がキッパリと宣言した。武志君は彼の横顔をじっと見つめる。
「敦、ほんとにお前大人になったよ、もしかしたら、俺よりずうっと大人なのかもしれないな、中三で目標を決め、それに向かって行く、しかも苦労は承知の上で進むなんて普通は出来はしないよ。甘ちょろい夢を追っているのは沢山いるけどさ」
「あ、もしかしたら僕だって甘ちょろい夢を追いかけているのかも知れません。いえ本当に、まだ何の苦労もしてもいないんです。その苦労がどんな物なのか、何にも分かっていないんですから。だから、今はお芝居をやるのが楽しくてたまらないと言うだけに留めておいて下さい」
その時鳥の羽ばたきのような音がした。
「あ、あれよあれがカワセミよ」篠原女史が叫んだ。池の周りにいた人たちも口々に「カワセミだ」と叫んだ。それは本の瞬間の出来事だった。もしかしたら春のお昼のまどろみだったのかも知れなかった。
「あんなすばしっこい動作を写真家は良く撮るわよねえ」美香が感心して言った。
「良い写真を撮るためには何時間も何時間もじっと待つ。勿論その時のためあらかじめ、構図を決めて撮る場所を決めたり、その他諸々の用意をして待つんだろうけど、まあ殆どが待つこと、忍耐そのものだと思うよ」沢口君が言う。
「何事も忍耐よね、それにはそれが好きで好きでなくちゃあね、敦君」私は敦君を見つめた。
「僕さあ、演技するのが楽しくて楽しくてしょうがないんだ。だからきっと頑張れると思うよ」
「良かった、こんな演技好きな部員が出来上がるなんて。わたし、地獄の筋肉増強演劇部に入って色んな事あったけど、何と言っても敦君の演技がドンドンうまくなって行くのを見ているのが楽しみだったわ。山岡先生もきっとそう思っているわよ」わたしは心から断言した。
「わたしはどうなのよ?」篠原さんがむくれる。
「え、あなた?」吃驚して彼女の顔を見つめる。
「あなたは始めから劇やりたい、演劇部に入ろうと強引にわたしを巻き添えにしたんじゃない、本当はわたしも彼も飛んでもないとばっちりを受けるとこだったんじゃないの」
「でもそれでもってあなたは台本が書けたし人気は出る、高校の有名校からは引っ張りだこじゃないの」
「彼女がこのまま芝居を続けるんだったらそりゃめでたいけどさあ、彼女は化学者を目指すんだよ。他の部員を演劇の有名校に入れるために、受験校で有名な高校の方をけってもさ」武志君が文句を言った。
「でもさあ、、ほんとに地獄でなくて良かったわよねえ、お互いに」わたしが笑った。
御苑を堪能した後、楽器屋さんによって、ピカピカのギターを見る。値段は安いものからとてもとても手の届かないものまで様々だ。しかも種類も各種あるらしい。
「そうだなあ、安くても今の俺には手が出ない、お年玉をためて又来よう」沢口君。
「全然だよ、古道具屋あたりを探した方が良いんじゃないか」健太らしい意見だ。
「俺、知り合いの伯父さんが古いので良ければくれるとか言ってたような・・」武志君がポツリ。
「あ、武志好いなあ、そんなオジキがいて。俺の知ってる奴はギターは年を取っても弾けるから、やらないよう、と断られたんだ。チクショウ!」健太ちょぴり悔しそう。
楽器店を出ると駅の方へ戻る。千疋屋でフルーツパフェを食べる予定だったがお昼に豪遊してしまった為、諦めて帰路に就いた。
新学期が始まった。今年もどうやら山岡先生始め知ってる先生は移動にならずに済んだようだ。新一年の何人が演劇部に来てくれるのか少し心配だ。山岡先生はそれに加え、わたしに変わる台本書きが来てくれないかと頭をひねっている。
「うん、この子どうかしら、小学校時代を調べたら、中々作文も旨いし、詩も心打つようなのを書いてるみたい。ねえ、島田さん、彼女を演劇部に引っ張れないかしら?」
「え、わたしがですか、強引さは篠原さんが適任と思います」
「じゃあ、二人して彼女を演劇部に入部するように説得してよ。去年の中には全くいなかったし、演劇部に入って伸びた子もいなかったから、今年は是が非でも台本書く子が欲しいのよ」
山岡先生の切羽詰まった気持ちは良く分かる。わたしだって自分に代わる人材が欲しい。折角ここまで育てたクラブが又昔のように詰まらない台本で部員を減らすのは御免こうむりたいし、安心してここを飛び立ちたい。
「はい、篠原さんと相談して何とか説得しに行ってきます」私はその堀越と言う新1年生の小さな写真を山岡先生から受け取ると、篠原女史の下へ向かった。
「え、何?新一年生をスカウトせよと山岡先生から指令があったって。でもそんなことしなくても、今年も入部希望者が結構いるわよ」
「でも、山岡先生によるとその子は作文も詩も中々のものなんですって。だからその子を私の跡継ぎにしたいんですって。わたしの跡継ぎをどうしても今年中に手に入れなくてはと必死なの」
「ふうん、そうか。でもどうしてわたしなの?ここはあなたが説得する方が良いんじゃない?」
「でもわたし、あなたみたいにこういう事粘り強くないから・・・」
「強引さがないと言いたいんでしょう。仕方ないわね。どれ、この写真の子がそうなの。うーん、中々頭の良さそうな顔してるわねえ。この子に私の粘り強さが通用するかしら」
「あなたが駄目だったら誰も彼女を説得出来ないわ」
「仕方がない、当たって砕けろって言うから参りましょうかねえ、さっそく」
「ここは善は急げじゃないの?」
「そうか、チャンスの神様前髪掴めって前言ったっけ」私と女史は顔を見合わせて笑った。
彼女のいるのは1年3組。うろちょろしている子を捕まえて堀越さんを読んで欲しいと頼む。
「堀越さーん、三年生があなたに用があるんですって。何か悪い事でもしたのお」でかい声で呼び出した。
「!」私はその声に反応した。
「あのう、あなた、演劇部に入りません?」思わず声が出た。
「え、勧誘するのは堀越さんで彼女じゃないわ」と篠原女史がわたしをつつく。
「え?わたしに演劇部には入れですって。うーん、わたし女優なんて柄じゃないけど、それでも入れと勧めてくれるなら入らないでもないけど」
「なあに、誰が悪い事したと文句言ってるの、三峰!」
本命が現れた。写真の印象通りごく普通の容貌をしているが、目だけは利発さを感じさせる子で、体格もスタイルもごくそこいらあたりにゴロゴロいる中一の女の子だ。
「多分わたし達の事だと思われますが、決して文句を言いに来たのではありません」
わたしはこの生きのいい二人の後輩に少しおたおたしている。
「あのさ、この三年生の、あ、三年で良いんだよねえ」と尋ねる三峰とか言う女の子に頷いた。
「この中三の人達が、何あろうこのわたしに演劇部に入って欲しいんですって」
「へー、物好きな人たちねえ、漫才か漫談のクラブなら分かるけど」堀越嬢が笑いながら答える。
「そうじゃないの!わたし達はあなたに演劇部に入って欲しいとお願いに来たの」篠原女史が堪り兼ねて二人に言葉を浴びせる。
「どちらにしても同じじゃん。彼女も女優には程遠い顔してる」三峰嬢がやりかえす。
「わたし達、別に顔でクラブに勧誘してるんじゃないの、容貌は殆ど関係ありません」わたしも参戦。
「返って普通か、普通以下の方がやり易いって事が多いわ」篠原女史が何時もの余計な一言。
「じゃあわたし達普通以下の容貌で演劇部に勧誘って事なの?」堀越嬢が少しむくれているようだ。
「違うの、わたし達、あなたの顔なんてどうでも良いの、文才が欲しいの、文才が。このわたしの隣にいる人島田って言うんだけど、彼女、私と同じくらい顔も良いけど我が演劇部の脚本家でもあるの。その彼女が来年卒業してしまうのね。だからどうしても来年までに次の脚本家を育成しなければならないの」
「ああ、あなたが有名な演劇部の台本書く人なの。わたしこの間の、えーと、何だっけ」
「わが命の幸福の書だったんじゃなかったっけ。あの時、中学校見学で6年生有志で見に行ったんだ。あれ凄く面白かった。そうだ思い出した、あなたはあの時、美蝶をやってた人であなたは・・あのいやらしい女性をやってた人ね」
「あれは役柄、いやらしくしなければならなかったの」篠原女史むっとして言い返す。
「山岡先生、彼女が演劇部の顧問の先生なの、国語の先生でもあるけど、その山岡先生があなたは文の才能があるから、是非わたしの片腕になって、これからの演劇部を引っ張って行って欲しい、どうしても入部してもらいなさいと言われたの」
ややこっしい話になりそうだったので、わたしは一気にまくし立てた。
「それ、わたしの事言ってるの?」堀越嬢が尋ねる。
「そう、山岡先生がご執心なの」
「でわたしは?」三峰嬢が尋ねる。
「え、あなた。あなたはわたしが個人的に、その声とアドリブ性に惹かれたの。あなた、きっといい役者になれると思うわ」
「成程。堀越は山岡と言う先生がご執心で、わたしはあなたの心を捕らえたと言う所なのね」
「そうそう、そうなのよ。分かってもらえたかな」篠原女史。
「でさあ、あなたは、いやあ失礼、先輩、あなたはどうしてここにいるのですか?」
「え、わたし?わたしは副部長としてその選択が正しいのか判断するためにいるのよ。正しいと分かれば、そのいやらしさと強引さで、二人を引っ張りこむ役を仰せつかっているのよ」女史、胸を張る。
「まあ一度クラブに足を運んでみて、雰囲気が気に入るようだったら入って頂だいな、本とは是が非でもと言われたんだけど、わたしにはその強引さが全く無いから、無理にとは勧めたくないの。わたし自身はある人の強引さと、山岡じょ、いや先生と母の結託で演劇部に入ったんだけど、勿論今では演劇部を愛してるし、わたしの所為で連れとして入らざるを得なかった人が今ではクラブの中で1,2を争う芸を演じるようになってるけど・・・」ここで言葉が切れた。次に何を話せば彼女たちに来てもらえるのか考える。
「あっ分かったあ、その強引な人って、あなた、失礼先輩の事でしょう。わたし、行って見るわ、こっちの先輩遠慮深くて捨て置かれないもん、ねえ堀越、行って見ようよ、面白そうじゃん」三峰嬢ノリノリ。
「本命はあんたじゃないんだけど・・」篠原女史ブツブツ。
「三峰は良いわよ、大体あんたは人前で一発芸するのが好きな方だし・・わたしは台本書かなくちゃいけないのよ。自身全くないなあ」
「大丈夫よ、わたしも教えるし、山岡先生もいざとなったらいるわ。それにこの一発芸の友人もいる、今までとは違った味の台本が出来ると思うわ」
「三峰もいるかあ・・一発芸の三峰ねえ」
「兎も角今日の放課後、待ってるわ。他の新入部員も顔を出すらしいから、気軽な気持ちで来て欲しいの、お願い」
その放課後、3年、2年の古株と今年から頑張るぞと言う新入部員と、あの有名な演劇部はどんなものかはと、興味本位が主体の中学生で我がクラブはにぎわっている。
「結構集まったねえ真理ちゃん、僕、部長を引き受けなくて良かったよ。こんな人数の前で挨拶するのってとても嫌だよ」副部長である敦君が横で囁く。
「何を言ってるのよ、舞台の上ではもっと大勢の人の前で演じて来たじゃないの、たかがこれきしの人数の前、しかも同志になる人達よ。ウーンでも半分以上が興味本位の人達だわ、これだけの人達が全員入部するとなれば、今までのようにはみんなが皆、重要な役は中々回って来ないわ。本当にかけっこで決める事も考えなきゃあいけないわ」
「ほらあの二人も来てるわ」篠原女史が嬉しそうに呟く。
「あの二人って?」敦君が尋ねる。
「次の島田さん候補にと山岡先生がご執心なの、堀越さんって言うんだけどさ。そしてもう一人は島田さんがご執心のその友達の三峰さんていう子、一発芸が売りだって」篠原女史が説明する。
山岡先生のご登場だ。この人数を見て少しにんまり、昔の閑古鳥のクラブよいざさらばだ。
「えー、皆さん今日は、わたしがこのクラブの顧問と指導をやっている山岡です。国語も受け持っていますが、だからと言ってその間には何の関係もありませんので断って置きます。昔は、本の2年前までは部員が集まらず、正直苦労しました。と言うのもこのクラブにおかしなうわさが流れたからです。それはここが地獄の体力増強演劇部であると誠しやかな噂でした。多分、このクラブ員が運動部を差し置いて運動場をぐるぐる走ったり、体育館で腕立て伏せや腹筋の運動をやっているのが、気に食わない運動部員が立てたものだと思われます。お陰で部員が集まらず本当に苦労しました。これは廃部へまっしぐらかなと内心覚悟を決めたものです。でも天は私を見捨てませんでした。何とか確保した3人の新入部員、この3人があって今の演劇部があります。勿論今でも部員たちは日課として運動場を走ったり、腕立て伏せや腹筋は自分の為にやっています。体力や素早さは演劇をやる者にとって基礎の基礎です。それに勿論、発声練習や早口言葉の練習も欠かせません。それはこれからの人生に置いて、例え演劇と無関係であるとしても、きっとあなた方の役に立ってくれる事をわたしは信じています。このわたしの横に立つ部長と男女の副部長は、その救世主の2年前入って来た子達です。一人はそのお調子者の性格故に劇がしたいと知り合ったばかりの友人を強引に誘って入部し、誘われた方は何とか逃れたいと画策したものの、全て失敗。おまけに台本迄引き受ける事になり、今では部長になって、このクラブを取り仕切るようになりました。で、この男子の副部長はどうして入って来たのかな?良く分からないけど部長を慕って入って来たのかな?まあいいや、初めは良く声も出せないひ弱な子だったけど今や堂々とした名優中の名優と言ってもおかしくない、立派な人物になったと言う訳。人は分からないものです、その運命の悪戯一つで思ってもいない所に転がって行くものですね。ちょっと長ーくなったけど、わたしは劇をやりたい、台本を書いてみたいと言う若者よ、是非このクラブに入って、また別の方向から光を当てて輝かせて頂だい。ま、自分達のクラブなんだから先輩たちの言う事をよく聞いた上で、これは良いと思った事はアイデアを出し合って良く話し合い、出来る限り自分たちでやる。と言っても先生も時々は手伝うわよ、何しろ顧問なんですものネ、ハハハ」
少しばかりハイ気味の山岡先生の演説が終わり、いよいよわたしの番だ。
「えー、わたしがこのクラブの部長をやらされている島田真理です。何故か台本も書かされ細々とした事も行きがかり上やらなければならない身です。オホン、で、よって今年からは役割分担も決めてやりたいと計画しています、どうぞご協力お願いします。それに今年はわたしに代わる新シナリオライターを誕生させなくてはなりません。これはこれからのこの演劇部の発展と存続にかかわる問題です。そこで、ここは是非、山岡先生とわたしが選んだ堀越さんと三峰さんに入部して頂いて、わたし以上に面白い台本を書いて欲しいのです。ここに居ます部員全員を助けると思ってお願いいたします」
一時旧部員の間から驚きの声も上がったが、わたしの必死の思いが通じたか、部員たちの間から拍手が沸き起こった。
「お願いします是非入部してください、ぼ、僕も初めはいやいやながら入部したけれど、今では入部して良かったと思っているんです。とても楽しいです、本当に、保証します。だから是非お願いします、ま、違う、島田さんの為にもぼ。僕の為にも」
何とあの恥ずかしがり屋で無口の敦君が頭を下げた。
「あなた達さ、あれから考えてみたら結構面白いコンビじゃない?ここはさあ、キッパリ引き受けるべきだと私は思うんだ、あなた達ならきっと面白い台本書けると思うよ」篠原副部長は何時もの通り強引だが、ここは的を射ってる。
二人は続く拍手と「お願いします」の声に負けた。わたしの時とは大違い。
しかし山岡先生は大喜びだ。これで3年男子3人女子5人2年男子4人女子4人1年男子4人女子5人、計25人の大所帯になった。
「島田さんの目に狂いはないわ、少し話してみたら三峰って云う子、人が思いつかない事をポンポン話すのよねえ。どんな演劇部にになって行くのか楽しみだわ」山岡先生にも三峰嬢の良さが分かったみたいだ。
「で、この大所帯で今年の初めの劇は一体どんな劇をやるんですか?」
浮かれ気味の先生の頭を冷やさなくちゃ前に進まない。
「うーん、1学期は子供向けの話を取り上げる事にしてんのよね」
「と言うか、先生が面倒臭いから、やれイソップだ、桃太郎とピノキオを合体させてみろと無理難題をポンと押し付けると、自分の案はこれっぽっちも出さないで、みんなこっちに丸投げなんだもの」
「まあまあ、それはあなたを信用してるからでしょう。そこでさあ、今思いついたんだけど、今年は日本昔話みたいのをやってみない?人数も多いことだし」
「日本昔話ですって、もう幅が広くてどうまとめればいいのやら・・・」
「まあ台本はあなたに任せて、わたしは部員を鍛える方に力を入れようっと」そう言うと先生鼻歌混じりで椅子から立ち上がり行ってしまった。
わたしの頭の中ではテレビでおなじみの日本昔話のテーマ曲が静かに静かに流れて行く。頭をゆすってそれを振り払う。
「何が日本昔話よ、ウームどうしてくれようか?・・・そうだ!ここは見習いさんが入った事を記念して、珍日本昔話とするかな、あの二人のイメージ、とっても愉快だもん、それを是非、頂かせてもらおうじゃないか」
今度は頭の中にあの2人が現れて、マイクの前で漫才らしきものをおっぱじめた。
「ふむふむ、何だか書けそうな気がしてきた」
今度はわたしが鼻歌混じりでみんなの所に行こうじゃないか。待ってろみんな、面白いものが書けそうだぜ。
と言うもののイメージだけでは事は簡単には進まない。まずは取り上げるものを決めなくちゃいけないし、それをどう繋ぐかだ。大まかな筋が決まったら部員の数を考えて役を考える。わたしのスカウトしたお二人さんにも手順を教えなくちゃいけないのだ。
「あのう、話の筋も自分たちで考えなくてはいけないのですか?」堀越嬢
「そうよねえ、山岡先生は大雑把なの,殆どが自分で考えなきゃならないわ。でもそれだからこそ自由に発想を膨らませることも出来るし、切り捨てることも出来る」
「だから中々先輩の跡継ぎが居なかったんだ」
「去年も決まりそうで決まらなかったし、本当にあなた達が頼みの綱なんだから、しっかり考えて、もし面白いアイデアがあったら遠慮しないでドンドン言ってちょうだい。分かった」
3人で話し合った結果、取り上げる話は「猿蟹合戦」「舌切り雀」「瘤取り爺さん」「カチカチ山」「ぶんぶく茶釜」「鶴の恩返し」「傘地蔵」などを取り上げる事にした。
先ずは見本としてわたしが初めの方を描く書く事にする。
珍説日本昔話
背景・後ろには山と木々。カニが2匹で遊んでいる。
ナレーター
時は昔、これはなんとまあ、まだ人と動物たちが会話出来るほど遠い遠い昔の頃の嘘のような話じゃぞ。ここは山奥だがかと言って人家がない訳でもないし、そのほか色んなものの住処もある。まあそんな時と所のそこらへんに転がっているような話だ.何といっても珍日本昔話だからな、それでもおとなしく聞いてくれるかな?
カニ太郎
なあ、カニエちゃん、鬼ごっこも面白いけどお腹も空かないかい?僕、腹ペコだよ
カニエ
ええわたしもよ、何か食べ物を探しに行って腹ごしらえをしましょうか?何か美味しいもの見つかるといいけどねえ
右手より顎にコブのあるおじいさんが現れ、カニたちに近づく
コブじいさん
やあ、カニ君達こんにちは、君たちはここいらに詳しいかい?
カニ達
うん、まあ詳しいよ。何を探してるの?
コブじいさん
そうか、そりゃ助かった、さっきおサル君達にあってこっちの方にあるよと教えてくれたけど、詳しくは教えてくれなかったものだから
カニ達
だから何を探してるの?
コブじいさん
あ、ごめんごめん。実はわたしはね家でペットのスズメを飼っていたんだが、あんまり可愛がり過ぎてばっさまが焼きもち焼いてヘヘヘ、その雀をいじめて逃がしてしまったんじゃ。それからと言うもの、畑仕事の合間にこうしてどこかにあると言うスズメのお宿を探していると言う訳じゃ。つまり私はスズメのお宿を探していると言う訳じゃ
カニ太郎
で、サル君達は何と教えたの?
コブじいさん
この先の木の茂った所にあると聞いたと教えてくれたけど、ここいらはどこも木が茂って、それがどこやらさっぱり分からないんだよ
カニエ
確かにここいらは木の茂った所ばかりだわ、それにスズメどころか鬼のお宿もあるわ
カニ太郎
そうだよ、特にこの先の茂みに鬼達が出入りするのを何回も見たよ
コブじいさん
そうかい、でももしかしたらそんな鬼達にペットとして飼われているかも知れない。様子だけでも伺ってみよう。ありがとうね、これお礼にお結びを一つずつあげよう
カニエ
うわあ嬉しい、ありがとう。でも本当に気を付けるのよ
コブじいさん左手に去っていく。カニ達は嬉しそうにお結びを食べ始める、右手よりサルが2匹現れる
サル吉
さっきは人の良い爺さんに鬼の住処をスズメのお宿と教えてお結びもらったけど、あれだけじゃあ俺達サルには少し足りねえな、サルミ
サルミ
本とよ、もう一つくらいは欲しい所だわ。あ、あのカニ達もお結びもらったのね、だまして取り上げましょうよ
近づくサルに少し身構えるカニ
サル達
やーカニ君こんにちは、好い天気だね
カニ達
ここんにちはサルさん、お、お散歩ですか?
サル吉
そんなもんだな、でさあ、君達おいしそうなお結びを持ってるんだねえ
カニエ
さっきスズメを探しているおじいさんからもらったの
サルミ
ああ、あのおじいさんね、スズメのお宿を探しているとか言ってた
カニ太郎
まさか君達が鬼の住処をおしえたんじゃないの?
サル吉
まあね、だってさ鬼もスズメも同じようなものじゃん
サルミ
そうそう、鬼のお宿とスズメのお宿、どっちもお宿に変わりはないし、あの人必死で探してたもんだから可哀想と思って教えてあげたのよ、鬼のお宿をね。お爺さん喜んでいたわ
カニエ
酷ーい。おじいさん、鬼に食べられちゃうかも知れないのよ
サル吉
あのじいさん、痩せててさ、とても不味そうだったよ、鬼だって旨いもん食べたいに決まってる。だから脅かされるかも知れないけど食べはしないよ
サルミ
それよか、ねえあんた達、ここに柿の種があるのよ。この柿の種とそのお結びを変えっこしない?
カニ達
いやだ!
サル吉
何でだよう。この種を蒔くと芽が出てドンドン大きくなって、立派な木になり秋になると赤くて甘い実がいっぱいなるんだよ
カニ太郎
でもさあ、桃栗三年柿八年て言うだろう。僕達八年も待っていられないよう
サルミ
そ、それはそうね、桃栗3年か・・桃は季節外れだし栗はさっき痛い思いをして手に入れたもんだし
サル吉
で、でもさあ、今はあのお結び食べたいよう。栗1個ぐらいなら損はしないよ。柿の種もおまけに付けちゃえば、あいつら喜ぶだろう
サルミ
仕方がないわね、じゃあ、さっき採ったばかりの栗一個とおまけにこの柿の種も上げるから、お結び頂だい
カニエ
じゃあお結びのコメ2粒と交換しよう
サル吉
それじゃあんまりだよ、栗は米粒より大きいし、三年後には実がいっぱいなるよ
カニ太郎
でも三年待たなきゃならないよ。それに僕達栗ってあまりよく知らないんだ
サルミ
仕方がなわねえ、ほらこれが栗よ、さっき拾い集めて来たばかりなの。これで全部だけど、半分あげる。あなた達ならこの固い皮もハサミでなんなく切れるでしょう
カニエ
うーん、仕方がないわねえ、じゃあこのお結び一個と交換してあげる。わたし達もお結び半分ずつ、あなた達も仲良く半分ずつね
サル達
わあ、カニさん達、ありがとう、ここに座って、仲良くみんなで食べよう
カニ達
そうしようそうしよう
皆座って食べ始める
暗転
「まあ、こんな具合に第一幕目をまとめてみたの。次におじいさんと鬼さんたちの話にするか、タヌキやウサギたちの話を挿入するかだけど後の傘地蔵の所でもう一回このおじいさんには登場してもらう都合上一気に鬼とおじいさんの話に持って行きたいの。どう思う、お二人さん」
わたしは二人に場面の説明やカニやサルの心情、結末が大楕円で結ばれている気持ちを説明した。
「つまり敵討ちや仕返しは先輩としては好まないと言う事ですね」
「でもカニ達にとってサルから栗を取り上げる事は一部おじいさんの仇を取ってることにはなるのよ」
「そうですよねえ、栗のイガはきっと痛いに違いないですから」
3人の話はこうやって合間を縫って毎日繰り広げられた。
第2幕
背景 木が何本かあるが、右手に一際大きな木が有る。時は夕方、月が出かかってる。真ん中に大きな臼があって鬼達がモチをついている
大きな木の陰にコブじいさんが隠れて様子を伺っている
鬼達
ホーイノサッサ、ホーイノサッサ、今日は嬉しい俺達鬼の 月見の餅つきだ
月はまん丸、お餅もまん丸、俺達もみーんなまん丸だい
ホーレ、ホレ、めでたいな、めでたいな(2回繰り返す)
鬼1
さーさ、餅の準備も出来たしお酒もある、みんな陽気に踊ろじゃないか
鬼2
可愛いスズメのスズ子も仲間に加わったし、月は綺麗
鬼3
言う事なしだよ、ここは本とはスズメも宿るスズメの御宿だい
鬼4
さあ餅を配るよ、よく噛んでのどに詰まらせないようにな
鬼5
スズ子もこっちにおいで、そんなに泣いてばかりいないで
鬼6
幾ら前のじいさんが恋しくてもあのばあさんが焼きもち焼いてるんだから、ここは諦めるんだな
左手よりスズ子登場
スズ
はい、わたし、もう悲しく何かないんです。鬼さんたちがあんまり優しいのでうれしくって泣いていたんです。ありがとう鬼さん達、どうぞこれからも仲良くして下さい
鬼達
じゃあそこの清水の冷たい水で乾杯してから、今夜は踊りあかそう。カンパーイ
鬼もスズ子も一緒にさっきの歌を歌いながら踊りだす
コブじいさんもつられて鬼達の仲間に入って歌い、踊りだす
2,3回踊った時、鬼達が気付く
鬼1
ま、待てよ、いくらスズ子が入ったからと言っても少うし人数が多くはないか?
鬼2
うん、少うし多いな、どうしてなんだ
鬼3
多い、多い。一人角が頭から生えていない奴がいる
鬼4
頭からではなく顔の横からでっかくてまあるい角が生えてる
鬼5
顔の色も赤くも青くもない、まるでここいらの人間の色をしているな
鬼6
お伺いしますが、一体あんたはどこに住んでいらしゃる鬼さんなのかな
コブじいさん
はい済みません、あんまり皆さんが楽しそうに歌い踊っていましたのでこの手足が勝手に動き出しまして鬼達
で、どこの鬼さんなんですか?
コブじいさん
わたしはこの近くの日向村に住む者で、そこにいるスズ子を探してこの山奥にやってきました彦兵衛と言う者です
鬼達
スズ子を探してだって
スズ子
はい、この人がわたしの前の飼い主の彦兵衛爺様です。こんな山奥までわたしを探しに来て下さるなんてスズ子はとても嬉しいです
コブじいさん
いやー、ばっさまの焼きもちが酷くてスズ子には悲しい思いをさせたねえ、御免よ。でも良かったこんな優しくて明るく楽しい鬼さん達に助けられて。ありがとうございました、と言ってもここにはお結びしかありませんが、どうぞみんなで召し上がって下さい
鬼達
おー、お結びか。どれどれ一つ食べてみよう
鬼達は一個ずつ取り口にする
こ、これは旨い。これはばあ様が作ったの?
コブじいさん
へーばっ様はお結びだけは作るの旨いんです
鬼1
餅も良いけど、このお結びの丁度好い塩加減にふんわりした握り加減
鬼2
俺達が握れば力が入り過ぎて岩みたいになってしまう
鬼3
そうそう、塩もつけすぎてしまうしなあ
鬼4
うん、あれはお結びでなくて岩塩だなあ
鬼5
ハハハ、お前好い事言うな
鬼6
お礼に何かしなくてはなあ、何が良い?
コブじいさん
お、お礼ですか?とんでもないスズ子を助けていただけで十分です。もしよかったらそのお餅を少しばっ様に土産にもらえたら、ばっ様も喜ぶ事でしょう
鬼達
そうかそうか餅で良いのか。ガッテンショウチ!じゃあまた歌って踊ろう
みんなで又歌い踊りだす
暗転
「ここでどうしてコブを取ってもらわないんですか」と二人がわたしに問う。
「そう、そこが味噌なのよ。わたしのばっちゃんはね薬剤師なの。それでこういったコブはどうして出来るのか聞いてみたの」
「え、コブ取り爺さんのコブって出来るのに訳があるんですか」
「勿論よ。ばっちゃんが言うにはこういったコブはストレスが溜まりに溜まって、脂質代謝が悪くなって出来るんですって」
「ししつたいしゃって何ですか」
「まあ簡単に言うと体の中にある脂肪がエネルギーみたいなものに変わって体の外に排出されることよ。その体から上手に出て行かないと、結構色んな所にポコリと普通は小さなふくらみが出来るらしいわ。でよほど遠慮深い人が、長年にわたってストレスを受け続けるとこんなはっきりとしたコブも出来るとか」
「へー、でこのおじいさんはどんなストレスを受けてたのかしら」
「このおじいさんはばっ様とおばあさんを呼んだり、気晴らしに可愛がっていたスズメを虐められた上、逃がされてしまうと言う事になってるけど、本来のお結びころりんでは、そうね、二人のお爺さんたちがいるんだけど、互いに内心仲が悪くて面白くない・一人は虐められてコブが出来、もう一人は短気で隣のおじいさんが虐められても結構明るく振舞ってるのが面白くない。一人は鬼達と踊ったり歌ったりしてストレス発散。で、コブは消えた行った。めでたしめでたしという状況。もう一人はそれを聞いて増々面白くない上に同じように鬼の所に行ったけれど、中々鬼達がコブを取ってくれない。そこでストレスが増えて返ってコブが増えたと言う話なの」
「フーム、昔話にはそんな医学的な事も含まれているんだ」感心する二人
第3幕
背景 1幕目と同じ、後ろに地蔵が7体並んでいる。その前でタヌキ、ツル、ウサギ、キツネ、リス達が集まって話をしている
ウサギ
この頃さあタヌちゃん、綱渡りなんかして評判らしいじゃない
キツネ
あ俺も聞いたぞ、畑を荒らしていた時爺さんに捕まって、もう少しでタヌキ汁になる所をばあさんに助けてもらって、今はその爺さんばあさんの為に働いてるそうじゃないか
タヌキ
ああ、初めはさあ、ばあちゃんを騙して逃げようと思っていたんだけど、その時間が悪くてじいちゃんが帰って来たんだ
リス
じゃあ又捕まったんだ
タヌキ
いや、慌てて茶釜に化けたんだよ。所がじいちゃんがお茶が飲みたいと言い出して、ばあちゃんがそこにあったおいらが化けた茶釜を囲炉裏に架けたんだ
ツル
そりゃ大変だわ、大やけどしたでしょう
タヌキ
俺も驚いたけどじっちゃんばっちゃんも驚いたよ
ウサギ
それで逃げ出せたのか?
キツネ
火傷してるからそんなに上手く行かないよ
タヌキ
そ、そうなんだ。うんうん唸っているたら、ばっちゃんが可哀想にと介抱して、治るまで寝かせてくれたうえに、ご飯迄食べさせてくれたんだ
ツル
優しいばっちゃんだねえ。もう逃げ出せないし、これは恩返ししなくてはいけない
タヌキ
そこで火傷も治ってどんな恩返しをしようかと考えたんだ。おいらは昔から細い木やつたを上手に渡るのが上手かったんだ。
リス
それで綱渡りを考えたんだね
タヌキ
毎日綱渡りの練習をして、上手く出来るようになったら、ただの綱渡りじゃ面白くないと、さっきの茶釜に顔と手足、しっぽの出た姿で演じたんだ
ツル
初めはそのおじいさんとおばあさんにだけ見せてたんでしょう?
タヌキ
でもすぐ評判になって、毎日見物人が押し掛けるようになって、じいちゃん家は大金持ちさ
ウサギ
ところでツルちゃん。あなたの姉さんも罠にかかった所を人間に助けられたって聞いたけど
キツネ
そうだよ、何か羽を抜いて反物追ってお礼をしたって
リス
それって難しそうだし、反物を織るって大変だったでしょう
ツル
話が大袈裟になり過ぎてるわね。でもおじいさんに確かに助けてもらって、おばあさんにケガした足も手当てしてもらったから、何かお礼をしたいと思った事は本当よ
みんな
ふんふん、それでどうした
ツル
そこで丁度冬だったもんだから、水鳥さん達にその話をして、応援と助けを得て、綿毛を少しずつ分けてもらって、じいちゃんばあちゃんの上着の裏に綿毛を取り付けたの、何しろトリだからね、羽毛羽織の出来上がり。じっちゃんもばっちゃんもこりゃ暖かいと喜んだよ
ウサギ
そりゃあったかいだろうな、即席ダウンコートだもん
ツル
でね、それが評判になったんだけど、数が多くなり過ぎて、水鳥達はたまったもんじゃないと怒りだしてね、姉ちゃんはノイローゼ。じいちゃんばあちゃん、それ聞いて慌てて、実は助けたツルがわたし達の為に夜こっそり作っていたんですが、わたし達が約束を破って、その織ってる所を見てしまったもので、今朝飛び去ってしまったんです、と言う話に仕上げてみんなに納得してもらったのよ
キツネ
なるほどね、姉さんもそれで一応安心しただろう
リス
恩返しをするにしても色々あるわけだね。それに自分に出来る事で精一杯やるしかない
みんな
自分のできる範囲で恩返し、それが大事だ
「ここで気が付いたのよ部員の人数。今25人いるの。それでナレーターとスズメを同じ人にやってもらい後カサ地蔵のおじいさんの役がいる。勘定してみて今残っている役なしの人が7人なの。このお地蔵さん、本当は始めの場面から、ずらりと並んでほしかったんだけど、何人になるか分からなかったから書かなかったの。だから今から書き直して、地蔵さんはちょっと少ないけど鎮座してもらう事にするわ」
「約半分の人数ですものね」
「でも少なくてもお地蔵さんが並んでいる方が、絶対面白いと思う」
「そうね、お地蔵さんて並んでいるだけでほっこりするから、ここは並んでもらいましょうか」
第4幕
背景、山の上にも木の上にも雪が積もっている。ちらほら雪も降ってる
ナレーター
ここにも冬が来ましたよ、当たり前だ、これは日本の話なんじゃぞ。それに冬が来ればお正月ももう直ぐじゃ。雪が降ってお地蔵さんも寒そうですな、見るからに。え?暑そうじゃと、そんなことはない、今は正真正銘の冬なんだから、寒いのが当たり前じゃ、皆の衆、解ったかな
右手より傘を入れた籠を背負ったおじいさんがやって来る
カサじいさん
やれやれもうすぐお正月だからばあさんにせめてモチの一つでも食べさせたいと思って、こうして夜なべをして傘を作り、売りに行ったのは良いが、すっかり売れ残ってしまった。フーム、これじゃあモチ代にもならないなあ。きっとばあさん、楽しみに待っている事じゃろうに、どうしたもんじゃろうて
爺さん地蔵の真中あたりまでくる
カサじいさん
おお、これは地蔵様、何だか大雪になりそうですよ。うーんちょっと雪が積もってさむそうですねえ、どうしたら・・・あ、そうだこの売れ残った傘をかぶせてあげましょう。売れ残りですがどれも私が心を込めて作ったものですから嫌がらないでください
おじいさん、地蔵の雪を払いながらかぶせていく。
カサじいさん
うん、お地蔵様、よく傘がお似合いですよ
左手よりコブが無くなったコブじいさんが大きな荷物を背負って歩いて来る
コブじいさん
すっかり今日も鬼さん達とスズ子と楽しくお喋りして歌って踊って、すっかり遅くなってしまった。でもあれから月に2回ほどスズ子に会うために来てるけど,何時も本当に楽しませてもらって、お陰でコブもドンドン小さくなって消えてしまった
コブじいさん、カサじいさんに気付く
コブじいさん
お、これはこれは、良い事なさっていますなあ。
カサじいさん
おお、今日は。こう雪が激しくなって来ては、地蔵様も大変でお困りじゃろうと、売れ残りの傘をかぶせているんです。所が、このお地蔵様にこの傘がぴったりでして、この地蔵様にこさえたみたいですよ、ハハハ
コブじいさん
そうですか、じゃあ、わたしにも一つ手伝わせて下さい
カサじいさん
それはかたじけないですな
コブじいさんは肩から荷物を下ろし、二人は地蔵に傘をかぶせて行く
カサじいさん
お陰で早く終わりました。でもあなた、これから里の方に帰られるんでしょう
コブじいさん
そうなんです。もっと早く帰ればよかったんですが、ついつい長居をしてしまって。少し困っております
カサじいさん
もし良かったら、わが家で一泊なさったらどうでしょうか?麦ごはんと傘を売ってやっと手に入れためざし、二人で漬けた沢庵しかありませんが、遭難なさるよりは増しかと思いますが
コブじいさん
そ、それはありがたい、めざしは立派な尾頭付きですよ、ご馳走になります。実はこの先に鬼さんの宿がありまして、ペットのスズ子がお世話になっているのですが、ばあ様のおにぎりが好評でしてそのお礼にと何時も餅をもらって帰るんです
カサじいさん
お、それは羨ましい
コブじいさん
それが今日は、もう直ぐお正月だからと何時もの倍ほどもらいまして、重くて重くて,年には勝てないと思いました
カサじいさん
ああその荷物ですね、わたしが半分持ちましょう
カサじいさんはコブじいさんの荷物から紙に来るんだ餅を半分ほど、自分のに移す
コブじいさん
そうだ、どうです、その半分を宿代にもらっていただく訳には行かないでしょうか
カサじいさん
えー、良いんですか?本当にもらえるなら、そりゃばあさんがどんなに喜ぶ事か
こぶじいさん
話はまとまりましたな。ではあなたのお家に参りましょう参りましょう
カサじいさん
参りましょう、まいりましょう,ばあさんも首を長くして待っている事でしょうからな
二人左手に去る。舞台少し暗くなる
ナレーター
雪は降り続け、ここも夜になってしまったのじゃが、地蔵たちはこれからどうする積りなんじゃろうかと
少うしばっかり気になる所じゃなあ、そうだろう皆の衆
地蔵1
あー、今日もいろんな話が聞けたなあ
地蔵2
でも、みんなの人への恩返し、中々殊勝なことだよ
地蔵3
考えてみたら、あの傘をかぶせてくれたじいさんもばあさんも、何時も花を飾ってくれたり、木の実を備えてくれたり
地蔵4
ほんとに良くしてくれるよねえ、感謝感謝
地蔵5
なんか俺達もお礼をしなくちゃいけないと思わないかい
地蔵6
でも俺達のできる事はあの二人が災いに合わないように祈るしかない
地蔵7
そうだそうだ、それしかできない
地蔵1
でも今日は俺達に代わってあのおじいさんがモチを持って来ておすそ分けしてくれた
地蔵2
これでばっちゃんも大喜びだ。そしてあの元コブのあったじいちゃんも良い人だ
地蔵3
時々お結びくれる、白くてふんわり結んであるお結びだよ
地蔵4
鬼さんたちに言わせれば、丁度いい塩加減のお結びらしい。それを森の仲間が食べて行く
地蔵5
それはそれでいいんじゃないか、俺達は食べたくても食べれないんだから
地蔵6
うん、それで良いんだ。じゃあ今日もこっそりみんなの幸せ祈って踊ろうか
地蔵7
踊ろう、踊ろう、一生懸命に歌って踊ろう、俺たちに出来る唯一つの事だもの
地蔵さん達の歌
雪は降ります ずんずんずん 雪は降ります ずんずんずん
来年こそはみんなに幸せ来るように幸せ来るように
わたしら地蔵が 祈って 歌って 踊ります
はー今夜も只管踊ります
2回ほど繰り返す間に幕が閉まる
「と言う風に書いては見たんだけど、ねえお二人さんどう思う」
「わたし達にはまあ良く書けてるとしか言えないわ」
「そうお。でもこの2幕目なんだけど、鬼さん達男しかいないのよねえ、奥さんもいるだろうし、子供もいると思わない?」
「そう言われればそうね。じゃ奥さんとと子供を入れたらどうですか」
「うーんそうしたい所だけど、今の部員じゃ少し無理があるのよ」
「2役で出たら良いじゃないですか、二役やりたい人は沢山いると思います」
「それはそうなんだけど、お地蔵さんにしても動物達にしても一応その役の扮装から鬼の扮装に変わらなくてはならないのよ。それに又鬼から又他の役に変身。一番やり易いのがカサじいさんかな。でも一人じゃ寂しいからあと2,3人欲しいわね」
「あと2,3人・・・カニとサルを何とか男たちが歌を歌っている間と餅をついてる間に変身してもらいましょうよ」
「それしかないはねえ」
「あのう、一つ疑問があります、人数的には合わせて書いて来たんですよね、でもそれは男女の数は合わせていないんじゃないんですか?」
「良い質問ね。台本は男女関係なく、特にこの劇では関係なく書いてあるの。まあ主だった役は、悪いけど3年から決めて行って次に2年、残った役は駆けっこで決めるか、話し合いで決める事になるわ。でもみんなもう慣れっこだから。男女の役は無視してやりたい役をやるのよ。その方がやりがいもあるし、見てる方も面白いと言う事ね」
「成程、分かりました。で第2幕どうします?」
「じゃあ、カサじいさんとカニとサル、5名を奥さん役に回しましょうか」
「意義ありません」
と言う訳で2幕目は大幅に書き直す事になった。
「まあ、セリフは基本的にこのままにして、鬼1のセリフの後になあ、母ちゃん、と入れるわ」
「そこに女の鬼、男がやってても女の鬼がゾロゾロ出て来るのね。セリフはないの?黙って出て来るのは寂しいわ」
「うーんそうね、じゃあ母ちゃん達、わあー出来たのねと言いながら左手より登場。これで良い?」
「男鬼と女鬼の区別がつけ辛かったら、女鬼には頭にリボンでもつけてもらいましょうか」
「それ、良いアイデアね。きっと笑いが取れるわ、それ、戴き。次に鬼2の月は綺麗の所に月は綺麗し、母ちゃんたちはもっと綺麗としましょうか」
「鬼も奥さん怖いから、おべんちゃら必要よね」
「鬼3言う事なしだよの後に誰が言い始めたのか、ここが鬼のお宿だと。今じゃスズメも宿とるスズメのお宿だいと変えて、その後に母ちゃん鬼達が、一斉にそうそうと言う」
「鬼4は少しセリフが少ないけど、これは仕方ないですよね」
「そうね、仕方ないわね、このままで。この後に奥さんたちが私たちも手伝うよと言うセリフが入る。鬼5の最後にモチでも食べて機嫌直しなを入れよう。他は大体良いと思うけど」
「これで鬼の餅つき大会も賑やかになって楽しそうだわ、おじいさんじゃなくても仲間に入りたくなるんじゃないの」
こうゆう風に私たちの議論は続いた。それで少し、変わることも多いが大体の話の内容は変わっていない。
これを何時もはわたしが汚い字で清書するのだが、今度からは台本を作る勉強になるからと、二人が引き受ける事になり大助かりだ。後輩大好き、万々歳だ。
出来上がったのを山岡先生に提出。
「ふうむ、まだまだ、島田の色が随分濃く残っているけど、協力して書くき上げたのは認めようかな」
「初めから島田先輩を打破することは出来ません」
「と言うか、島田先輩が居なくては物語の筋も浮かびません。先生わたし達だけになったらも少しこんなんじゃなく、もっときちんとストーリイのあるものにして下さい」
「まあ一応考えておくわね」山岡先生はそっけない。
その山岡先生とわたしで出来上がったシナリオを点検する。
「この歌の所だけど・・・」
「あ、それですね、盗作紛いでも良いですから、誰か頼める人いないですか」
「松山君以降、そんな音楽能力に溢れた人は今の所いないわねえ」
「じゃあ、前アリンコの歌の時のメロデー、あれ手直しして使いましょうか?」
「そうね、似たような歌だから、何とかなると思うわ」
「何とかならない時は、そうね音楽の大桐先生に頼むしかないわ」
「大桐先生か、最初から頼んでみた方が良いと思います、歌は鬼の方と地蔵の方で二つありますし」
「大桐先生かあ、何となくあの人苦手なの」
「向こうもそう思ってますよ。でもニッコリ笑って近づけば何とかなりますって」
「向こうがわたしを避けてるのは何となく解るわ、近づくな信号が点滅してるもの。それをニッコリ笑って近づくなんて」
「だからアリンコの歌なんかも、松山君に押し付けたんですね」
「ハハハ、ばれてしまったか。本当に本当に大桐先生苦手なのよ」
「何を言ってるんですか、息を大きく吸って、勇気を出してどんとぶつかる。わたしを演劇部に引き止めたあのいやらしさはどこに忘れて来たんですか」
思い出したのか、山岡先生が少し笑った。
「そうね、あの時は廃部になるかもと言う不安と、あなたの才能を失ってなるものかと言うこの二つがわたしを奮い立たせたんだわ」
「今は先生、ぬるま湯にどっぷりつかちゃってる、そんな状態なんですか」
「うーん、行くわ、そこまで言われちゃあ、山岡、うん、女が廃る。行ってくるわ、見てらしゃい、ちゃんとしたメロデイー二曲、もらってくるわ」
重いお尻をやっと持ち上げて、山岡先生が大桐先生を目指して消えて行く。
その夜母から頼まれた土産物を持ってお隣に行った。
ブザーを押すと現れたのは久しぶりの武志君だ。
「お、真理か、ま上がれよ」
「うん、母に頼まれておばさんに土産物届けに来たの。それにさ、高校生活も聞きたいしね」
「高校生活?まあ、少し勉強が難しくなった位であんまり変り映えしないよ」
「誰かと思ったら真理ちゃんじゃないの早く上がんなさいよ。ダイニングで話したら」
「これ母の土産物、届いたので持って行くように母に言われたので」
「あらありがとう。これがわたし用でこっちが武志用らしいわね。明日お礼に行くわねって伝えておいてくれる」
おばさん手際よくインスタントコーヒーを入れてくれた。
「はいミルクたっぷり入れたわよ。でも中3ねえ、まだ小さい時の真理ちゃんの積りでいたわ」
「おばさんのコーヒーのお陰で乳離れが出来ったって、何時も母が言ってます。それにミルクたっぷり目が今も結構好きですから」
「そうお、それなら好いんだけど、何時までも子ども扱いしてと思っていたりして」
「また台本書いてるのか」武志君が聞く。
「うん、でもさ、今年から弟子が二人ついて3人で話し合って作っているの。あの二人を何とか一人前に仕上げるのがわたしの今年の任務なの」
「それはそれで大変だな、その二人、才能あるんか」
「そうね、今の所はまだ未知数だけど、中々良いコンビだとわたしは思ってるの」
「で、今度は何やるの?一学期だから子供向けの話だろうけど」
「はい当たりー。日本昔話でという山岡先生のお達しなの。そこでわたしが名付けたのが珍日本昔話」
「まあお前が脚色すればみんな珍だよ」
「でねえ、そこに挿入歌が二つばかり出て来るのよ。前は松山君がいたから、彼がメロデイー付けていたんだけど、彼が居ない今、さてどうするかと云う所でわたしが大桐先生に頼んだらと山岡先生に言ったら、先生さあ、大桐先生苦手で中々渋って行かないのよ、でも最後には意を決したみたいだけど」
「ふーん、何か怪しいな」
「え、何が怪しいの、何か怪しい事あるの?」
「ま、ねんねのお前には分かんねえよ」
「何が分かんないの、ね、ねっおばさんには分かる?」
「わ、わたしが・・そうねえ、その先生方二人共独身なの?」
「二人共独身と聞いてるよ」
「だったらその可能性はあるわねえ」
「ああ二人共、ますますわかんない!家に帰って母に聞いてみよう。メロデイー頼むことが怪しいなんて」
笑い転げる二人を残して藤井家を後にした。
母は笑ってこう言った。
「そうよねえ、あなたも詩を書いたり、短歌とか読むんだったら、もう少し男女の思う気持ちをストレートなだけでなく、思う故にその反対の行動だったり、それがばれないような事を言う、そんな所も学ばなくちゃあね。つまり、山岡先生が大桐先生の事を理由もないのに苦手意識を持つと言う事から推して、好きだから嫌われたくない、そう言った行動をとっていると判断したのよ、隣の住人は」
「ふうむ、成程ねえ。でも山岡先生と大桐先生がお互いを好きだなんて、ちょっと無理な感じがするけど。でも人間分かんないからなあ、突如おしゃれを山岡先生が始めたりして」
翌日になってジロジロ山岡先生を観察することにした。うーん、別に変った事もないようだ。で、成果はあったのか?
「どうでしたか、大桐先生の色好い返事もらえましたか?」と尋ねた。
「ああ、大桐先生ね、大桐先生、今音楽の大会が京都の方で開かれていて、明日にならないと学校に見えないの、だから、1日寿命が延びたのよ」
「寿命が延びたって、そんなに嫌な事があったんですか、昔?」
「え、そ。そんな事何にもないわよ、全然、只波長が合わないだけよ」
「波長ですか?それ聞いてこなかったなあ」
「なあに、何を聞いてこなかったの?」山岡先生が訝しがって尋ねたが答えることは出来ない。
「いえ、全ては明日以降に持ち越されました」
「まあ大袈裟ねえ、メロデイーなくても読んでるだけで十分歌になってるわ」
「それはそうですね、気分直して今日も元気に参りましょうか?」
「そうしましょう、勿論校庭一周からね」
翌日の放課後、又先生の観察から。何しろそう言った物が分からないと詩や短歌の上達はないと言われちゃ詩や短歌に今まで、勉強そっちのけで生きてきた島田真理としてはほっては置けない問題だ。
ウムムム、何か少し顔が明るくなってにこやかに見えるぞ。
「ああ島田さん、大桐先生に勇気を出して頼んでみたの、そしたらわたしも少し気になっていたんです。相談してもらって嬉しいです、喜んでお手伝いしましょう、ですって」
人は誰だって頼みごとが上手く行けば明るくなるし、にこやかになるものだ。これでは判断はつかないと思われるかあ。
「はい、それは良かったですね、で、大桐先生の印象変りました?」
「え?ああ変わったわ、これまで虫が好かないとなるべく話さないようにしてきたけど、これからはもっと話さなければと反省している所なの」
反省ねえ‥これって恋?いや違う、絶対、反省と恋は別物だ。
「ねえ、さっきから小さい声でブツブツ言ってるけど、何か聞きたい事あるならはっきり言って、今機嫌好いから何でも答えてあげる」
ヤッホー、じゃあお聞きしますが先生、大桐先生の事どう思います?なんて聞けますか。
「いえ、すみません、独り言言うのが癖ですから、気にしないで下さい。では今日も元気に校庭一周から始めましょう」
「うん、島田さんも大分わかって来たわねえ」
しかし、これで済ませてなるものか、わたしの詩と短歌のこれからに関わる問題だ。
そこでわたしよりは少うしだけは色恋に近いと思われる美香ちゃんを塾で捕まえて聞いてみた。
「ねえ美香ちゃん、あなた、色恋について考えた事ある?」
「えっ、ど、どうしたの真理ちゃん、そ、そんな事こんな塾で聞くなんて」
「塾で聞くようなものではないのね、色恋って。ふうむ、一つ分かった」
「何が分かったのよ、全く。どうしてそんなことをいきなり聞くのよ」
「え、武志君がね、山岡先生の話をしたら大桐先生が好きなんじゃないかって話になって、お前はねんねだから何にも分からないんだと言うのよ。それにおばさんも大笑いするし、母も詩や短歌を作るんだったら色恋の事が分からない様じゃ上達しないって言われてねえ。美華ちゃんならわたしよりはそっちの方、強いと思ってさあ聞いてみたの」
「何を言ってんのよ、あなたなんか東村君でしょ、沢口君に敦君、悔しいけど武志君、本当は健太君だってあなたに首ったけじゃない、何がわたしの方が強いだなんて、わたしの方が伺いたいもんだわ」
美香ちゃんが駄目なら・・・村橋さんはわたしと似たり寄ったり聞くだけ無駄と言うものとあきらめた。そうだむっちゃんが居るじゃないか、健太君に恋してる彼女ならそう言う事に詳しいのではないか。
早速塾から帰って電話してみる。でも、彼女には山岡先生の事は内緒にしておこう、その方が無難と言うもの。睦美は良いとしても、その後ろにいる健太が問題なのだ。彼奴にかかれば本当だろうが嘘だろうが、尾ひれを付けてうわさ話が広がって行くのは目に見えている。
「ねえ、むっちゃん。あなたには誰かと誰かがその行動によって、と言うか、嫌いだ、虫が好かない、波長が合わないとと言ってるのに、その実その相手を好きって事わかる?」
「えー何それ?それは相手に寄りけりよ。本当に嫌いかも知れないし、好きだけど、相手が自分の事思ってくれていないかも知れない、それがはっきりするまで周りに相手を嫌いだと思わせておこう、なんて自分に自信のない人間は考えるのよ」
「おお、むっちゃん天才!幾ら疎いわたしでも良ーく分かるわ、ありがとう。うむ、そうか、そう言う事だったかこれで納得したわ」
「何よ一方的に、誰の事を言ってるのよ、わたしの知ってる人?
「それは・・・彼女の名誉のため明かせないわ。只、うちの母に言わせるとそう言った男女の機微に疎くては、詩や短歌が上達しないって言われたの。だからさっき塾で美香ちゃんに聞いてみたんだけど、聞き方が悪かったのか、そう言う事は塾で話す事じゃないし、自分よりも私の方が知ってると言われたの」
「そう言うわね、あなたを好きな男の子がいっぱいいる子にそんなこと聞かれちゃね・・・あ、分かった、あなたにはそんなことをする必要がないんだ。あなたが好きと思えば、いや好きと思う前に向こうから相手がやって来るんだもん。でも気を付けて、ストーカーみたいな男もうじゃうじゃいるからね」
「あ、ありがとう、気を付けるわ、ストーカーには。でもどうすればそんな人から逃れられるのかしら」
「大丈夫よ、あなたには友達と言うか、あなたを守る男たちが一杯いるんだから、その時は彼らが守ってくれるわよ。もちわたし達だってそういう時には、男性軍の応援要請頼むわね」
「うん、みんなで協力し合おうね」
分かった、分かった、それが男女の機微と云うものか。早くそんな風に言ってくれなくちゃ、母も隣のおばさんも武志君も駄目だなあ。もうわたしをねんねと言わせないんだから。
と言う訳で私の心のもやもやは片付いたが、さて山岡先生と大桐先生、この二人の間は単に思い過ごしだけだったのかはいまだ不明だ。
兎も角、鬼達の歌も地蔵さん達の歌も共にメロデイーが付けられその稽古も行われた。勿論大桐先生監修の下、音楽クラブの生徒達が作ったもので、稽古も作ったと云う2年の女生徒のピアノ演奏によるものだ
まあ、松山君の作ったものと似たり寄ったりと言った所。考えてみれば歌の内容も似たり寄ったり、作曲する人間の才能も同レベル、似るのが当たり前なのだ。
「私が作っても良かったんですがね、クラブ同士の向上のためには生徒たちに任せた方が良いと思いましてね。まあ、彼女も松山君と同じくらい才能のある子でして、将来が楽しみです」
大桐先生が山岡先生に説明している。成程大桐先生も彼女の作ったものが、あの、贋作紛いの(山岡氏言う所の)松山先輩が作ったメロデイーに似たり寄ったりであると認識してるんだ。
「はあ、まあ、あの松山君と同じ位の才能ですか。歌もきっと素晴らしいんでしょうね」
「歌もそこそこ上手いですが、マンドリンの方がもっと筋が良い、とわたしは思っています。何しろ余りお金がない家なもんで、音楽をやりだしたのが中学に入ってからなんです。それでわたしがマンドリンをやらせてみたらめきめき上達しまして、ハハ教えたわたしが吃驚しているほどです。今度チャンスがあればあの子のマンドリン、劇の何処かに入れてやって下さい」
「台本は彼女が書いてるものですから、彼女に聞いてみなくては分かりませんが、入れられたら素敵でしょうね」
おやおや、二人の仲を探ろうと聞き耳立てていたのにお鉢がわたしに回って来たようだ。
「ねえ島田さんどこかにマンドリンの曲いれられないかしら?」
「はいそうですねえ、、ナレーターの前、カニさんやおじいさんの登場する前のお地蔵さんの並んだ左手前で日本昔話のテーマ曲を弾いてもらえたらとても素晴らしいと思います」
「そうね、そこしかないわね、終わりはお地蔵さん達の歌で終わるんだから。と言う訳で大桐先生、如何でしょうか?
「そりゃあ良い、早速彼女に聞いて引き受けると言ったら、楽譜を手に入れて練習させましょう」
大桐先生、とても嬉しそうだ。
そこには色恋の一かけらも落ちていない教師の顔と声だった。翻って山岡先生の顔にも何の変化も見られない。
止めた止めた、人がどんな風にどんな人を好きになろうが、そりゃ各々の勝手だい、真理の関与する問題じゃない。
と言う訳で何時もの様に中間テストが始まり、そして終わった。
「今度のテストはもう中3だから、高校受験を考えて全般に難しくなってるからその積りで」と担任の蓮池先生はわたし達を脅かしたが、さほど難しくはなく少しほっとした。何故かと言うとあの山岡先生と大桐先生の恋の機微に調べまわっていたからだ。うん、これからは幾らねんねと言われようとも、人の恋路を詮索するのはまっぴらごめんだ。
でも何とか一位の座は守ったぞ、これでみんなから「どうしたの?」と煩く聞かれなくって良かった良かった。「え、ああ、人の恋の機微について研究してたもんで」とは答えられないだろう?
で、肝心の劇はどうなったって?いやもうすいすい快調に進んでいて怖いくらいだ。
それに背景は前のを使えるし、カニは赤いセーター赤タイツ、それにお面、サルは茶色のセーターに茶色のタイツ、さるの仮面。鬼も似たり寄ったりの出で立ちだが。鬼らしく見せるために衣服部に頼んで黒と黄色の縞々パンツを穿いてもらおう。女の鬼はやはり黒と黄色の縞々でワンショルダーの物を頼んだ。敦君と私の爺さん役は白髪のちょんまげカツラを山岡先生が例のごとく何処からか借りて来たし、着物もついでに借りて来た。地蔵さんはグレー、これも服飾部が旨い具合に作ってくれる事になってる。衣服部様様で、足を向けては寝られない。
でも待てよ、演じるのは7月、暑い盛りだ。冷房がうんと効いてるなら良いけれどそれはかなわぬ望みと言うものだ、もう1回検討しよう。セーターはテイーシャツに、タイツはショートパンツかトレーニングパンツになった。地蔵さんも頭にかぶる頭巾上の物に変更。その他も似たり寄ったりと言う事になった。ここでクレーム。三峰さんだ。
「夏なのに頭巾は暑いと思います。ここはやはりカツラにしてもらって、下を薄い布で腕を出すようなものにしてもらえませんか?」
成程彼女の言う通りだ。服飾部に知恵とその力を借りよう。
次に臼とキネが問題だ。ここはやっぱり山岡先生の顔の広さにすがるしかないがどうだろう?
「あ、先生、心当たりあるわ。うん、うんそうよ幼稚園よ。又は保育園ね。お正月前は昔は良く幼稚園で園児たちにモチをつかせていたじゃないの。今もつかせているかは分からないけど夏場は無用の存在よね。ここいらで大きな幼稚園に2,3聞いてみるわ」
成程伊達に年は取っていない。すぐ見つかって貸してもらえることになった。只、劇が日本昔話と言う事で
是非園児に見せたいからと、当日園児が見学参加と言う約束だ。
「鬼と言えば、男の鬼は6人で女の鬼は5人なのが少し気がかりだけど、ちょっと無理かな」
好い役なら無理をしてもわたしがやると言い出す人がいるだろうが、鬼だから顔にはお面、腕は赤や青く塗って、おまけにセリフは有って無きがごとし。よって気がかりのまま進行することに。
だが私の脳裏にある人物の顔がちらほら。ばっちゃんだ。わたしは首を振る。ばっちゃんはばあちゃんだ、年寄である。中学生に混じって演じるなんて考えられない。それに山岡先生が首を縦に振る訳がない。
でもでも、私の脳裏にばっちゃんの顔と声が切なげに訴えて来る。振り払っても振り払っても「わたし、一度で良いの、どんな役でもどんなちょい役でも良いのよ、真理ちゃんの劇に出てみたいのよ」と私の脳と胸に迫って来るのだ。
ええい、ここは山岡先生に当たって砕けろだ。
「先生、わたし、今まで突き付けられた無理難題を、どんなに不満があろうともはいはいと言って、言うこと聞いて来ましたよね」
「え、何、やっぱり高校は受験に強いとこにしたいというの」
「そうじゃありません。実は足りない女の鬼にやらせてあげたい人がいるんです」
「なーんだ、、そんなこと。女の鬼は顔はお面かぶってるし、セリフもないに等しいのよ。それでもやりたい人がいるのね」
「実はその人はこの中学の人ではないんです」
「ま、まさか東村君が出たいと言ってるんじゃないんでしょうね」
「そうなら悩まないんですが・・・」
「え、誰?私の知ってる人・」
「ご存じではないと思いますが‥でもわたしがこのクラブに入りたくないと言った時、入る事を進めてくれた人ではあります」
「そ、そう、だったら少しは恩義がある訳ね。一体その人は誰なの」
「はー、うわさには聞いていらしゃるとは思いますが・・でもその正体を言ったら、先生腰を抜かすかも知れません」
「私が腰を抜かすような人、うわさは聞いたことがあって私が知らない人ねえ。さっぱり分からないわ、腰を抜かさないから早く言ってちょうだい」
「彼女が言ったんです、ずーと前に一度でいいから、本のちょい役で良いからわたしの劇に出て見たいと」
「だから早くその人の素性を言ってよ」
「名前は河原崎由美っていいます」
「あら、お母さんのお知り合い?もしかして親戚の人」
「ええ、そうです。知り合いであり、親戚です」
「ああ、あなたの従姉妹なのね、どこの中学?」
「中学はずっと前に、この中学とは縁もゆかりもない所を卒業しました」
「じゃあもう大人なのね、その人」
「そうです、立派な大人です、だってその人、わたしのおばあちゃん、祖母なんですもの」
「あの、あなたが代わって研究して目の悪い人を直すと言ってる例の人」
「目が不自由な人だけじゃありませんが、彼女は昔は生化学の研究者で、今は町の化学者です」
「その街の化学者さんがあなたの劇に出たいと言ってるの」
「ええ、彼女も中学ぐらいまでは演劇をやりたいと思っていたらしいんですが、家庭の事情で何故か化学者になったんです。そして心ならずも町の化学者、つまり薬屋さんに成ってしまったんですねえ」
「ふうん、ま、腰はぬかさなかったんだけど、おばあさんがねえ、失礼だけど今お幾つ」
「ええっと、確か70・・70ぐらいです」ばっちゃんの為少しサバを読む。
「70ねえ、声は大丈夫なの」
「ええそれはもうしっかり出ます、昔鍛えた声だから、衰えを知りません」
「まあ大したセリフもないんだけどさ、一応ね、足腰は大丈夫かしら」
「今の所全然平気です、運動場走れと言われたら、そりゃ躊躇するでしょうけど」
「そうね、あなたには色々苦労を掛けて来たから・・・でももう少し考えさせてね」
「前向きに考えて下さい」
山岡先生、本当に暫く考えていた。それから私をじっと見つめていた。
「仕方がない、みんなが動揺するといけないから、しばらくはこのことは伏せておきましょう。稽古はあなたとおばあさんで秘密裏にやってくれる」
「わあ、承知して下さったんですね、嬉しい。早速ばっちゃんに知らせなくちゃ。これでわたしの脳も心も休まると言う事だわ。ヘヘ、勉強もはかどると思います」
「はいはい、あなたの勉強がはかどって、先生も鼻高々と言う所だわ」
そこで早速ばっちゃんに電話した。
「え、何ですって。わたしに鬼のちょい役で舞台に出て見ないかですって」
「うん、例の劇なんだけど人数的には増えたんだけど、お地蔵さんも12人の所を7人にしてこれで足りるかなあって思っていた所が、鬼が男ばかりじゃ可笑しいと言う事になって、時間的に余裕のある役の人を女の鬼に回したんだけど、どうしても一人足りないの。そこでばっちゃんが前にわたしに言ってたのを思い出したのよ。ほら、どんな役でも良いから、本のちょい役で良いから、わたしの劇に出て見たいって言ってたことをさ」
「そう言えば、言った記憶があるような。鬼と言っても一応女なのね、どんな話なの?お地蔵さんも出てくるようだけど」
「ヘヘ、珍日本昔話。鬼の出て来る所は舌切り雀とお結びころりんを合体させたもので、お地蔵さんは傘地蔵の話。他には猿蟹合戦やぶんぶく茶釜なども織り交ぜてあるけど」
「でもさあ、いくら鬼と言っても・・中学生に混じって演じるというかやると云うのか台本見て見ないと分からないけどちょっと無理があるんじゃない?」
「セリフはねえ女の鬼はみんな一緒に出てきて、わおー出来たのねと一緒に言うのとみんなでそうそうと言うセリフ、それに同じくわたし達も手伝うよと男の鬼を補佐するものばかり。悪いけど一人で言うセリフもないし、一人でパフォーマンスしたくても出来ないのよ」
「そう、少しどういう役か解って来たわ。で服装は?」
「赤鬼、青鬼、黄鬼、どれがお好み」
「そうねえ・・やっぱり赤鬼かな」
「じゃあねえ、顔はお面付けるから好いとして、赤いテイーシャツに赤いショートパンツかトレーニングパンツ、赤いソックスを付ければ完璧だわ」
「簡単なようで中々難しい注文ね。でも由美、一世一代の舞台だからご希望に沿うよう鋭意努力します」
そう言われれば、赤いテイーシャツや赤いパンツは普通の店では手に入らないかも知れないな、と少し気になるわたし。
「あら、そんな事ないわよ、ネットで探せばすぐ手に入るわよ、赤でも黄色でもさあ」
一刀両断、篠原女史が教えてくれた。
「そうね、今やネットで探せば何でも手に入る時代なのね」
「何でもと言う訳には行かないけどさ、そう言った物なら手に入るわ。と言う事はあなた、赤鬼やるの?でも何をやっても女の鬼って個性出ないわよね」
「そ、そうなのよ。お面かぶってるし、セリフもみんなで言うのばかりだから。誰がやっているか分からないわネ、ハハ」
そう、誰にも言わなければ中身が70代のお年寄りだとは、誰も気づかないかも知れない。でも、いずれはみんなに言わなければならないし、紹介もしなくてはならない。それにいくらちょい役だと言ってもみんなと稽古もしなくはならないだろう。
「稽古合わせねえ、それはしなくちゃならないわねえ。只あんまり声が合い過ぎるのもおかしいけど、息は有った方がいいものね。ええっと、出来たら水曜日にしてもらえない、店が定休日なんだ」
そろそろ期末試験もちらほら姿を見せようかという頃、顔合わせの日がやって来た。
先ずは先生に紹介だ。当然大人同士だからにこやかな雰囲気で始まった。
「どうも真理が無理なお願いをいたしまして、娘の方の多恵の方ならまだしもこんな年寄りが若い、若すぎる中学生に混じって演じるなんて、先生も困惑なさっていら者る事でしょう」
「初めは幾ら島田さんの願いとは言え、躊躇いたしました。でもお面はかぶっている、セリフは6人で一緒に言うものばかり。行動も一緒ですし、まあ良いかなと了承いたしました」
「そうですよね、あなたは勇気のある先生です。その勇気があだにならないように只管目立たないように演じます。よろしくお願いいたします。声量は多分大丈夫です、、腹筋も就寝前に50回はやっていますし、早口言葉も発声も練習に事欠きませんのでご安心を」
「はー、り、立派なものです」
どちらかと言うと未だに躊躇している感のある先生、この年より何かの病気になって、折角ですが出られませんと言って欲しいと念じているに違いない。がしかし、部員たちに紹介すべく重い重い腰を上げた。
部員たちが先生に連れられて入って来たばっちゃんを一斉に見た。わたしも一緒に入室したのだが誰も私など眼中にない、只管ばっちゃんを見つめる。
この人は誰、又有名な演劇界の人がわたし達の演劇の稽古を観察に来たのかしら?そう言った眼差しだ。
当然先生もそう感じているに違いない。そこで、先生も考えた。
「えー、皆さんに紹介したい方が居ます。ここにいらしゃる方は・・私よりも島田さんに紹介していただきましょう。その方が適任だと思います」
そう、ばっちゃんの紹介をわたしに押し付けたのだ。うん、それは仕方のない事、この全責任は島田真理、この私にあるのだから。
「はい、では私から紹介させていただきます。この方は何と演劇界の重鎮で、この度、この珍日本昔話のうわさを聞き、是非ともどんな端くれ役でも良いから一緒に参加させてくれないか、とおしゃられまして、山岡先生に相談した所、若い中学生に混じって演じるのは無理なんじゃないか、と始めは渋っていられましたが、段々その熱意に負け、女の鬼だったらお面をかぶってるし、団体行動でセリフもみんなで言うセリフしかないので、ま、良いかなあと了承をなされたのでございます。でも何しろ演劇界の大御所である方にそれでは余りにも失礼ではないか、と恐る恐るお伺いを立てました所、それで結構と快諾なさったと言う次第です」
山岡先生のビックリの顔、部員の驚きざわめく声。
「と言うのはわたしの妄想です.実はここに居ります、妙齢の女性は私の敬愛する祖母でございます」
「なーんだ」という声が上がる。
「でどうしてここにいるのかと言うと、先ほどの話の演劇界の重鎮、大御所を取り除きまして、元演劇にあこがれた事もある薬屋の大御所に置き換えれば、そのまま当てはまります。このまま何も言わずやり通そうかとも思いましたが、そういう訳にも行かず、今日のお披露目となったわけです。まあ人数の埋め合わせと思ってどうか納得して頂きたいのです。では、ばっちゃんからも挨拶して」
部員のざわめきはまだ収まらなかったが、ばっちゃんは平気で喋りだした。
「はい皆さんこんにちは。この所雨が多かったのですが、今日は好い天気でまるでこのばっちゃんの、このばっちゃんと言われることは本人は納得してないのですが、本当はグランマと呼んで欲しいと交渉したのですが今の所、梨の礫のようでございます。ええっと話を戻しまして、この薬屋の年寄が何故、この若い、若すぎる中学生に混じってまで、劇をしたいかと言うと、このわたしにも当たり前ですが、中学生時代はあったのですねえ。実はその中学生時代まで、小学校からですが、演劇に燃えていたんですよ。高校に入って、わたしに劇をやらないかと誘って下さった方もいらしたんですが・・・ま、その方は後に劇団に入られ、朝の連続テレビ小説にも抜擢されると云う大活躍をなされるんですが、肝心のわたしはその時、家の事や色んな事情を考え、きっぱり断ってしまったのです。お陰で演劇部は廃部になってしまったのです。時は流れて、孫娘が中学に入ってから、演劇をやりだし、台本迄書いているとの事、それを聞いて懐かしくもあり、この忘れていた演劇絵の情熱がわいてきたではありませんか。そこで真理にお前の書いた劇にほんの少し、本のちょい役で良いから出てみたいなあと、前に話したことがあったんです。私も半分冗談のつもりでしたし、真理も忘れてしまったろうと思っていました。ところが真理はこのことを忘れていなかったんですねえ、先日、電話がありまして出てみないかという話。お面をつけるし、動きもセリフも団体でやるそうで、黙っていれば分からないそうですが、部員のみんなには一応話しておこうということになったんです。大体こんなとこです、よろしくお願いいたします。本当に今日は良い天気ですねえ、まるでこのばっちゃんの栄えある演劇へのデビューを祝っているかのようですね。ハーイここは皆さんの温かい拍手が欲しいですね、ハイ、そこの君、君が敦君とわたしは睨んでますよ、先ずはあなたから拍手をして下されば、みんなもきっと賛同して下さるでしょう」
敦君、吃驚したが慌てて拍手をする。みんなも笑いながら拍手をする。何と山岡先生迄が拍手をしているではないか。参ったね、真理ちゃん。
こうして無事に(?)ばっちゃんはみんなを丸め込み納得させた。だが今だに何が何だか解らないままに丸め込まれたままの人も多いのは仕方のない事だろう。
その丸め込まれた状態のまま、期末試験がやって来た。ライバル達は特に物部君は目の色も顔の色も変えて勉強しているみたいだ。わたしはばっちゃんの劇参加を了承してもらった時「これでわたしの脳も心も休まると言うもの」と山岡先生に宣言してしまった以上、彼らに負ける訳には行かないのだ。今回は今までに無いほど勉強した。学校の行き帰りも(傍に敦君が居ようと居まいとお構いなしに)、お風呂やトイレの間にも必死で詰め込んだ。頭を振ればばらばらと覚えたものが落ちてくるほどに。
こうして期末試験と言う青春の脳を叱咤激励するレースのもう一つの幕が切って落とされた。おちょこちょいのわたし、名前の確認、問題の早合点にも十分気を付けて(何時も気を付けているのだが、帰って来た答案を見てあ、し、しまったあと思う事が多々あり過ぎるのだ)試験に臨む。
「どう今度の試験、難しかったと思わなかった?」村橋さんが尋ねる。
「そうね、中間より少し難しくなってたかも。でも仕方ないわ3年だもの」
「そうだよな、俺達3年だから、総復習になってるんだ。今学期習ったとこだけを重点的に勉強しても駄目だよな、馬場」
「うん、俺もそう思って、今まで習った所で苦手な所を重点的にやってみたよ」
前はライバル心見え見えの状態だったわたし達だったが、今は同じ中学同志、見かけだけは和気藹々でやっている。勿論内側ではふつふつとマグマが煮えたぎっているのだが。
チャチャチャチャーン、試験の結果が張り出される日が日がやって来た。な、何とあの馬場君があと少しで物部君に追いつく所までになっていた。わたしはおかげさまで努力が報われ一位で変わりなし。村橋さんは4位に退いた。そして、もう一つ驚いたのはあの敦君が11位にアップしていたのだ。
部員みんなが驚いた。
「だ、だって、学校の帰りに、真理ちゃんじゃない、島田さんがぶつぶつ言って勉強してるじゃない、ああ、こんなに勉強してるから、良い成績取れるんだと感心して、僕もその半分くらい必死にならなくちゃいけないなあと思ってさ、頑張ってみたんだ。まだまだだけど、次はもっと良くなるように取り組むよ」とのたまわった。うん、とっても楽しみ。
次にライバルたちの反応は?
「夏休みこそ頑張って、頑張って、島田に追いつかないといけないな。いや、うかうかしてると馬場に追い越されそうだ、もっと努力しなくちゃ」
やせこけた物部君の姿が目に浮かぶ。
「わたしとしては努力してるつもりよ、でもさ、学校の勉強だけで良いのかなって考えるんだ」と村橋さんが宙を見つめて呟く。
「やはり目の前の事より、全体的な事を考え、自分の苦手の物をすこうし力を入れて勉強すれば、結果的に他のも成績が伸びて良いみたいだな」と馬場君が悟りを開いたごとく宣言する。
もう、みんな過ぎた事より今後の事を考えているのだ。
さてさて、期末が終われば、劇の開演はもう直ぐだ。衣装合わせもばっちゃんを除いてばっちり。敦君のコブじいさんもいかにも優しそうでピッタリ合っている。え、わたし?鬼の方は青鬼を選んで青いテイーシャツに青いショートパンツ、青いソックスでバッチリ決めてるし、カサじいさんの方は・・・多分ピッタリ似合っているよ(こんなの似合ってるって少し悲しいかな)、敦君には部長だもの負けていられないわ。
タヌキやウサギなどはそれぞれ、それなりに決まっているが、問題は篠原女史だ。白いテイーシャツ、ショートパンツ、ソックスまで納得した。鶴のお面にも納得。問題は羽が欲しいと言い出した。そこでここは山岡先生のごり押しの力を借りて、美術部にそれらしきものを作ってもらう事になった。
何だこうだと、それぞれの衣装を身に着けて通し稽古をすることになった。ばっちゃんが抜けてはいるが、どうせ、その他一同の役、うまく合わせられなきゃ黙っててもらおう。
うんなかなかいいぞ、猿蟹合戦、合戦は起こらないけども、実にこの4人の間も上手く取れていて、十分笑いがもらえるのは間違いない。
次に鬼だ。初めの頃はキネの持ち方もモチのつき方も分からなかったわたし達だったが、年齢の入った先生達の指導の下、今では本当のお餅がつけるくらいに上手くなってる。人間努力だね。女の鬼も負けておらず、男たちに調子を合わせる。歌もあのマンドリンが旨いという子が(名前は大西さんという)付けてくれたメロデーに乗せて歌い踊る。楽しい、とても楽しい。
第3幕、動物たちの恩返しの話だ。ここで後ろに鎮座する地蔵達だ。一年生だがどうしてどうして、やる気満々、セリフはないけども、小さく頷いたり驚いた様子を見せたり、目をきょときょと動かしてみたりと地蔵を見てるだけでも楽しめる趣向になっている。
第4幕目、美術部に作ってもらった傘を地蔵さんに着けて行くだけだが、本当は雪が降ってるのだ。手で自分の両腕をこすったり、かじかむ手に息を吹きかけたりして寒さを現す。敦君のコブじいさんもわたしに合わせて寒そうに演じてくれる。
最後のお地蔵さん達の歌と踊りも皆しっかりと踊る。こちらの方は楽しそうではあるが、鬼さんの時のような華やかさやウキウキした気分はない。みんなの健康と幸せを願う踊りだから、少々厳かさも混じっている踊りにしてみた。
「如何ですか、気になる所在りましたか山岡先生?」
「まあ笑いも十分とってるし、こんなもんだと思うわ。ほんわか、仲良きことは美しきかなって、そんな昔話だわねえ」
「先生はカニが虐められたりサルがみんなから仕返しをされる方がお好みでしたか」
「いえいえ、そうじゃないわ、サルとカニの所はあれで良いわ、とても好いと思うし面白いと思うわ、まるで4人で漫才やってるみたい」
「4人だから漫才じゃないでしょう、何て言うのかな?あれは堀越さんと三峰さん二人の掛け合いを見て思いつきました」
「あの二人をね・・・あの二人がクラブに入ってくれて本当に良かったわ」
「今度の水曜日には祖母も来ますので最終の稽古になります」
「そしていよいよ本番ね」
「ええ、頑張ります」とその日は終わった。
ばっちゃんも交えての最終遠し稽古。ばっちゃん、全然舞台に上がっても平気、平常心そのものだ。
「舞台や観客気にならない?」無駄と思いつつ一応聞いてみる。
「え、こんな舞台や数の知れた観客の前で上がるはずないじゃん。セリフも有って無きがごとき舞台で上がれって言う方が無理があるわ。そうね、みんなの前で逆立ちでもしろと言われたら、うーん上がる事は無いけど、びびっちゃうわね、何しろ出来ないからさ」ばっちゃんは大きく笑った。
髪はアップにして前髪はもともと天然パーマでカールしてるからお面を付ければ顔の方は出来上がり。それに女性を示すリボンを髪に付ければ完璧だ。衣装の方は赤いテイーシャツとショートパンツだったが、色が赤よりも紫に近い,所謂ローズ色と云うかワイン色。ショートパンツはキュロットスカートになってる。
「この方が後々まで使えるわ、利用価値のあるのを選ばなくちゃね」
それはそうだが、ピンクのショートスカートでなくって良かったあと思わなくもない。
それに鬼達総勢12名、ごちゃごちゃしていてバラ色か赤かなんて誰も気にならないだろう、余程のショッキングピンクをまとわない限り。
その日も無事に終わった。ばっちゃんも目立つこともなく、かと言って足を引っ張る事もなく坦々とこなしていた。これなら部員だけの秘密裏に終わらせる事が出来る、と山岡先生も安どの胸を撫でているだろう。
「真理ちゃんのおばあちゃん話は旨いし、舞台度胸もあって、それで薬剤師だもんね、尊敬するよ」と敦君が褒める。
「毎日50回腹筋してるんでしょう?わたしは未だ20回から30回止まり、それだけでも大したものだわ」篠原女史も尊敬の眼差しだ。
「まあね、でも明日が心配だわ、無事に終わってくれる事を祈っているの」
「大丈夫だよ。おばあちゃんと真理ちゃんは舞台では常に一緒に行動してるし、セリフも同じだもの」
「そうよ、おばあちゃんとしては少し物足りないなあと思っているくらいよ、あのバイタリテーですもの」
そこだ、この胸の内の一抹の不安は。あのばっちゃん、団体行動が嫌いだと言ってたし、個性が大事、天上天下唯我独尊、この世には自分と云う人間はたった一人しかいない、それを無視したり、無視させることはあってはならないと常々言ってる人だもの、大人しく、黙々とみんなに混じって芝居やってるけど、内心は面白くないと考えているに違いない。
まあ、電話して釘をさしておかなくちゃいけないかな。
「あ、真理ちゃん、今日は楽しかったわ。真理ちゃんのお陰で明日、やっと夢が叶うのね。もっと若くて綺麗だったら、あんなお面付けない役をやりたかったわ。でもお面付けるから出してもらえたのね、うーんお面に感謝すべきかな」
「それにみんなでセリフを唱和することにもね」
「ええ、お陰で何にも覚えなくても良かったし万々歳よね」
「ほんとにそう思ってる?みんなと唱和したり行動するの嫌じゃない」
「ええ、芝居ですもの、群像美、これ大切だわ、端役は端役としての仕事があるんですもの。いやとか嫌いとか言ってる場合じゃないわ」
ふーん、ばっちゃん解っているじゃないの、わたしが心配することは何にもない。わたしも安どの胸を撫で下ろす。
その日が来た。校長先生の話もそこそこにと言うか、園児達がこの暑い中来ているので、精一杯端折って終わるしかなかった。何時もの様に背景は前々日には美術部の手によって完成されていたので、お地蔵さん達が7人(頭に灰色のカツラ、体はグレーの薄手の布で作った物。出た腕はやはりグレーに塗り、地蔵さんらしく杖も携えている)に先ずは並んでもらって幕が明けられた。
「あっ、お地蔵さんだ」
「僕知ってるよ、絵本で見た事あるよ」とか園児たちが姦しい。
ナレーター役の北山さんがマンドリンの演奏者を紹介する。
「皆さんご静粛に、今からこの珍日本昔話を演じます前にその大本の日本昔話のテーマ曲を、音楽部の大西みどりさんと鈴木あゆみさん、美里沙織さん、3人によるマンドリン演奏をして頂きます」
一人では心もとないと友人であり、一緒にマンドリンをやってる二人も参加することに。
3人が椅子に腰かけ顔を見合わせ、息があった所で弾き始める。
美しく懐かしい感じのメロディーが流れて行く。素晴らしい、素晴らしい幕開けだ。皆が聞きほれている。
この麗しいマンドリンの演奏が終わり、割れるような拍手の中、礼をすると3人は去って行った。
ナレーターの声と共に我々の劇は始まる。
「あ、カニさんだ」と園児達の声が上がる。お結びをもらうカニさん。サルさんの登場。
「お結び取られちゃだめだよー」園児達はお結びを取られるものと思って必死で応援する。
カニとサルの言葉の応酬に皆笑い、拍手する人もいた。
第2幕、いよいよ鬼達の出番だ。まずは餅つき。
「あれ僕たちの臼とキネだって」
「そうよ、あたしたちが貸してあげてるのよ」と園児たちはここでも大騒ぎ。
「ばっちゃん、出番よ。良い、決して目立たないでね」
「分かってるわよ、決して目立ちません、こんなおばあちゃん、目立ってどうするのよ」ばっちゃん笑う。
舞台はとんとん拍子で進み、歌も踊りも最高の盛り上がりを見せた。
会場のみんなが歌と踊りに酔いしれて無事第2幕が終わる時だった。
ばっちゃんが敦君の傍に寄った。そして徐にコブを撫でた。
「あのなあ、爺さん、コブはストレスで出来るんだ。気にすれば気にするほど大きくなる。まあ、奥さんを気遣かって、ストレスが溜まっているんだろう。ここに来た時ぐらい、憂さを忘れて、スズ子やわたしらと踊って歌って楽しく過ごしていれば、その内コブは小さくなり、消えて行くもんだ」ばっちゃん、鬼の面を付けたまま、大きく頷いた。言われた方の敦君、少し驚き内心は暫し絶句しただろう。だが敦君は昔の敦君ではない、舞台に立てばその役そのものだ。
「ええっそうなんですか。うーん、そう言えば毎日毎日、ばあさまに文句を言われっぱなしで、わたしはじっと我慢を重ね、やっとスズ子を飼って密かな楽しみしていたのに、ばっさまにこんなものいらんと捨てられてしまったんです。ハイこれからは月に2回ほどお結びとおモチの交換するという言い訳でここに来させてもらいますよ」とばっちゃんの言葉を受けた。
ばっちゃん、少し静まり返った鬼達を「さあ話はついた、爺さんまた来てくれるんだって、みんな踊った踊った」と鼓舞したので、皆、はっとして無かったことのように歌い、踊りだした。
かくしてちょっとした波乱は有ったけれど第2幕は賑やかに楽しく幕は下りた。
第3幕目。ここは実際に、タヌキが茶釜になる訳でもなく、ツルが機を織る訳でもなく、単に話して聞かせるだけなので、園児たちの受けは今一だ。でも園児達の為の芝居ではないので仕方がないだろう。只、動物が話しているのは伝わったらしい。
「これ、ぶんぶく茶釜?それともカチカチ山なの?」
「どちらも似てるけど、違うみたいだ」
「ツルの恩返しってさ、自分の羽をむしって布を織るんでしょう?痛いし可哀想「
「これはみんなの羽を集めてなんか作るらしいよ」
小さいながらも年長さんだけあって、中々内容を理解している。感心関心。
何事もなく進んでいる、大体がこうあるべきよね。地蔵さんが動いているのを目ざとい園児達が見つけて「あ、あの地蔵さん、頷いてるよ」「あれ、地蔵さんがウインクしたよ」とか結構受けているよう。
ホラネ、地蔵さんの役も捨てたもんじゃないでしょうと、思っているその時だった、ばっちゃんのアドリブに触発されたのか、はたまた、持ち前の性格が我慢できなくなったのか、4番目の地蔵をやっていた三峰嬢がにやりと笑い、持っていた杖を大きく振り上げパット一歩前に飛び出ると「みんな関心関心、わしら地蔵も聞きほれたぞい、なあ皆の衆」と地蔵たちを見回したのだ。それに合わせて皆の衆である地蔵たちも大きく頷いた。それが終わると、また杖を高く差し上げ元の位置へ飛び戻った。
会場は少しざわめいたが、笑い声と拍手が起こった。
まあ三峰嬢としてはぐっと堪えたセリフだったに違いないし動きだったんだろう。だからここはこれで良いとしよう。
第4幕。わたしにはこれが本番みたいなもの。雪化粧したお地蔵さん、舞台は冬だが実際は今日も外は37度越えの猛暑日だ。お地蔵さん役は幾ら薄手とはいえ足まである着流しだ、さぞ暑かろうと思う。心よりご苦労さんと頭が下がる。
でもわたしも敦君も寒々と演じて行く。
それだけじゃ伝わらないので時々「うう寒い」「手がかじかんで上手く結べないなあ」「あんたもかい、わたしもだよ」などと入れる。仲良し爺さんたちは重いお餅をどっこいしょと担いで退場。後はご苦労さんの地蔵さん達の独壇場だ。堀越嬢も三峰嬢もここぞとばかり生き生きと演じる。ほかの新人さん達も同じだ。
それに歌と踊りに合わせて、ここは舞台のそでであの3人がマンドリンを弾いて、伴奏を入れてくれることが決まっている。
再びマンドリンの音色が体育間を満たして行く。地蔵たちがそれに合わせ、歌い踊る、これで舞台も一層引き締まったようだ。
こうして小さな波風は補遺多様だが、筋に響くような大きな波乱もなく、めでたしめでたしと穏やかに幕は下りた。だが、少々、いや、わたし的には大波乱の内に幕が下りたのだ。
ばっちゃんはわたしに一万円札を渡し「ちょっとだけしゃべってしまったわ。でもあそこで喋んなかったら、鬼達が何故コブを取らないんだろうと、観客席は思うだろう。まあ蛇足だったかもしれないけど、わたしの正体はばれていないと思うわ。これでみんなに飲み物とお菓子でも差し入れてね」と言うとさっさと姿を消してしまった。
山岡先生はそのことに付いては何も言わなかった。多分ばっちゃんと同じ意見だったんだろう。
一言敦君には謝っておこう。きっといきなりで驚いたに違いないから。
「敦君、内の祖母が脅かして御免なさい、吃驚したでしょう?」
「え、ああ2幕目の最後の所。全然だよ、だってみんな何時コブを取るんだろうと期待してるんだもん、おばあちゃん、正解だよ。おばあちゃんの説明でみんな納得したし、コブってそうやって出来るんだ、大きくなるんだって理解できて良かったと思ったに違いないよ」
傍で聞いてた篠原女史も「そうよ、、おばあちゃんの芝居、自然だったし、グッタイミングだったわ。流石島田さんのおばあちゃん、普通の人ではああは喋れないわ」と絶賛する。
と言う訳でばっちゃん事件はあっさりかたずいた。後は舞台の撤去作業と掃除だけだ。
ああこれで芝居から解放されて、お受験の準備をそろそろ始める夏休みだい。でも体操のクラブは明日から他校との試合が目白押し。むっちゃんはモチ、テニス部の女子キャプテンとしても、女子の最強選手としても我が校の誇りをかけて戦ってもらわなければいけない。美香ちゃんはバレー部の中堅選手として精一杯頑張り、中学時代の思い出を作って欲しい。
「おー、劇は問題なく終わったのか?」
「問題なく終わる予定だったけど、少しね、波乱が起きたのよ。一瞬頭の中が真っ白になったわ」
「へー、一体どんな波乱があったんだ」
「実はね、山岡先生と部員しか知らないと言うか、秘密の事だったんだけど、もう終わった事だから話すね。ばっちゃんが、イザナギ区のばっちゃんだけど、彼女が前にわたしの書いた劇に出たいと言ってた事があったのよ。所が、今度の芝居に女の鬼が一人足りないの。ま、初めは足りなくてもどうって事ないから其の儘にしてたんだけど、わたしがばっちゃんの、どんな役でも良いの、本のちょい役でも良いから出て見たいなって言葉を思い出してしまって、ノイローゼ気味になり、山岡先生に相談したの。先生凄く渋っていたけど、今までのわたしへの恩義があるからと一応了承したってわけ。部員にはもっとずーと後で報告。それはそれで良かったの、何の問題もなく今日の日を迎えたんだ。所が、これでつつがなくばっちゃんの出番が終わると思った時だった」
「何かへまをやらかしたのか?」
「飛んでも八分、へまじゃないのよ、セリフの付け足しよ」
「セリフの付け足し?」
「そう、敦君を捕まえてね、的を得たセリフを言うの。敦君も動ずることなく、それに合ったセリフを言って、事は片付いたけど、私の頭は一瞬真っ白、それに敦君に悪い事したなあと云う罪悪感。でも敦君はまったく気にしてないし、ばっちゃんのセリフのお陰で観客も納得出来たと言うの」
「じゃあ良かったじゃないか。でも敦も舞台の上で突如のアドリブに、平然とアドリブで返すことが出来るなんて凄いなあ、あの敦がねえ」
「本とあれが敦君でなかったら、きっとまごまごしてしまったかも知れない」
「そん時はお前が何とかするだろうとおばあちゃんは考えていたかも知れないね」
「まあ多分、そう考えていたかも知れない、何しろわたしは直ぐ傍にいたから」
「ハハハ、そうだと思うよ」
「で、さあ。何の御用。わたしの劇の話を聞きに来たんじゃないでしょう」
「ご明察。実はさあ、頼まれたんだ、沢口に」
「沢口君に?明日から夏休みだからどこか行こうとか‥ああダメダメ、仮にもわたしは今年中3なんだ、塾に行ったり、わが家で猛勉強したりしなくちゃならないんだ」
「そこの所を何とか空いてる時を見つけてさ、1回だけでも良いからさ、応援に行ってやって欲しいだ」
「え、そう言う事は1年でレギュラーに選ばれたって事?」
「ああそうなんだ。彼奴、お前に応援来て欲しくてさ、必死で練習に励んだからなあ」
「じゃあ、行かない訳には行かないじゃないの。何時が良いかな、この日は塾と重なり合っているから駄目だけど、ここまで勝ってくれれば応援行けるよ」
「うん、じゃあそう伝えておく。彼奴喜ぶよ、きっと」
「武志君は出ないの?」
「ああ、俺ははあいつと違ってまだレギュラーにはなれないから。でも応援には行かなくちゃいけないんだ。でもすぐに負けるから、そしたらあいつの応援行くよ」
「そうね、でも、彼は東京大会で武志君はマガタマ市だから、来年は忙しいな。あ、それから篠原さん、誘っても良い、後で分かったら何と言われるか分からないから」
「うーん、仕方ないだろう。それも付け加えて報告するよ」
「わたしはその他に睦美ちゃんも応援しなければならないわ。それに美香ちゃんもね。美香ちゃんは弱いチームだから応援無用と入ってるけど、これが中学での最後の試合だから、やはり応援行きたいな」
「それに塾もあるんだろう?受験勉強、身が入らないだろう?」
「まあね、でもそう言った物が片付いたら勉強一筋、頑張ります」
「ハハハ、お前らしいよ。俺も頑張ろう。俺さ、少し勉強するの好きになって来たよ」
「え、そう。おばさん喜ぶよ、大学受験、お互いに頑張ろう、少し早いけど」
「そうだな、俺はそうでもないけど、お前には少し早すぎるよ」
「でもさ、一人で頑張るより、わたしと云う相棒が居る方が何となく心強いと思わない?」
「じゃ、そう言う事にしようか、相棒」
「ウフフ、合点だぜ相棒」
わたし達は大きな声で笑った。
沢口君の高校は東京大会で優勝し(篠原女史も一緒に、勿論優勝するまで私に付き合い、最後の試合の時は武志君も合流出来た)睦美ちゃんは中蓮で健太の応援もあり、テニス部を優勝へと導き、バレーの美香は美香なりに第一試合で負けてはしまったけれど、精一杯頑張ったと思う。一方、千鶴は何と国際試合の代表選手の一人として選ばれ、9月には国際試合で外国選手を相手に戦うことが決まった。
みんなそれぞれの場所で頑張り、そして輝いている。わたしも武志君も、敦君も篠原女史もこのクソ暑い夏空の下で勉強や演劇への研究に力を注ぎ、生き抜いて行かなければならないのだ。
続く 次回をお楽しみに