3.遺跡巡り【4】
「おまえの額にあるそれは、痣ではなく、術を込めた…人間の使う印だ。院長が貴様にそこまで気の利いた養育係を付けたのは、むしろ貴様がのうのうと修道院に収まらないように仕向けた可能性もある」
「だが、無理に外に出された訳じゃないぞ。俺が僧になりたいといえば、相応の教育もされたと思う」
「呆れた世間知らずだな、貴様は。もし本当に貴様を自由民のまま、成人後に修道院の外に旅立たせるつもりだったならば、院長が貴様に付けたのはファドレス修道士ではなく、会計士や法律を知る者だったに決まっておろ!」
「なぜ?」
「では聞くが、貴様、自分の荘園の財産管理やら資産運用やらを、したことはあるのかの?」
「いや、ない。修道院で、管理してくれている」
「まるで放蕩息子のようじゃの」
「本当に失礼だな、おまえはっ!」
「なにを言う。本来ならその荘園、貴様が考え、貴様が管理せねばならないシロモノであろうが。それが奪われもせず、資産を減らすどころか、放蕩息子の剣術ごっこをバックアップ出来るほどの金を送ってくれている。貴様自身は、件のファドレス修道士の指導により、修道院の外の世界に憧れを抱き、世界を旅する素養を身に着けた。全部院長の手回しと考えるほうがスジであろ?」
「院長を知る人達は皆、人徳のある立派な人物だったと言っていたぞ。俺は子供だったからあまり覚えていないが…」
「人徳だけで成れるほど、修道院長の椅子はお安くはないぞ。本来なら、洗水の儀式を受けるように誘導もせねばならなかったのだろうが、それこそ "志半ば" で世を去ったのであろうよ」
「それはあくまで、おまえの勘ぐりじゃないか」
「そうだな。だが、古代の知識を持つ儂と巡り合ったことで、おまえはこれらの "憶測" を聞く機会を得た。しかも遺跡を巡って儀式を重ねれば、院長以外の縁者を見つけられる可能性もあるのではないか?」
ただ能力を増やすために行脚をしろと言われた時には、なんの興味も湧かなかったが。
自分の出自が解る可能性を示唆されたことで、マハトの気持ちはかなり傾いた。
修道院での生活は穏やかかつ健康的で、充分な世話や教育を受けることが出来た。
それは恵まれた環境ではあったが、自分がどこの何者なのか全く解らないことは、いつも心の隅に掛かっている。
それから食事が終わるまで、マハトはあれこれと逡巡したが、今回のタクトの誘いには心を惹かれた。
デザートのライチが運ばれてくる頃になって、マハトは改めてその話題に触れた。
「それじゃあ、おまえの言う遺跡巡りとやらをやってみよう。だが、最初に言った通り、俺はおまえの…」
マハトの言葉を、タクトがジェスチャーで "黙れ" と遮る。
「なんなんだ?」
タクトはマハトの問いに答えず、ライチが盛られた器を手にすると、スッと席を立った。
不思議に思いながらマハトがあとを追うと、タクトはそのまま宿の部屋のほうへと進んで行く。
そして、部屋に入ったところで振り返った。
「客が増えて、周囲の席が埋まったのでな。やはり "古代人" だの "遺跡の秘術" だのといった言葉は、人間に聞かせては毒だろう」
「なぜ、そういう話をしてはマズイんだ?」
「そんじょそこらの市民ならば、わざわざ安全な町から出るような思想は持たぬが。一攫千金狙いの冒険者やら、一部の毒まんじゅうのような不穏な輩は、いつどこに居るともしれんからの」
「なるほど。それなら、おまえも人間を人間と呼ぶのは、止めたほうが良いんじゃないのか?」
マハトの意見に、タクトはちょっと驚いたような顔になったあとに、変に納得したような顔をした。
「それはもっともだ。儂もサウルスに言われるようでは、まだまだじゃな」
「本当に失敬な奴だな、おまえは。だがまぁ、しばらくの間は仕方ない、おまえの態度にも慣れるようにしよう」
「しばらく?」
「当然だ。遺跡巡りには同行するが、俺はおまえの契金翼に成るつもりはない。俺とおまえは、しばらくの間だけのただの同行者だ」
「良かろう。だが、おまえがそのように我を通すと言うのなら、儂がおまえを口説くのも儂の勝手ということだな。言っておくが、儂は決しておまえを諦めはしない。覚えておけ」
ソファに座り、皮を剥いたライチを口に放り込みながら、タクトはニカッと笑った。
少々鬱陶しい気もしたが、おかしな下心を隠し持ったまま親切ごかしに同行されるよりはマシだ。
いやむしろそれは、正々堂々と勝負を挑まれたような気にもなって、マハトはそれほど嫌な気分にはならなかった。