2.マハトの生い立ち【1】
「ところでのう、マハト」
「なんだ?」
「貴様、歩くのが早いの。どおりで、シリが良く引き締まっておるはずじゃ」
「いきなり、なんの話だ?」
「単なる称賛であろ」
「それの、どこが?」
「儂が褒めたのだ、称賛に決まっておろ。そんなことよりも、本題じゃ。おまえの旅費は、どこから出ておる?」
唐突な問いに、マハトはちょっと驚いてしまった。
考えてみれば、タクトが付き纏うようになって以来、宿代も食費も全て自分が支払っている。
とはいえそれは、タクトが意図的にたかってきた訳ではない。
性格が大雑把なマハトにとって、会計を細かく分けるのが面倒で、そのまま支払っていただけのことだ。
「この数日見ておったが。貴様、ヘタレに言ったとおり、冒険者組合に登録もしておらぬし、儲け話に耳を貸すでもない。かといってカツカツと金に困っているようにも見えぬ。働いておらぬにの、金に困らぬとは、此は如何に?」
相手がクロスならば、その質問は失礼と口に出せないし、問われたら失敬なと言う案件だ。
だが、マハトはその性格ゆえにほとんど気にもしなかった。
「親から荘園を相続している。管理は修道院がしてくれているので、連絡をすると為替を送って貰えるんだ」
「ほっほっ、親の顔も知らぬ孤児だと言うておったに、急に大した坊っちゃんになったの。はてさて、どういう話か?」
「どういうもこういうも、そのとおりだ。俺は物心つく前に修道院に引き取られた」
「そこな院長が遠縁…とか、言うておったな」
「そうだ。だが、正確にどういう縁戚の者なのか、説明される前に院長が亡くなってしまった」
「ふうむ。なぜ坊主にならなんだ?」
「遠縁の者だからと言って引き取られたが、別に院長と個人的な接点はほとんどなかったからな。跡を継ごうとか、背中を追おうみたいな気持ちにはならなかった」
「遠縁というが、どういう血筋の者なのじゃ?」
「知らん。正確にファミリーツリーのどこにあたるのか、詳しい話を聞く機会が無いままに、院長は亡くなってしまったからな」
「修道院では、さぞ優遇されておったのだろうな?」
「いや、そんなことはない。院長の縁戚だと特別扱いされるのは他の子供たちに良くないし、俺自身も同年代と一緒の方が楽しかった。だから、特別扱いはやめてくれと頼んだ」
「頼んだからと言って、院長が後見人になっておる子供を、孤児たちと一緒くたに扱ってもらえたのかの?」
「副院長はそのことを気にしたようで、俺には身の回りの世話をするために修道士が一人つけられたんだが。そのヒトはむしろ、俺が回りの孤児や見習い修道士たちと馴染めるように、気を配ってくれた。そもそも文字や算学を教わるのに、他の子どもと分ける意味もないからな」
「貴様にとって、後見人の院長より、そちらの修道士の方が父親のようなものだった訳か」
タクトの言葉に、マハトは少し考えた。
「そうだな。言われてみれば、確かにファドレス様は父親のようだった。今、おまえに言われるまで、そんなことを考えたこともなかったが」
「ふうむ。じゃが、そのファドレス様とやらを、件の副院長が貴様に付けてきたのだとしたら、少々道理にあわぬな」
「なにがだ?」
「孤児やら見習いやらと貴様を一緒くたにすることに抵抗があったのは、副院長なのであろ? それが一緒くたを推奨する修道士をつけるとは考えにくい」
「おまえの言う通り、ファドレス様は院長に頼まれたと言っていたと思う」
「それにしても、院長亡き後、よくも修道院が荘園を返したものだな。なんやかやと屁理屈をこねて、取り上げてしまうのが人間の常套手段であろ」
「ファドレス様は平修道士だったが、施療院を取り仕切っていたんだ。そこは世俗の人達も利用していたので、修道院の外にも広い人脈を持っていてな。俺がまだ子供だった時に院長が亡くなったあと、俺のために奔走してくれた」
「なるほど、なるほど。院長とやらは、貴様を守るために打てる手は全て打った…というわけか。うむ、いろいろ納得だな。そんな財産を持っておるなら、確かに働く必要など無い」
タクトの言葉にトゲを感じたが、しかし修道院で一緒に育った者達の言動から、自分が親を失った子供としては特別恵まれた環境にあることは知っていたので、マハトは特になんの反論もしなかった。
「だが、それはそれ。これをおまえにやろう」
タクトが懐から取り出した物は、大粒の赤い宝石が付いた金の耳飾りだった。