1.付き纏う者【1】
マハトは町に入ったところで、一番最初に目についた宿屋に入った。
一日中歩き詰めで疲れ果てており、早く部屋を取って、ゆっくり休みたかったのだ。
街道沿いの小さな町では、宿は宿泊と酒場と食堂を兼ねているのが一般的だ。
まず部屋を確保してから食事をと考えていたマハトは、フロントへ向かおうとした。
「冴えない宿よの」
不意に横へ並んできた人物に声を掛けられ、思わず驚いて飛び退った。
「タクト! なぜまた此処にいる!」
「なにを驚く? 理由は充分承知しておるじゃろ?」
笑顔を浮かべて立っているのは、17〜18歳ぐらいの少女に見える人物だ。
伽羅色の長い髪を結い垂らし、誰が見ても "美しく儚げな少女" にしか見えない姿をしている。
服装もまた、上質な生地で仕立てられたドレス風の上着をふうわりと纏い、上品な婦人用のボトムス、高めのヒールがついたブーツと、外見の印象を引き立てるものだ。
しかし、妙に雅ぶった口調や、超越者を気取る態度はどこかチグハグで、その儚げな容姿とは正反対の中身が垣間見える。
「おまえの誘いはきっぱりと断ったはずだ。俺には修行のほうが大事だし、そもそもジェラートの一件が済むまでの共闘だと、そっちが言ったんじゃないか」
「今更なにをくどくどと…。既に仮契約も済んでおる、さっさと許諾せえ」
「勝手なことばかり言うな! とにかく断る!」
更に追い払うために言葉を続けようとしたマハトだが、そこにフロント係が現れてしまったことで、気勢を制されてしまった。
全く無関係な者を巻き込んで言い争えるような、 "行儀の悪い" 真似が出来る性格ならば良かったのかもしれないが、マハトは良くも悪くも躾が行き届いていたために、そういうことが出来なかったのだ。
そこで馴れ馴れしく口を利いている様子から、連れと見做されてしまったのを訂正も出来ず、マハトは結局いつものように2人用の部屋を頼んでしまった。
「なにはともあれ、まずは腹ごしらえじゃな。このような宿では、部屋に食事を持ってこさせることは出来ぬじゃろうから、そこな酒場で済ませてしまおう」
「なぜおまえが仕切る?」
「仕切ってはおらん。おまえだとて、そのつもりだったのだろ?」
事実、そう考えていたためにマハトは言い返すことが出来ず、言葉に詰まる。
それを了承と受け取ったタクトは、ニヤニヤしながらスッとマハトを回り込んで、酒場へと向かい、カウンターではなく窓際の席を選んで腰を据えた。
「見晴らしが良い…とは言いかねるが、まぁまぁ、良席じゃな」
そんなことを言いながら、テーブルに置かれた簡素なメニューを手に取った。
一連のタクトの行動を恨めしげに見ていたマハトだが、諦めたようにため息を吐き、向かい側の席につく。
実を言えば、この数日はずっとこんな調子の繰り返しだ。
タクトは、人間では無い。
神秘的な超越者を気取った少女にしか見えないが、その正体は神耶族。
その名の通り、神秘的で人間をはるかに超越した存在そのものだった。
前述の "ジェラートの件" で知り合った魔導士のクロス曰く、神耶族とはほぼ不老不死の神にも等しい稀少な存在なのだそうだ。
かくいうタクトも年齢は万を数えるらしいし、儚げな少女の装いが似合いすぎるほど似合うが、その容姿は非常に中性的で、むしろ少女に見えるほど美しい男性という方が正しい気がする。
人間以外のヒトガタをした種族なんて、妖魔化した妖魔以外に存在しないと思っていたマハトにとって、理性を持ったヒトガタ種族の存在なんて驚き以外のなにものでもないのに。
クロスが言うには、ヒトガタ種族には魔力によるヒエラルキーがあり、神耶族はその三角形の頂点に立つ卓越した種族で、人間は裾野の下位種族であり、他のヒトガタ種族と比べて秀でているのは数の多さだけで、故に他種族からは数の多いものと呼ばれているというのだ。
とはいえ、人間社会では人間以外のヒトガタ種族の存在は、おとぎ話に出てくるヒトならざる者と認識されているので、その存在を知らなかったとしても、マハトが特に物知らずという訳ではないのだそうだ。