18.戦いの行方【1】
ドラゴンへの牽制のための攻撃の呪文を詠唱しながら、マハトを保護する陣を空に描く。
それらを同時にこなしながら、向こうの攻撃をかわすのは、かなり骨の折れる作業だ。
それでもクロスは、その難しい課題をこなし続けていた。
アルバーラの失踪は、偽装だった。
ほとほと自分は目先の事にばかり囚われて、裏を読み、その先を読むのが下手だと痛感する。
というかその言葉がそのまま、自分の人生の集大成にすら思えた。
目先の事にばかり囚われて、間接的とはいえアルバーラの欲望に加担した。
その結果、無関係な神耶族を欲の餌食にしてしまうのかと考えた時に「それだけは、絶対に嫌だ!」と思った。
自分がマトモな何かを掴めるチャンスは、きっとこれが最後だ。
クロスはマハトを援護する防御の詠唱をしながら、右手で雷撃と分散を組み合わせた陣を描く。
放った雷撃が、四方に散開して金色の獣を形作る。
雷獣は、床や壁を身軽に走り、ドラゴンの注意を引き付け惑わしながら、取り込ドウォームといった、攻撃が通る箇所で電撃に変わった。
『解っとるなマハ! アレはドラゴンのカタチをしてはいても、本物ではない! 貴様がしっかり仕事をすれば、この儂が彼奴のウロコを叩き割ってくれる! 渾身の力を込めて、背中まで貫くつもりで叩きこむのじゃ!』
「おまえのそれって、本当に人にものを頼んでる態度じゃないなあ」
命令口調で指示をするタクトに、マハトが思わず呆れた声を返す。
『そんなだらけた声を出しおって、ヘマをするでないぞ! この作戦の "キモ" は、貴様の立ち回りに掛かっておるのじゃからな!』
「それは、重々判っている」
タクトが見抜いたマハトの特殊技能は、巫が意図せず呼び出してしまった幻獣族などからの攻撃から身を守るための、特殊耐性である。
それは人間を遥かに上回る相手からの、容赦のない魔法攻撃を去なす能力だ。
故に、アルバーラからの攻撃に対して、本来ならクロスの防御や耐性といったアシスタントは不必要だ。
それを、クロスに無理をさせてまで行使させているのは、マハトがその特殊技能持ちで有ることを、アルバーラに隠すためなのだ。
ドラゴンの上に立つ幻影のアルバーラが、電撃を放ったクロスを憤怒の形相で睨みつけた、その隙をマハトは見逃さなかった。
「やあっ!」
気合一閃、両手で握りしめた長剣を、深々と透晶珠の左下の際に打ち込んだ。
こちらが接近戦に持ち込みたい意図を隠すのが、クロスのアシスタントに拘っていた最大の理由だった。
特殊技能持ちのマハトがアルバーラのウロコにタクトの刃を突き立て、引き裂いて、進退窮まってしまったジェラートを取り戻す。
それがタクトの立てた作戦なのだ。
胸を深く突かれたドラゴンが、咆哮を上げる。
空気がビリビリと振動するその咆哮にも、マハトは動じなかった。
ドラゴンの胴体をがっしりと踏みしめて、左手でジェラートの透晶珠をしっかりと掴む。
『よおしっ! そのまま透晶珠を抉り取るのじゃっ! 儂の魔力は使いきり、二度目は無いと肝に銘じてなっ!』
突き刺さっていた長剣が、厚みのある鎌状へと刃の形に変える。
マハトは掴んでいる柄に力を込めて、その片刃をグイと動かした。
「私の邪魔をするなぁあああっ!」
激しい咆哮を上げながら、ドラゴンが鋭く硬い爪の生えた両腕でマハトの肩を掴む。
鋼の肩当も貫いて、ドラゴンの爪がマハトの肩に食い込んだ。
それでもマハトは剣に込めた力を緩めようとしないので、ドラゴンはマハトを引き剥がさんと、めきめき力を増してくる。
マハトの肩の辺りから、骨が軋むような鈍く不穏な音がした。
「オマエの相手は、俺だろうっ!」
クロスの描いた陣から、青白いオーラを纏ったスノーバードが飛び立った。