17.ライヴァル【5】
禁書とされる古文書を読める立場にあったクロスは、研究考察を行う魔導士たちが、自分の論文を考察している間に、既に神耶族の存在を確信していた。
だがそれは、同じ資料を見られる立場にあったアルバーラも同様だった。
憎しみと怒りの矛先をクロスに向けたアルバーラは、セオロの知識に頼りつつも、自分でも古文書の解読を進めていた。
とにかくクロスに一泡吹かせてやりたい。
そのためには、クロスが憧れている神耶族を、自分が手に入れたい。
そして、伝説のフィルギア王のように神耶族を隷属させて、クロスが悔しさに地団駄を踏むさまを眺めたい。
最初はそう考えた。
けれど、古文書の解読が進むに連れ、宴の食卓の術を知った。
神耶族を手に入れれば、世界を手に入れられるかもしれないが。
脆弱な人間を相手にするなら、神耶族ほどの強大なチカラがなくとも、制圧することは可能だ。
既に自分の魔力だけで、持たざる者など取るに足らないのだから、後は同業者たる魔導士の頂点に立つことさえ出来れば良い。
ならば、神耶族入手より手っ取り早く、宴の食卓によって人間を超越したチカラを手に入れてしまおう。
「私を捨てた親、私を穢した持たざる者たち、この世界全てを踏み潰してやる! そして最後に、あのヘタレなクロスの眼の前で、あいつが何より尊んでいる神耶族をも貶めて、あいつの理想の世界をぶち壊してやる!」
そのためにまず、毒耐性の特殊技能を持つ獣人族として、蛇人族にターゲットを絞り、街なかで見つけた者を甘言で誘って宴の食卓の餌食とした。
人間と大差ない能力値と言われていたが、何もせずに自身の能力値が目に見えて上がったことに、アルバーラは勝利を確信した。
忠誠心が薄く利のない弟子や、街で見かけて口先三寸で騙した獣人族など、契約を交わした相手を餌食にすることで、いろんな知識を得た。
満を持して、下級の幻獣族を取り込んだ時は、得られた能力値の大きさに歓喜したが、徐々に体が変容し始める。
それは少々予想外の、正直望まぬ結果であったが、既に自身の姿は常に幻像術で別物を投影している。
だが油断は禁物だと考えたアルバーラは、それから表に出ることを極力控えた。
獣人族たちの持つ、人間の知らない知識のおかげで、アルバーラは誰よりも早く神耶族の情報を得ることが出来た。
このチャンスを逃してはならない。
そこでアルバーラは、初めて側近の四人の弟子に神耶族の存在が伝説ではないことを話した。
先に話せば、彼らが容易に裏切ることを考えて、ギリギリまで内緒にしてあったのだ。
そして弟子たちを使って罠を仕掛け、守護者の核化に成功した。
だが、自分を踏みつけにした者や、クロスに絶望を味合わせるためには、魔導組合の枠組みやら、些末な表の顔のための取り繕いなどに縛られてなどいられない。
そのために、自分の死を偽装した。
自分がいなくなれば、アンリーとルミギリスは必ず裏切って、自分が神耶族を手に入れようと動くことも、もちろんアルバーラの計画の内だった。
失踪を偽装したところで、セオロを宴の食卓の餌食にする。
そうしてセオロのフリをして、アルバーラは時が来るのを待っていた。
宴の食卓によって、人間のレベルを遥かに凌駕した魔力と、各種の幻獣族の特殊技能を備えた今の自分ならば、クロスの能力の全てに勝っている。
出来ることなら契金翼と成り、更に神耶族を従属させた姿を見せつけてやりたいと思っていた。
だが既に神耶族は我が手中に収まり、必死になって取り戻そうと無駄な努力をして後悔にまみれているクロスを踏み潰すことで、溜飲を下げてやろう。
ひときわ大きな咆哮を上げ、ドラゴンはその標的をクロスへと定めた。