13.一番弟子【2】
「なんだ?」
「まずいよクロスさん。思い出したんだけど、この屋敷の床下に、師匠は土蜘蛛を飼ってたんだ」
「ええっ虫っ!? 勘弁してよ!」
「蜘蛛は虫じゃありませんよ」
「同じだよ! どうせ足が三本以上あるんだろ!」
「今問題なのは足の数じゃなくて、大きさのほうじゃないかな…」
セオロの言葉がおわらぬうちに、クロスの直ぐ傍の土の中から、毛むくじゃらで鋭い爪の生えた蜘蛛の前脚が飛び出してきた。
「わああっ!」
クロスが慌てて飛び退く。
前脚に続いて、薄暗い穴の中でもギラギラしている複数の目が現れ、土蜘蛛の全容が姿を現す。
「うっわ…、マジ無理!」
二つの大きな正面の目は、クロスの胸辺りの高さにあり、それに応じて全体も普通の蜘蛛からは想像を絶する大きさだった。
全身が針金のような細かい体毛に覆われていて、八本の脚それぞれに、鋭利で大きな爪が付いている。
土から出てきた時も静かだったが、動きにまるで音が無く、威嚇音も出さないが、むしろその静かな威嚇がなおさら不気味だ。
なんの予告もなく、蜘蛛が跳ねた。
「わ~っ!」
柱に取り付いた蜘蛛は、柱から柱へと飛び移っていく。
素早い動作で立体的に移動しながら、八つの目が忙しなく動く様が、更にクロスを怖気させた。
「ああいやだいやだ! なんでアイツらってそーいう動きするかなぁ! スッゲェびびるから、マジやめてほしい!」
「クロスさん! 愚痴たれてるヒマはありませんよ!」
予想出来ない方向へ飛び移りながら、蜘蛛は真っ白で粘着性のある糸を吐き付けてきた。
「やだやだやだやだ!」
糸はフワフワと宙を漂いつつ落ちてくるものと、速度を持って打ち込まれてくるものがあり、更に本体が柱から柱へと素早く移動することで、さほどの広さもない場所で次第にクロスを追いつめてくる。
「クロスさん!」
「ホント、忠実な使い魔だね~。アルバーラの失踪後は、ずっと放置にされてたんだろうに、俺にロックオンして絶対外さないって、凄すぎでしょ…」
クロスは蜘蛛の動きも、張り巡らされた罠も、落ちてくる糸にも構わずに、落ちた穴の真下に立って溜息を吐いた。
それから顔をスッと上げて、おもむろに拳を握りしめた左手を真上に向かって伸ばす。
蜘蛛が柱から柱に飛び移り、丁度クロスの頭上を横切った瞬間、握っていた左手を大きく開いた。
左手の掌から、空に向かってきらめきながら陣が浮き上がる。
柱の陰から様子を見ていたセオロは、驚愕していた。
「いつのまに…!」
クロスは穴の中央に立ってから、指先で術式を空に描くような所作はしていなかった。
事前に何らかの術式が描かれていたならば、玄関でドアノブを引っ張っていた時に見えたはずだ。
眼の前の、高く掲げ開いた掌にはそれらしい魔道具もない。
ということは、クロスが穴に落ちてからそこに立つまでの間に、印を刻んでいたとしか思えない。
放たれた雷撃は、最初は光る円が回っているだけだったが、次第に大きさを増していき、蜘蛛の網を上回る網目状の稲妻となって地下の天井を覆った。