5：神にも等しい種族【２】
『見聞きしたことは、絶対に他言無用ぞ！』
「もちろんだ。この一件が終わったあとは、聞いた事情を他の誰かに話したりしないと誓う」
片手を上げて宣誓するマハトに、クロスも同意を示して同じポーズで頷いた。
「とりあえず訊ねたいんだが、先刻の二人の言い争いに出てきた、神耶族というのはなんなんだ？」
「マハさん、ヒトならざる者の寵愛を得ることが出来たら、不老不死の秘術が手に入る…みたいなおとぎ話って、聞いたコトない？」
「俺は修道院で育ったから、おとぎ話のような空想混じりの話は、殆ど聞かされたことが無いんだが。ではこの水晶がタクトで、不老不死の秘術を授けてくれる器物なのか？」
『誰が器物かっ、この石頭のサウルスめがっ！ そも、神耶族とその他のものを、ヒトならざる者などという言葉で十把一絡にするでないわ！』
マハトは、全く意味が解らないといった顔で、首を傾げている。
「ええっと…。おとぎ話を引き合いに出したのは、知ってたら解りやすいと思ったから…なんだけど。タクトはヒトならざる者じゃなくて、神耶族って種族で、今はそんなまんまるの水晶みたくなってるけど、本来はヒトガタをしているはずなんだ」
「いや、待ってくれ。それじゃあまるで、この世界に人間以外のヒトガタの種族が存在しているみたいじゃないか？」
「みたいじゃなくて、してるんだよ」
「いや…、いやいやいや、待ってくれ」
マハトは頭を振った。
「俺は今まで生きてきて、そんな話は聞いたことも無いんだが」
「そうだろうね」
「落ち着き払って、肯定してるが…俺を騙そうとしているのか？」
「まさか、違うよ。まぁ、人間の常識では、ヒトガタ…つまり二足歩行をするイキモノは、人間の他は妖魔化した妖魔以外に存在しない…みたくなってるけど、実際に人間以外のヒトガタをした種族は存在するんだよ」
「おとぎ話ではなく、実在していると…？ だが、タクトは先刻一緒くたにするなと言っていたが、他にもいるのか？」
「もちろん」
修道院育ちであれば、特にこの話は信じがたいだろう。
さっぱり意味が解らないといった感じで、マハトは首を傾げている。
「なぜ俺は、他種族の存在を知らないんだ？ 確かにいまだ若輩だとは思うが、それにしたって…」
「他の種族は人間…いや、人間は自分たちを迫害するって知ってるから…」
「なぜ、わざわざ "ふぉるく" と言い換えたんだ？」
「そもそも人間のほうが正しい…と言うか、他種族は人間を人間って呼んでいるんだよ。人間は、簡単に言うと "自称" だから」
「なぜ、わざわざ違う呼び名にしてるんだ？」
『人間が傲慢なイキモノだからに決まっておろう』
タクトが、鼻であしらうような、やや見下したような声音で言った。
「傲慢が、なんの関係があるんだ？」
「リオンは古代語で "頂点に立つ者" って意味なんだよ」
『ちなみにフォルクは "数が多い" だ』
「そんなに多いのか？」
「他のヒトガタ種族全部と、人間の人口を比較すると、人間のほうが多いんじゃないかな。そこも人間の偏見が強くなる理由の一つなんだろうけど」
マハトは溜息を吐いた。
頂点に立つ者と言う古代語と同じ音の名称が付いているのは、この様子からすると偶然では無いのだろう。
ならばタクトの皮肉は、当然の言葉だと思った。
「それは誰もが知っておくべき知識…じゃないのか？」
「どーかなぁ？ 俺は知らないほうが良いと思う派だから…」
「なぜ？」
「世界のヒエラルキーの基準になるのは、魔力の大きさだからさ。つまり、人間は下の方の種族なんだよ？ 実生活に直接関係がナイなら、そんな話わざわざ知る必要ないじゃん」
「そうか…、人間は持たざる者の方が多いし、魔力で比較をされたらどうしてもそうなるな…」
なるほどと感心したようにうなずくマハトに、しかしクロスは心のなかで嘆息する。
実を言えば、持たざる者なんて世界に存在していない。
魔素が存在する以上、全ての生き物は常に魔気にさらされているようなものだ。
それから身を守る程度に、全ての生き物は魔力を備えている。
だが、そういった知識は一般的に広まっていない。
人間の歴史の中で、魔力は忌み嫌われているが故に、そんな "素養" 程度のものですら、持っていることを認めようとしないのが、人間の種族的な特徴なのだ。
マハトのような素直な者ならば、言葉を尽くして説明すれば納得するかもしれないが。
ここでそれに使える時間は無い…と、クロスは判断したのである。
