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イルン幻想譚  作者: RU
追われる少年
33/122

1:失業した男【3】

「助かった」


 ハッとして顔を上げると、煙の向こう側から戦士(フェディン)が現れる。


「あの…キミ、怪我は?」

「ああ、うん。結構やられたが、深く噛まれる前に(じゅつ)が炸裂してくれたおかげで、ありがたいことにかすり傷ばかりだ」


 確かに、肌が(あら)わになっている部分に引っかき傷や噛み傷があるが、それも少々血が滲んでいる程度で、さほどの流血すらしていない。

 彼の(ひたい)にぼんやりと痣のようなものが見えた気がしたが、よくみれば黒煙(こくえん)で少し汚れているだけのようだ。

 服や鎧に少々の焦げはあるし、焼け焦げたボスや周囲の樹木にも炎の痕跡はあるが、戦士(フェディン)の肌に火傷は見受けられなかった。

 炎は運良く、彼の肌まで届かなかったのだろうか?


「俺、回復(ヒール)は苦手なんで。これ、よかったら使って」

「やあ、済まないありがとう」


 クロスが合切袋から傷に効く軟膏を取り出すと、戦士(フェディン)は礼を言ってそれを受け取る。

 少々の疑問は残るが、とにかく戦士(フェディン)が無事だったのならば結果オーライだったと、クロスは胸をなでおろした。

 (そば)に立った戦士(フェディン)は、落ち着いた物腰だが、クロスより一回りほど若い。

 革鎧に見えたのは、彼の引き締まった体が汗に濡れ、黒っぽいシャツがピッタリと張り付いた筋肉の所為で、実際の防具は革製の肩当てとナックルガードのみだ。

 日に焼けた健康的な肌色に、くっきりした目鼻立ちをしたかなりの美男子である。

 身につけている物も決して粗末な品でなく、シンプルな装備だが手入れも行き届いていて、なんとなくだが(かね)に困っていない印象だ。

 出で立ちも顔面も見劣りする自分とは雲泥の差で、ついまじまじと上から下まで観察してしまったが、こちらのそんな視線を、好男子の余裕なのかまるで気にする(ふう)でもない。


「この軟膏は、すごいな。塗ると血止めをするのは見かけるが、痛みまでひくのは初めてだ。便利だな、どこで買ったんだ?」

「行商人からだよ。"隠者の秘薬" って言うんだけど、入手の難しい妙薬なんだ」

「なかなかいいな、助かった。…あ、そうだ!」


 戦士(フェディン)は、軟膏をクロスに返したところで、ハッと思い出したように背後の木立に振り返った。


「おーい、もう大丈夫だ、出ておいで」

「お連れさんが?」

「いや、俺の連れじゃない」


 いくら呼んでも(だれ)も姿を現さないので、戦士(フェディン)は樹木の向こうに回った。

 木立の向こうから、戦士(フェディン)に手を引かれて出てきたのは、幼い少年とローティーン位の少女である。


「抜け道を歩いていたら、偶然、獣が子供を取り囲んでいるところに出会したんだ」


 クロスの前に、戦士(フェディン)と少年が並ぶ。


「え…、あれ? この子…だけ?」

「ああ。俺も大人がいないのを不思議に思ったんだが、まずは獣を追い払うほうが先だったからな。さて、キミはどこからきたんだ?」


 その様子から、戦士(フェディン)はそこに "少年しかいない" ことが当然といった態度だ。

 クロスはキョロキョロと辺りを見回したが、少女の姿はどこにもない。


「…え、調和の緑(ウェントス)?」


 改めて少年の顔を見たクロスは、思わずそう呟いていた。


「ん? この子を知っているのか?」

「ううん! 綺麗な瞳をしてるって言っただけ」


 戦士(フェディン)の問いに、彼が "調和の緑(ウェントス)" を知らないのだと気付いたクロスは、適当なことを言って誤魔化した。

 調和の緑(ウェントス)とは、六柱の精霊族(エレメンツ)のうち、風を象徴する薫風(ウェントル)の恵みを与えられた(もの)に顕現する恩恵の瞳(アストーガ)の一つだ。

 非常に強力な魔力(ガルドル)を備えた(もの)の瞳に顕現される恩恵の瞳(アストーガ)は、魔導士(セイドラー)の間では常識だが、魔力(ガルドル)を毛嫌いする持たざる者(ノーマル)にはあまり知られていない。

 知られれば、その瞳を持つ(もの)が迫害されるのが目に見えているので、知らない(もの)には教えないのも、魔導士(セイドラー)達の暗黙の了解なのだ。


「うーん、口がきけないのだろうか?」


 口元をキュッと引き結んだまま、少年はクロスと戦士(フェディン)を交互に見るだけだ。

 上等な子供服に、荷物はきらびやかな装飾を施された、宝飾品の様な短剣のみ。

 色白で子供らしい幼い顔をしているが、目鼻立ちは整っていて綺麗だ。


「服装は良いし、あんまり汚れたりやつれたりもしてないね。裕福なキャラバンの隊列からはぐれたとか?」


 クロスはもう一度、辺りを見回して少女の姿を探したが、少年と一緒にいたはずの、髪が長くて綺羅びやかな服装をした少女の姿は、どこにも見当(みあ)たらない。

 そもそもあの少女は、木立の陰から出てきた時から儚げ…というか、存在感が希薄だった。

 だが今となっては、本当に人が居たのかどうかも自信が無い。

 しかもクロスが、もう一度少年の顔を見ると瞳は漆黒だ。

 先刻は翠光輝石(グロンスヴァリン)のような、()に透けた木の葉の緑色だと思ったのだが、こちらも現実だったのかどうかは判らない。

 少年は可愛いし、少女は綺麗だったが、クロスは背筋が寒くなった。


「あの…あのさ! と、とにかくここから移動しない?」


 返事をしない少年になおも質問を続けようとしている戦士(フェディン)に、クロスは声をかけた。


「そうだな。そろそろ夕暮れになる、こんな場所は(だれ)にとっても物騒だな」


 クロスの言葉に、戦士(フェディン)も頷いた。

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