12.死が二人を分かつまで
窓から差し込む明るい日差しで、マハトは目を覚ました。
昨夜は……食事の途中辺りから、記憶が無い。
ぼんやりと周りを見回したマハトは、隣のベッドには使われた様子が無く、部屋に美貌の神耶族の姿が見えず、それと同時に、風呂場から音がするのに気付いた。
バンッと扉が開き、腰にタオルを巻いただけの格好でタクトが浴室から戻ってくる。
「ようやくお目覚めか? ならばおまえも風呂を使うが良い。体がしんどいようならば、出発は昼過ぎまでのばせるぞ」
「そんなことをする必要は無いし、出発もいつも通りで…う、わっ」
起き上がってベッドから降りようとしたのだが、起きた体勢がガクッと崩れて、マハトはまたベッドに倒れ込んだ。
まるで腰が抜けたようになっていて、足腰に力が入らない。
「なんだ、これは……身体が変だ」
「おまえは、なにもかもが初めてだったようじゃな」
「なんのことだ? なにが初めてだ?」
タクトは歩み寄ってくると、マハトの脇にペタリと座った。
そして妙に真剣な目つきになって、仰向けになっているマハトに、顔を近づけてくる。
「マハト、昨夜、儂が教えた言葉を覚えておるか?」
「言葉? グラタン?」
「違う」
「パスタ? ミード?」
「見事に食べ物のことしか頭に無いとは……おまえは本当に残念サウルスじゃの」
「他になんかあったか…? あ、そういえば…」
マハトが最初の一音を声に出すか出さないかのところで、タクトの人差し指で口を塞がれた。
そして妙に真剣だったタクトの目つきが、完全に笑んだものに変わる。
「ふふふ、これで完璧に完了じゃの」
タクトは軽やかにベッドから降りると、鼻歌を歌いながらドレッサーのほうへ移動していく。
「完璧…って、何のことだ?」
「おまえが儂の契金翼になるための、全ての儀式が完全に終了したと言ったのじゃ」
「はあ!? 俺はそんなことした覚えはないぞ!」
「おまえは、儂の真名を覚えているではないか。良いか? その名は決して口にしてはならんぞ。絶対の秘密だ」
「おまえの名前なんか聞いた覚えは無い! おまえは俺を酔っ払わせて、いい加減なことを言ってるんだろう!」
「酒はおまえが進んで呑んだのだ、儂が無理に呑ませてはおらん」
「いや…、無理矢理では無かったが…。だが…っ」
「酔ったおまえを、儂が親切丁寧に介抱してやったのじゃ。すっかり気持ちが良くなったおまえが、儂に縋り付いてきたので、魄融術を交わしてやったのだぞ」
「いくら酔ってたって、おまえに頼みごとなんかするものか! なあ、おい、契金翼になったなんて、そんなの嘘だろう!?」
「嘘ではない。疑うならば、本気の力比べをしてやろう。儂は決して、おまえに勝てぬだろうなあ」
契金翼になった者の能力値が、主人の神耶族を上回るのは、クロスの様子を見て知っている。
だがマハトは契金翼になんかされたくないのだ。
なんとか言い返そうとして、昨夜の出来事を思い出そうとした。
最初はふわふわしていて、すごく気分が良かった…ような気がする。
だがそれからあとのことは、薄ぼんやりとしていて、具体的なことは何も思い出せない。
どこでそんな、重要な契約をしてしまったのだろうか?
「やっぱり、酒は毒だ…」
どうしても掘り起こせない記憶に狼狽えて、マハトは思わず呟いた。
「この絆は、儂かおまえ、どちらかが死ぬまで続く。おまえはもう、儂の契金翼なのだ。末永く仲良くしようではないか」
「嫌だ! こんなの絶対に詐欺だ!」
マハトが何を言っても、鏡に映るタクトの顔は、悪魔のように笑っているだけだ。
契金翼になんかなりたくなかった。
だからといって、いきなりタクトを絞め殺すなんてことは、マハトには出来そうもない。
すっぽりと抜け落ちてしまった記憶に対する不安と、この先ずっとこの面倒な神耶族と同行しなければならない事実に、マハトは酷い頭痛に襲われたのだった。
*迷惑な同行者:おわり*