10.落とし穴【1】
しばらくすると、マハトがフォークを置いて、呟くように言った。
「なんだろう…部屋がぐるぐるしている…」
マハトはテーブルに肘をついたまま、視線を泳がせていた。
「酔ったのではないか? ほれ、無理せず横になれ」
タクトは即座に立ち上がり、マハトを支える。
「……あー、すまん」
ふらつきながら体を預けるマハトに、タクトは冷静な顔を保ちながらも、目元が微かに笑んでいた。
「想像以上に飲ませ過ぎたかもしれぬな。グラス半分で酔わせられると思うておったのに」
「何を言ってる……?」
額をおさえよろめくマハトを、タクトは易々とベッドへ運んだ。
体を横たえたところで、マハトはまるで頭の中が膨張するような感覚に襲われる。
「天井がぐるぐるしてるぞ……」
「では、目を閉じるが良い。これで少しは楽になるじゃろう」
そう言いながらタクトはマハトの額に自分の指先をそっと当てた。彼の熱を帯びた肌に対し、タクトの指はひんやりと冷たかった。
「どうじゃ?」
「少し、スッとした…」
床と天井の区別もなくなりかけていたマハトだったが、タクトに触れられたことで、上下の区別がつくようになった。
「これはどうじゃ?」
タクトは、マハトの額に自分の唇を寄せる。
「ああ……こんなことが……前にもあった…」
「そうだ、思い出せ。おまえは既に、儂の物なのじゃからな」
「なんだか…すごく眠い」
「馬鹿者、寝るにはまだ早いわ」
酔ったマハトをベッドに横たえ、タクトは顔がニヤけてしまうのが止められなかった。
神耶族の性質は、個人差はあるが基本的に非常に偏っている。
それは、全員がリーダーシップを取れる能力があるが、誰かに従う能力には欠ける…もしくは協調性が無いとも言えた。
個人主義という言葉で覆っているが、その苛烈な性質ゆえに同族で集落を形成することが出来ず、社会性に欠ける。
しかしその反面、神耶族は人間と大差無い精神をしていた。
と言っても、独裁者や覇王になりたがるような傾向はなく、自由気ままに何にもしばられないことを望む。
ではなにが "大差無い" のかと言えば、それはつまり孤独に対する耐性がさほど高くないという点だ。
マハトに語った通り、能力値の高さゆえに衣食住に困ることもなく、傍に精霊族が出現したとしても、即座に影響は受けない。
他種族から狙われる点を考えれば、神耶族は他と関わること無く、どこかの秘境に引きこもっているのが安全だろう。
だが、その環境に耐えられる精神を、彼らは持っていないのだ。
故に契眷属を侍らせ、強く惹きつけ合う相手を契金翼へと成し、己の元へと縛り付ける。
神耶族が契金翼を、掌中の珠と呼ぶのはそれ故だ。
そのために神耶族は、自身の全てを契金翼に与える。
与えられた契金翼は、主の神耶族を超える能力値を得る。
簡単な比較だけで言えば、契金翼はいつでも主を下剋上出来るだけのチカラを持つのだ。