9.美食の駆け引き【3】
何のボトルか分からぬように、注ぎ口以外はわざと紙に包んだままで、中身をグラスに注ぐ。
少し黄色味がかった液体は、とぽとぽと小気味の良い音をさせてグラスに落ちた。
渡されたグラスを鼻先に持っていったマハトは、顔を顰める。
「酒じゃないか」
「何の酒か、当ててみよ」
「知るものか、俺は、酒は飲まん」
「なぜおまえは、酒を飲まぬ?」
「あまり強くないし、美味いとも思わないからだ」
「では、別の勝負をしようかの」
「勝負?」
「この酒が、美味いか不味いかの判定勝負だ。判定を下すのは、おまえに任せよう」
「酒には強くないと言っただろ」
「味見の一口で卒倒するのか?」
「そこまでは弱くないが…」
「ならば、舐める程度の味見ならば出来るであろ? 儂はハズレは引かぬと言った。つまり儂は、この酒が美味いと言っておる。じゃが、おまえは酒など美味いわけが無いと言う。さて、判定はどっちだ?」
マハトはテーブルに戻していたグラスを、もう一度手にした。
そして飲む前から、既に渋そうな顔をしながら、ほんの少しだけグラスの中身を舐める。
生え揃った眉が、驚いたように上がった。
「どうだ?」
タクトは、既にニヤニヤと勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
その表情にはうんざりしたが、マハトの性格的に嘘は吐けなかった。
「美味い…」
「では、この勝負は儂の勝ちじゃな!」
「ああ、本当に美味い…。これは、なんだ?」
「ミードという酒じゃ。蜂蜜から作られておる」
「蜂蜜から酒なんか作れるのか?」
「うむ。ワインが普及し、蜂蜜を得るよりぶどうを栽培する方が手軽になってしまったからか、近年は生産量が減っておるがな。では次は、この煮込みの料理に入っている根菜についてだが…」
食卓の上の豪華な料理は、どれも非常に美味だった。
タクトが語る料理のうんちくもまた、一方的な自慢話ではなく、謎かけや当てっこといった遊び心が満載だ。
嫌気が差すどころか、マハトの興味を自然と引きつけて離さない。
料理を冷ましてダメにすることもなく、気づけばタクトの話術にすっかり引き込まれてしまった。
だからマハトは、その間に、自分のグラスにさりげなく酒が継ぎ足されていることに、全く気付かないままだった。