8.緑の宝石【2】
店内は落ち着いた雰囲気で、高価な品が見やすくディスプレイされている。
宝飾品にさほど興味のないマハトでさえも目を引かれるような、高価な品が並んでいる。
一見すると無防備に見えるが、この様子では店かもしくは商品棚に防犯のための魔道具が仕込んであるのだろう。
だが、そうした道具の気配を感じさせない、品の良さだ。
マハトは耳飾りをさっさと換金しようと、歩みを進めた。
しかし、途中でふと足を止める。
そこには、美しい緑色をした宝石が置かれていた。
一瞬、タクトの瞳を思い浮かべたが、すぐさま「あいつの瞳は、もっと深い猫の目のようなグリーンだな」と思い直す。
「そちらの商品が、ご希望ですか?」
「いや、俺はこれを換金したいだけなんだ…」
マハトが差し出した耳飾りを見て、店員は微笑んだ。
「査定をしている間、店内をごゆっくりごらんください」
店員は耳飾りを奥へ持っていき、しばらくすると戻ってきた。
マハトが変わらず先程の宝石を眺めていることに気付き、店員は声を掛けてくる。
「やはり、お気になりますか?」
「これは、なんという宝石ですか?」
「光輝石ですよ」
「それは、気量計に使う?」
「はい。同じものです」
「俺はてっきり、道具だと思っていたんだが、宝石なのか?」
「はい。光輝石は、魔力に反応して色が変わります。こちらの翠光輝石は、トレントが出現した森で見つかった一品でございます」
店員が言うには、光輝石はより強い魔力に晒されることで色が変わるため、人間の暮らす町中で色が変わることはないらしい。
下級とはいえ幻獣族であるトレントの、その魔力に比肩出来る人間などいない…という訳だ。
「だが、俺は旅をしていて、幻獣族の討伐などにも参加することがある。そういう場合は、色が変わることがあるのか?」
「可能性はございます」
マハトが困ったように眉を寄せると、店員はニッコリ笑い、カウンターへ案内した。
「よろしければ、こちらをご覧ください」
店員が後ろの棚から取り出したのは、まさに猫の目のような深い緑色の美しい宝石だった。
「これは?」
「翠玉でございます。あちらの翠光輝石にもまさる逸品で、色も美しく、傷も曇りもない高品質の品物ですよ」
「先刻の耳飾りと、この宝石を交換できるだろうか?」
「耳飾りは地金も上等なものですので、交換は十分可能です。ですがこのエメラルドを宝飾品に仕立てるなら、差額分の費用が掛かります。費用は、選ばれる金属やデザインで変わりますが、当店の職人は間違いのない品にお仕立て致しますよ」
少し考えてから、マハトは口を開いた。
「いや、今は、このまま宝石だけを買わせてくれ」
「かしこまりました」
店員は深々と頭を下げ、エメラルドが傷つかないように、小さなケースに入れてから手渡してくれた。
店を出たマハトは、足早に通りを進む。
店員に「宝飾品に仕立てる」ことを勧められた時に、マハトは一瞬、それを頼もうかと思った。
だが、何に仕立てるかを考えたところで、思考が止まってしまったのだ。
タクトは、確かにキラキラした宝飾品を常に身に着けている。
だが、具体的にどんなものを? と考えると、全く覚えていない。
宝飾品になど無頓着なマハトは、タクトの好みなど察することすら出来ないのだ。
思い返せば、件の耳飾りを渡してきた時も「赤は似合わない」と言っていた。
タクトの瞳に似た緑の宝石なら、似合うかもしれないと思ったが。
それを指輪に仕立てたとして、タクトは喜ぶのだろうか?
そう考えた途端に、マハトの気持ちはしぼんでしまった。
更に自分は、耳飾りを換金するだけのつもりで店に入ったのに、予定以上に時間が掛かってしまった。
タクトは既に買い物を終えて、イライラしながらマハトを探しているかもしれない。
その考えが頭をよぎると、急激に焦る。
ただ換金するだけのはずが、気になる宝石が目に止まり、挙げ句に宝石を買ってそれをどうするかまで悩む羽目になるとは、思いもしなかった。
考えることが多すぎて、マハトは自分がパンクしそうだと感じた。
結局、宝石をどうするかの結論も出ないまま、マハトはタクトと待ち合わせていた場所に戻った。
するとタクトはまだ店内にいて、何事もなく合流出来たことだけが、幸いだった。