8.緑の宝石【1】
街道を行き交う人々は、まずタクトの麗しい容姿に目を奪われる。
そして次に、隣を歩くマハトを見て不思議そうな顔をする。
仕方がない、なにしろマハトはびしょ濡れなのだ。
今は「濡れた服を着て歩いている男」くらいになっているが、歩き始めた頃は、全身からポタポタ雫を垂らしていて、まるで "服を着たまま泳いできた" みたいだった。
炎や雷が降ってきて、最後にたっぷりと水をかぶる。
それが解っているのだから、濡れて困る衣服は儀式の前に脱げばいいのでは? と思ったが。
ところが、いざ禊鎧場の前で服を脱ごうとすると、どうしてもためらいが生じる。
それは、あの杣小屋での一件以降、マハトはタクトの前で肌を露わにすることに抵抗が出来てしまったからだ。
そもそもあの時のやりとりからして、マハトにとっては屈辱だった。
荒くれ者の冒険者が集まる酒場に、働き始めたばかりの若い娘が、下世話なジョークの真意を理解した時…みたいな反応しか返せなかったことが、ずっと心に引っかかっている。
ならいっそ、すっぱりと脱いでしまえば良いのでは? と思うのだが、どうしてもその踏ん切りがつかない。
だから今も、濡れた服を着て歩いている。
「おい、マハト。貧相な宿の飯が意外に美味いか、見かけ通りに箸にも棒にもかからないかの賭博には、そろそろ飽いたぞよ」
町に入ったところで、タクトが言った。
「じゃあ、どうしろと言うんだ?」
「今夜の宿は儂が選ぶ。それに代金も儂持ちじゃ。たまには贅沢をせい」
タクトが何を考えているのか常に解らないマハトは、返事に迷った。
「おまえが清貧の誓いを立てているなら、無理にとは言わんが」
今時は聖職者でも、そんな戒律を護っている者は少なくなっている。
タクトは、その身なりや使っている物を見るにつけ贅沢好みだし、今までは上等な宿を使っていたのだろうと想像できる。
強引にマハトと同道することになったことを、少しでも慮って今まで安宿に付き合っていたのだとしたら、たまには譲ることも必要か…? とも思う。
「いいだろう。今日はおまえの好きな宿を選べ」
「よし!」
マハトが頷くと、タクトはマハトの予想以上に喜んだ。
「ちょっと情報を仕入れてくる。ぬしはそこで、待っておれ」
スキップでもするような軽やかな足取りで、タクトは傍にあった食料品店に入っていった。
あんなに喜ぶとは、マハトが思っていたよりも、安宿はタクトにはストレスだったのかもしれない。
もっと早くタクトの好みにも気を払うべきだったな…などと考えながら、ぼんやりと視線を泳がせると、ふと宝飾店があることに気付いた。
そういえばタクトが渡してきた耳飾りを、換金しないままだったことを思い出す。
ちらっと食料品店の中を見ると、タクトは店の夫人らしき人と話し込んでいる。
買い物にはまだ時間がかかりそうだ。
マハトは宝飾品店へと足を向けた。