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イルン幻想譚  作者: RU
剣闘士の男
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5:アークの憂鬱(4)

 ドラゴンが島に巣食った直後は、湖はそれほど危険な場所では無かった。

 しかし大きな魔力(ガルドル)は、それを持つ(もの)が周辺への影響をコントロールせずにおくと、魔障(ガルドリング)を起こす。

 強大な存在であるドラゴンは当然のように魔力(ガルドル)も大きいのだが、幻獣族(ファンタズマ)は敢えて周辺を魔障(ガルドリング)させ、妖魔化(ガルドナイズ)した生き物を自身の傘下(ファミリア)へと引き込む本能を持つ。

 その結果、湖は妖魔(モンスター)の巣窟へと変貌した。


 そんな場所にある麓の町が魔障(ガルドリング)されていないのは、町に降りた時に相談を持ちかけられたので、アークが魔障(ガルドリング)を防ぐ(ヘンジ)を主要な場所に刻みつけたからだ。

 それは町の人々を守ってやりたいと思ったからではなく、ただアークが人恋しい時に人の気配を感じるために、麓の町が無くなっては不便だと思ったからだった。

 アークの実力を持ってすれば、魔障(ガルドリング)を完全に防ぐ…どころか、指先一つでドラゴンを島に封じ込める事すら可能だったが、それはしなかった。

 なぜ、あえて手間と面倒が掛かり、更に効能が頼りない方法を選んだのかと言うと、アークはドラゴンに対して、個人的に全くなんの関心も無かったのか大きな理由だった。

 こちらから一方的に、ドラゴンに喧嘩を仕掛けるような "面倒" に巻き込まれる事を避けた…と言ったほうがいいかもしれない。

 更に、町の人間(リオン)達にアークの能力を推し量られたくなかった。

 故に、わざと "頼りない" (ふう)を装って、町に居る人々がギリギリで魔障(ガルドリング)しない、必要最低限の防壁を作ってやった。


 だが湖を渡るとなれば、魔障(ガルドリング)を防ぐだけでは済まない。

 ドラゴンの傘下(ファミリア)となった妖魔(モンスター)が、行く手を阻んでくるからだ。

 元々湖に生息していた魚類が妖魔化(ガルドナイズ)した妖魔(モンスター)は、水中行動が得意である。

 ドラゴンが棲まう以前、島からの産出物を利便良く運ぶために、岸と島とを繋ぐ橋があったが妖魔(モンスター)の巣窟となった時にその橋は失われてしまった。

 いくら街道を整備しようと、標高の高いこの町に軍艦を運び込むのは至難の業であり、妖魔(モンスター)の巣食う湖畔に造船所を作る事も出来ない。

 湖を渡る(すべ)を持つのは、山の上の "隠者のビショップ" だけだ。

 となれば、人間(リオン)達は必ずアークの助力を請うてくる。

 そうして申し出てきた(もの)達を、アークはほとんど躊躇もせず島に渡していた。

 渡してやった連中の結末にもまた、アークは興味を持っていなかったからだ。

 島に渡った殆どの(もの)は、生きて戻っては来ない。

 坑道から命からがら逃げ出す事が出来ても、迎えの取り決めがなければアークは出向かなかったし、例えその約束があったとしても、迎えに行くまで永らえる(もの)はそう滅多に居なかったからだ。

 そして誰にも討伐されないドラゴンは相変わらずあの島に棲み続け、高額の懸賞金や功名心に駆られた(もの)達が次々に訪れる。

 そんな事が長く繰り返されてきた。


 だが、ファルサーにあるのは功名心では無い。

 ただ "王命" を押し付けられ、貧相な装備のまま、たった独りで立ち向かう事を強いられている。

 そこにあるのは、理不尽極まりない横暴な、エゴだけだ。


 アークが抱える憂鬱の全てを思い出させる、ファルサー。

 湖を渡せば最後、彼の運命は火を見るよりも明らかだ。

 アークは閉じていた瞼を開いた。

 弄んでいたはずの水晶球は、関節が白く浮き上がるほど強く握りしめたために、粉々に砕け散っている。

 この心の端に刺さった棘のような苛立ちの原因は、ファルサーが "たった独り" だからだ。

 その事にようやく気付き、アークは大きく溜息を()いた。

 事情も、理由も、知らない。

 彼の為人(ひととなり)すら知らない。

 解っているのは、彼が虐げられ、追いやられて、たった一人で此処に来た事だけだ。


 時に寂しさに耐えかねて、どうしても麓の町との交流を断ち切る事が出来ない自分を知っている。

 あまり懇意になると、失った時に深い寂寥感に襲われる事も解っている。

 それでも、ふとした瞬間に好ましい人格の(もの)と友人のような関係が出来てしまう事もある。

 合力してやる理由も義理も無い。

 理性では解っている。

 けれど感情が、どうしても、割り切る事を拒絶している。

 一瞬、頭を掠めたのは "引き留めようか?" と言う気持ちだったが、全く違う時間を生きている自分が、人間(リオン)に軽率に関わる事は良い結果を生まない事も、アークは知っていた。


「莫迦げている」


 アークはもう一度、深い溜息を()いた。

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