表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イルン幻想譚  作者: RU
ep.3:迷惑な同行者
106/122

5.貪欲【4】

「おい、マハト」

「なんだ?」

「貴様、太腿の筋肉もなかなか立派ではないか。腰から尻と、尻から腿。全ての稜線が、(じつ)にけしからんな」


 タクトはニヤニヤ笑っている。

 これは褒められているのでもなければ、マトモな話でもなく、ただからかわれているようだ。

 マハトが黙っていると、タクトは更に無遠慮に、ジロジロとマハトを眺め回してくる。


「貴様、随分と体毛が薄いな。そういえば、おまえが髭の手入れをしているのを、見た覚えが無い。脛毛も無いようだし、胯間はどうなっておるのだ?」

「そんなことを聞くな!」

「何をそんなに、恥ずかしがっておるのだ? おまえは儂の契金翼(エヴンハール)と成るのだから、なんでも気軽に語り合おうではないか。もちろん、儂の体が見たいというなら、ご披露するのはやぶさかではないぞ」

「見せるのも、見せられるのも、興味ない!」


 修道院育ちのマハトは、欲を罪として日々を祈りに捧げている大人に囲まれていたので、俗世間の軽妙な冗談や軽口のような会話が苦手だった。

 だが、叫ぶようにして咄嗟に返した(おのれ)の態度が、たちの悪い酔っぱらいに絡まれている、酒場の女給のようだとも思い、更に恥ずかしい気分になる。

 どうにもいたたまれなくなり、まだ湿り気が残っている衣服を慌てて身につけた。


「なんだ、額縁ショーは終了か?」


 こいつ、やっぱりまだ意味不明な不機嫌を続けていて、嫌がらせをしてきているような気がする。


「おい、マハト」


 どうしたものかと返しに困っていたら、タクトが再び声を掛けてきた。


「なんだ?」

「なんぞ食べる物を持っておらんか?」

「おまえ、腹なぞ減らんと言っていたじゃないか」

「必要が無いとは言うたが、減らぬとは言っておらん。なにかないか?」

「ショートブレッドと水ならあるが…」

「修道僧の晩餐かっ! もっとガッツリとした、肉を所望する!」


 また謎の癇癪かとうんざりするよりも、むしろタクトの顔が変にギラギラ…というか、飢えた獣のような印象を受け、このまま一緒の小屋に居たら手足に()みつかれそうな危機感を感じた。

 さすがにマハトを本当に食べることはないだろう。

 だが相手は人間(リオン)ではない種族だ。

 "もしものもしも" という可能性が頭をよぎり、マハトはほとんど逃げるように小屋の外へ飛び出した。


 辺りはすっかり暗くなっており、小屋から少し離れただけで周囲になにかの気配を感じた。

 どうやら、警告にあった妖魔(モンスター)らしい。

 強靭な脚力で飛びかかってきたそれを、マハトは一刀のもとに切った。

 うさぎが魔障(ガルドリング)したのかと思ったが、それにしては尻尾が長い。

 だからと言って、その長い尻尾が毛皮に覆われている様子から、ネズミでもないらしい。

 マハトはそれを持って、水のせせらぎが聞こえる(ほう)へ向かい、水辺で血抜きをして、肉を捌いた。

 しかし群れで行動はしていないが、(かず)はいるらしく、作業中に背後から、さらに二匹の妖魔(モンスター)に襲われた。

 その時点でようやく、マハトは自分が、月も出ていないのに夜目が効いていることに気付く。


「便利だが、微妙な気分になるな…」


 自身の修行で身につけたわけではない能力に戸惑いはあるが、ついてしまったものをないことには出来ない。

 マハトは手早く妖魔(モンスター)を解体し、柔らかそうな赤身部分を切り出すと大きめの葉にくるんだ。

 うさぎかネズミかわからない、こんな妖魔(モンスター)は見た事がないし、当然食べたこともない。

 だが、小屋で待ってるタクトのあの顔を思い出したら、なんでもいいから肉類を持ち帰らなければ自分が食べられそうだ。

 思い出すと身震いしそうだが、とりあえずこうして肉が手に入ったのだからと心を落ち着けて、マハトは小屋に戻った。


 肉を適当な大きさに切って、枝に刺し塩を振る。

 それを焚き火にかざして、炙り焼きにした。

 火が通ったところで差し出したら、タクトは引ったくるようにして食べ始める。

 形のいい薄紅色の唇の周囲を油脂まみれにしながら、あんまりガツガツ食べているので、マハトはつい、聞いてしまった。


「…それ、美味いのか?」

「うるさい」

「獲ってきたのは、俺だぞ? 味のコメントぐらい聞いても問題ないだろう?」


 タクトはマハトの水筒から水をガブガブ飲んでから、ギッと睨みつけつつ、グイと口元を拭った。


「気になるならば、貴様も食え!」


 びっくりして戸惑っているマハトに向かって、タクトは自分が食べかけていた串の先端の肉を引き抜くと、突き出してくる。


「食え!」


 あまりの剣幕に、考える前に受け取って、口に入れていた。


「…脂のわりに、あっさりしてるな。味は淡白だが、クセがなくて食べやすいとも言える。焦げ目も香ばしくて、なかなか美味いな」


 それまでは食べることに専念していたタクトが、食べるのをやめて顔を上げ、マハトの目を真っ直ぐに見てニヤッと笑った。


「お見事、食い意地サウルス」


 そしてマハトが何かを言う前に、また肉に()みつくほうに戻ってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ