5.貪欲【3】
「おまえ、それは、なんなんだ?」
タクトはまた怒鳴ろうとしたらしいが、少し口を開けてマハトを睨んでから、くるりと背を向けた。
「今回の遺跡は、どうやらハズレだったようじゃ」
「ハズレ? 遺跡にアタリとハズレがあるのか?」
「貴様は、スタンプラリーという遊戯を知っておるか?」
「ああ、知っている。それが、どうした?」
「集めるべき "スタンプ" の種類を、儂も貴様も知らぬ。故に、同じものを得ればハズレで、必要なものを手に入れられた時だけアタリだと言っておるのじゃ」
「…そうか」
タクトがまたくるりとこちらを振り返り、突き刺すような勢いで、マハトの鼻先に指を突き付けてきた。
また前回のように、マハトに向かって術を放つつもりなのかと身構えたのだが。
「ハズレもアタリも関係なく、貴様は無神経の鈍感だと言うことだ! このサウルスめがっ!」
指はただの強調ジェスチャーだったようだ。
遺跡の説明をしてきたので、意味不明な怒りは意味不明なまま終わったのかと思ったら、意味不明にまだ続いているらしい。
そんな意味不明には付き合っていられないので、マハトはタクトの指も顔も見るのをやめて、空を見上げた。
曇天は夕暮れを過ぎて、星の見えない夜空になってきている。
「今からどこへ向かっても、まともな町に着けるのは明け方過ぎだろう。今夜はここで野営するほうがマシだろうな…」
「この場で野営なぞしたら、眠ることもままならんし、明日には骨になっておるやもしれんぞ」
「なぜ?」
「貴様、この道中にあった看板を見ておらなんだのか? 夜間はうさぎのような妖魔が出没するゆえ、野宿は危険と警告されておったではないか」
「じゃあ、どうするんだ?」
「同じ看板に、巡礼用の簡易な宿泊施設があると明記されておったわ!」
怒った口調だが、タクトがまともな返事をしてきたので、マハトは周囲を見回した。
すると遠目に杣小屋が目に入ったので、マハトはそちらに向かう。
「ちゃんと手入れもされている。これなら充分、雨露が凌げそうだぞ」
声を掛けると、タクトは黙って小屋の中に入った。
「ふん、防御か。稚拙ながらも、妖魔避けはされているようじゃな」
木造で粗末な作りながらも、ちゃんと扉があり、部屋の中央には焚き火用の炉が備え付けられている。
屋内に仕切りは無く、柱に何本かのロープが渡してあり、床には藁が敷き詰められている他に、表面を整えられた木がゴロリと置いてある。
薪が部屋の隅に少しストックされていたので、それで火を熾し、濡れた服を脱いでロープに吊るした。
それからマハトは、荷物の中から手ぬぐいを取り出し、横たわっている木に腰を下ろして、体を拭いた。
すると、先に炉の脇に寝そべっていたタクトが、マハトをしげしげと眺めてくる。
表情から伺う限り、意味不明な不機嫌は大分収まっているようだ。
「おい、マハト」
「なんだ」
「貴様、見掛けより腰が細いな」
「はあ?」
「肩幅も胸板も、筋肉が程よくついておるな。腹も尻も引き締まり、腰が括れているとは、なかなかけしからん体をしておる」
褒められているのだろうか?
剣の修行をしている者としては、体格が良いに越したことはないが、優れるならば外見よりも、剣技のほうを認められたいが。
「肌も滑らかで、体に殆ど傷も無いのう。剣客というのは、もっと傷だらけなのかと思っておったが」
「そう見えるのなら、それだけ俺の修行が足りないんだろう」
「修行ウンヌンでは、なかろうて。先日のドラゴンとの戦いの傷も、既に癒えて痕が残っておらぬではないか」
「え?」
ジェラートを助ける時に、ドラゴンに両肩を掴まれ、爪を立てられた。
肩から肩甲骨まで数箇所穴を開けられたが、傷の痛みには慣れている。
すぐに手当も受けられたので、そんなものがあったことも殆ど忘れていたが、改めて見て痕が無いのには、少し驚いた。
「大した傷じゃなかったのか?」
「骨まで見えていた傷が、大したものでは無いとは…。それが人間の普通とは、とても思えんな。そも、昨晩見た時には、まだ痕が残っておった。思うに泉の洗水で、貴様の治癒力が日々上がっているのではないか? あの泉そのものにも、治癒効果があるようだしの」
「なるほど」
それならば、傷が綺麗に治っていても納得だと、マハトは頷いた。