4.デュエナタン【2】
「おお、どうやら倒れておるだけで、ヒビなぞは入っておらぬようだな。さて、サークルがこの辺りであるから…」
キョロキョロと辺りを見回しながら、乱暴に地面を足で掻いて、タクトは石柱が立っていたはずのサークルの中心部を探している。
「ふむ、ここだな…」
石柱の建っていた場所に目星を付けると、タクトは一人でその太い石柱に手を掛けた。
「おい! そんなことを一人でやるな! 危ないじゃ…」
マハトが駆け寄る前にタクトは石柱をヒョイと持ち上げると、サクサクとサークルの中央まで運んで、かなり乱暴な所作でガンッと柱を突き立てた。
「何か、言ったか? なんだ、まだまだ草だらけではないか」
マハトが唖然としていることなど気にせずに、タクトが雑草に向かって手をかざすと、呪文の詠唱もしていないのに、目視でサークルの範囲内にあった雑草に火が付いた。
一瞬にして草が燃え尽きると、炎は役目を終えたとばかりにフッと消えてゆく。
「これで体裁は整ったな。ではマハト、柱に触れてみよ」
やはりこいつは人間じゃないのだな…と、妙にしみじみと思いながら、マハトは言われた通りに石柱に歩み寄る。
手を触れる手前で一瞬、また全身がずぶ濡れになるのか…と思ったが、しかし "儀式" をしなければ、此処まで来た甲斐も無い。
一つ息を吐いてから、マハトは水に身構えながら石柱に触れた。
だが次の瞬間、マハトを襲ったのは、頭を殴られたような衝撃であった。
「あっツ!」
予想とまるで違うことになり、思わず頭に手をやって呻いてしまう。
「無事かの?」
「今のは何だ!」
「おお、それだけ大きな声で怒鳴る元気があるならば、大丈夫のようじゃな。今、その柱の天辺から、かなり大きな炎の弾が貴様の頭に向かって飛び出したので、肝を冷やしたぞ」
「炎!? なんでそんなものが!」
「そうだな。思うに、大事な祭壇に不埒者が近づかぬように、撃退するための術が掛けてあったのやもしれぬ」
「じゃあ俺は撃退されたのか!」
「耐性があるので、撃退はされぬ。現におぬしは、無事だったではないか。ほれ、後ろを見てみい」
タクトに言われて振り返ると、マハトが立っている場所からサークルの外側に向かって真っ直ぐに、真っ黒な筋が出来ている。
除草がされていなかった場所などは、わかりやすく炎が通った跡がくっきりと形になって黒く焦げた道筋になっていた。
「俺が焼け焦げてなくとも、攻撃されたなら、撃退されてるのと同じじゃないか! 髪留めの紐は焼き切れたし、シャツの肩口だって焦げた!」
「その程度のもの、買い直せばよかろう」
「じゃあこのサークルを使っていた奴は、毎回こんなふうに頭を攻撃されてたのか!?」
「それは儂の預かり知らぬ話じゃな。もっとも、石柱は倒れておったし、サークルの内側で除草のために術も使った。何らかの不具合を引き起こした可能性はあるやもしらん」
マハトがさらに文句を言おうとした瞬間、石柱に見覚えのある紋章が浮かび上がり、噴水のように水が勢いよく吹き出した。
そしてその水は、容赦なくマハトの頭上に降り注ぐ。
当然、サークルの外側にいるタクトは水を被らず、マハトだけがびしょ濡れになった。
「はははっ、絶妙だの!」
なぜ自分がこんな散々な目に遭わねばならぬのかと思ったが、あまり口が立たぬマハトは、何に対して文句を言えばいいのかも解らなくなって、ムッとしながら押し黙った。
水は止まったが、足元はぬかるんでいる。
砂漠の遺跡では柱を取り囲む石畳がしっかりと組まれていて、その周りもやはりしっかりとした組石で縁取りがされており、そこに澄んだ水がたっぷりと溜まっていたが、此処は石畳も縁取りも土に埋もれてしまっているので、水を貯めることが出来なかったようだ。