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七章 訛り

「どうも、『魔女の涙亭』ですー。ランチ、配達に伺いましたー」


 店を閉め、昼にしては早く、朝にしては遅い微妙な時間に教会を訪れた。

 教会があることは知っていた。軒並み大きな建造物だし、買い物ついでの散歩でよく通りかかった。

 大きな深底のトレイに十人分、きっちり詰めてきた。それを置いて、教会の重たいドアを開いて、そう言う。


「はーい!」


 とたとたと駆けてきたのは、マルグリッドだった。相変わらずくるくるとした水色の髪と豊かな胸が走るたびに揺れる。


「レンさん! 配達、ありがとうございます!」

「いえいえ。十人分で二百ベルド、お願いします」

「はーい!」


 百ベルド硬貨を二枚頂き、仕事の方は終わりだ。


「お茶を淹れますねー!」

「い、いえ。今日はこの辺りで……」

「遠慮なさらないでくださいよぅ! じゃ、淹れてきますー!」


 また駆けて行った。元気だな。

 仕方なく、教会にある長椅子に腰掛ける。


 基本的に料理人は立ち仕事だ。こうやってゆっくりとできる時間はほぼない。

 ステンドグラスに映っている人や物を眺めていると、遠巻きに見られていることに気づいた。結構な距離なので、微笑みながら頭を下げる。

 と、その人物達はこっちにやってきていた。おばさん達だった。四十代を過ぎているだろう三人の女性に、俺は囲まれた。


「あれまぁ、あなたが新しい料理人さんかい? いい男じゃないかぁ、マルグリッドも積極的になるわけね」

「だねぇ。若いってのはええなあ!」

「お、昼ごはんも美味しそうじゃないか。しかも、教会で作るより安いときたもんだ。あんた、名前は?」

「レンと申します。以後、お見知りおきを」

「はーっ、礼儀正しいじゃないかい! あんた、モテるだろう?」

「いえ、その……色恋沙汰はとんと不得手でして……」

「かーっ、いい若いのがそんなんでどうするんだい! ガツガツしてないってのも問題だよ!」

「は、はぁ……」


 おばさんのパワーと言うものは、本当に凄い。大衆食堂でバイトをしていた時にも思ったが、どこでも女性というのは強いな。


「お、マルグリッドちゃん帰ってくるよ!」

「あんた、マルグリッドと仲良くね!」

「え、あの……」


 素早くおばさん達は去っていった。何だったのだ。

 入れ替わるようにして、マルグリッドがやってきた。銀のトレイに、カップが二つ、ポットが一つ。


「お待たせしましたー!」

「ありがとうございます」


 椅子にセットを置き、注いでくれる。……うん、これはミリヨン。濃い色合い、落ち着いた香りが特徴だ。


「どうぞー、美味しいですよ!」

「じゃあ。……へえ」


 これは驚いた。中々のものだ。ちゃんと茶葉の甘みも出ている。ほんの少し、渋いのが甘いが、これなら合格点だ。

 マルグリッドもニコニコしながらそれを飲んで、頷く。


「美味しいですねぇ。でもレンさんの紅茶の方が美味しいんですよ」

「それはありがとうございます。マルグリッドちゃんも中々お上手ですね」

「わたしなんて全然ですよぅ!」


 ……彼女と会話するたびに、何かが引っかかる。


「このミリヨンの茶葉はぁ、お客さん用に一番の産地をとっとー……あああ、いえ、取っているんですよ!」


 あー。分かった。訛りが抜けてないんだ。この様子じゃ、矯正したのは最近だな。わたしのイントネーションが微妙に違うから、引っかかっていたのだ。


「本来の口調でも大丈夫ですよ。訛りを矯正したんでしょう?」

「のえええっ!? うち、地がでとったとですか!?」


 完全にぼろが出てしまったようで、目を見開いてあわてている。


「そんなにお気になさらずに。別に恥ずかしいことじゃないでしょう」

「……ホンマ、ですか?」

「俺も修行で矯正しましたが、シスターは別に訛ってたっていいと思いますよ。あるがままが、素敵だと思います」

「で、でもうち……お淑やかになりたいんです。む、昔、やんちゃしとって……で、でも! 女の子やし、おしとやかーになりたいんです!」


 上手く隠しているが、動揺したことで分かった。彼女の中に巡っている気力はかなりのものだ。伊達に『怜悧の剣』のメンバーではないということか。

 そんなのは、関係ないのだけど。彼女がどれだけ強かろうと、俺にとっては一人の女の子でしかない。


「言葉をいくら飾っても、マルグリッドちゃんはマルグリッドちゃんですよ。貴女は貴女。変わりませんよ」

「……そ、そう、なんやろうか……」

「ええ。それに、そういうちょっと訛ってるって方が、親しみがあって俺は可愛いと思いますよ」


 ボッと彼女の白い肌が一瞬で紅潮した。……俺、何か特別なこと、言ったかな。

 しかし言ったことに後悔はまるでない。俺は紅茶を楽しむために、赤い液体を口に含んだ。


「あ、あ、あ、あの! ……マギーって、呼んでくれへんですか!?」


 突如彼女が放った大声量に思わず紅茶を噴出しかけた。


「ど、どうしたんですか、急に」

「急やないんです! 呼ぶの!? 呼ばへんの!? どっちなんですか!?」

「……貴女が望むなら。これからもよろしくお願い致します、マギー」

「~~~~っ!」


 笑みを浮かべてそう答えると、バタバタと走って奥へと引っ込んでしまった。

 代わりに、ニヤニヤと笑みを浮かべたおばさん達が再度襲来。


「やるじゃないの、このプレイボーイ! 天然タラシ! 聞いてた方が恥ずかしいわ!」

「いや、聞かれて恥ずかしくはありませんが、モラル的にどうなんでしょうそれ」

「いいじゃないの! いやぁ、若いっていいわね!」

「そうですねぇ」

「あんただって若いじゃないの!」

「いやいや、二十を過ぎると日々が早く感じますよ」

「あー、分かるわぁ、その感覚!」


 結局、おばさん達と昼の鐘が鳴るまで話し込んでしまった。

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