六章 連鎖
「レンー! あんた、お姉ちゃんとけけけ結婚したんですってぇ!?」
ぶっ!? と昼頃、満席に近い状態の店が噴射物で汚れた。
突如、あわてて走ってきたリリアストがそう叫んだのだ。
「……リリアストちゃん、落ち着きましょう」
「ま、待てったらリリー! お、おう、レン!」
「どうも、ミリー」
「ミリー!? お、お姉ちゃん……! まさか、ホントに……!?」
「結婚じゃねーから! 家族になっただけだから!」
「結婚すっ飛ばして家族に!?」
こりゃ俺が出張った方が早いな。
「リリアストちゃん。ちょっと」
ほぼ全員のオーダーは終わっている。調理済みだ。……リリアストを厨房の奥に呼ぶ。
過去などを様々なことをかいつまんで、しかし的確に話し、事情を説明した。奥に呼んだのは、こんな話を誰にでもしたいわけじゃないからだ。
「なるほどねえ。……いいわ、レン。あたしも家族になってあげる」
「……よろしいのですか?」
「いいわよ。あんた、男だけど嫌いじゃないし。このあたしが、男を嫌いになれないのって珍しいのよ? 男ってのは、ガサツで、大声出すし、落ち着きがなくて……でも、あんたならぴったりよ! あたしのお兄ちゃんに!」
「お、お兄ちゃん?」
「そ! 優しくてー、気が利いてー、嫌味ない程度にイケメンでー、何でもできるお兄ちゃん!」
「そんな都合のいい人物はいないと思いますが……」
「あんた、該当してるわよ」
……俺が?
優しくて? 気が利いてて? 嫌味ない程度にイケメン? 何でもできる?
いやいやいやいや! そんなの肯定したら、呆れるほどの自惚れ屋だ!
「買い被りすぎです」
「いいのよ。つーわけで、よろしくね! お兄ちゃん! リリーって呼んでいいからね」
こうして、妹が増えた。
「あっはははは! 家族っスか! そりゃ良かったっスね!」
バシバシと背中を叩いて、フウカは大笑いしていた。
朝の稽古。俺はもう、免許皆伝らしく、俺はフウカの自主練習の相手になっていた。
俺は全力。向こうは五割。それでようやく釣り合いが取れる。
「にしたって、ホント筋がいいっス! さっきの、六割っスよ?」
「おお……」
「逆立ちの練習とかちゃんとしてるみたいっスね。レン大将、動きがよくなってるっス。手とか使ってバランスが取れるようになると、空中でも動けるっスからね」
「ええ。というか、気力使ったら、かなり高くジャンプできて驚きました」
十メートルは飛んだか。寒気がするほど高く跳んだのだが、足を強化しているおかげか、何事もなく着地できた。
走ってみても、これは漫画とかで見る速度だ。体感だが、自動二輪の八十キロくらいは風を感じた。
ああ、そういえば、俺の趣味はバイクだ。正確には、整備ではなく運転する方。メンテとかは知り合いの人がいるので、頼んでいた。
折を見て大型免許を取りに行こうと思っていたのだが……まぁそれはいいか。
「レン大将は足がいいっスね。あっしは速度と技術、それと術でカバーしてるっスけど、レン大将は純粋な体術とチャクラで戦えるっスよ。例えば、チャクラを外的エネルギーにして敵にぶつけるとか」
「どうやるんですか?」
「いいっスか、あっしのチャクラの流れを良く見て、再現してくださいっス。ゆっくりやるんで」
すぅ、とフウカは印を結ぶ。
手にチャクラを集め、手のひらからそれを出現させ、回転させて留めている。渦を生んでいるのだ。
「せっ!」
すかさずそこに、チャクラを纏った足で蹴りを放つ。そのチャクラの塊はまっすぐすっ飛んで木を一撃で吹っ飛ばした。……凄まじい威力だ。
「やってみるっスよ」
「はい」
手をかざし、回転させるイメージ。
「ッらぁ!」
鋭い蹴りはエネルギーの塊を勢いよくふっ飛ばし、その塊は地面に痕を残して目の前の巨木にぶつかる。
ぎぎぎぎ、とその木は倒れ、鳥が逃げ惑うように空へ逃げた。
「……加減しないと、ダメっスよ」
「す、すみません……」
思わず本気でやってしまった。
「慣れれば、足からも放出できるようになるっスよ。で、まぁ……ホントは教えちゃダメなんスけど、分身も教えておくっスよ……。裂!」
チャクラの流れは全身にめぐらせて、それを放出するイメージ。チャクラの塊で人を作るのか。フウカの分身はフウカと同じしぐさをしている。
「……はっ!」
自分の姿を模写して、実体化させる。全身から気力を発さなければならないので、予想以上の疲労が俺を襲う。
「ああ、姿形だけでいいんっスよ。それじゃ実体を作る影分身になっちゃうっス」
「チャクラの塊を作るんじゃないんですか?」
「表面だけ作ればいいんスよ。……まぁ影分身も便利っスけどね。それ、別の動きさせれます?」
動かしてみる。
前後左右の分身に、別々にポーズを取らせて見る。
「おお、できるじゃないっスか! 上手く使いこなせれば、分身を橋にして崖を渡るなんて芸当もできるっスよ!」
「……なるほど」
分身を戻す。発動したチャクラは戻ってこないか。疲労感が僅かに滲むが、十秒程度で気力が体を巡り、調子を整えてくれる。
「ふぃー。いいっスか? 分身はいざって時以外、使っちゃダメっス」
「なぜですか?」
「その術は、忍者の中でもとりわけランクの高い秘術として扱われてるっス。……レン大将ならいいか。あっしは高名な忍者の一族――玄魔一族の直系、で理解できるっスか?」
「つまり、フウカちゃんは玄魔フウカ。名家の直系というわけですね。恐らく、貴女は忍を抜けたのでは? 最初の時にクナイを向けたのは、俺を追っ手だと勘違いしていたのでしょう」
「頭、よく回るっスね。そう、あっしは忍であることをやめたっス。……あっしは、恋愛したいんっスよ。決められてる婚約者となんか、肉体関係持ちたくなかった。幸い、一人で生きていける強さは身につけていたっス。……だから、追っ手を皆殺しにして、あっしはここに流れ着いた」
くるり、とその場で一回転するフウカ。
「この装束だと、すぐにわかるっしょ、忍者だって。敵を見つけやすかったんっス。……レン大将、後生です。このことは、秘密にして頂けませんか?」
「元より、吹聴する気などございません。……俺は、フウカ。貴女と親しくなっているって、勝手に思ってる。だから、俺は貴女を守りたい」
「……ホント、いい人っスね」
穏やかな笑みを、フウカは浮かべた。
「ねぇ、ついでだから、あっしとも契り、結びませんか? 対等な親友として、命を賭けれる友として」
スッと立てた小指をこちらに向ける。俺も、自分の小指を彼女の小さな指に絡めた。
「約束です。俺達は対等で、命を賭けて……守ります。フウカ、貴女を」
「はい。あっしも、レン大将……いや、レンを守るっスよ。守りたいって、こう言う気持ちだったんっスね」
背中を預けられる、親友。
頼もしい味方が、増えた。
「えー! 皆さんずるいですぅ!」
舌っ足らずな声を出して、マルグリッドは糸目を見開き、頬っぺたを膨らませた。
テーブルには、『怜悧の剣』のメンバーが揃っていた。
「何がずりーんだよ、マルグリッド」
「わたしも仲良くなりたいですよぅ、レンさんと!」
「モテモテじゃん、レン!」
嬉しそうなミリー。リリーも微笑んでいた。何がおかしいのか、フウカもくっくっくと嫌な笑いをこぼしている。
フウカの前にきつねうどんを置きながら、俺は苦笑いを返した。
「仲良く、ですか」
「はい! 皆さんだけ、レンさんのことをいっぱい知ってて、なんだか仲間はずれみたいです~」
どうやら、仲間はずれなのがいやみたいだな。俺は別にどうでもいいけど。
とはいえ、それは仕方ないだろう。
マルグリッドは朝食をよく食べにきてくれるお客さん、としか。
仕事を世話してくれて、毎日、ほぼ毎食をここで済ませていくミリーやリリー、護身術を教えてくれているフウカと比べては、やはり関係性は俄然低い。
「まぁモーニングの常連さん、という意識しかないですね」
「あ! 名案を思いつきましたぁ!」
聞いてくれ。なんだってこの世界の人はこんなにマイペースなんだ。
「昼食を教会に卸して頂けませんか? 十人分です!」
「……それは構いませんが」
朝は人がまばらなので、その程度なら仕込む余裕はある。
「その時にですねぇ、いっぱいお話しましょうね!」
そのまぶしい笑みを見ていると嫌とは言えず、結局は笑って頷くしかないのだった。