四章 お勉強
「……そういうわけで、国が二つあるのと、ここがその一つであるマガラ王国ってのは分かった?」
リリアストはここに来ると、俺の非常識っぷりに呆れてか、この世界について教えてくれるようになった。
「ええ。ここはヴェルタスティア、と呼ばれる世界。そして、ここはマガラ王国の王都、ガレオン」
「あれ? ガレオンのことは言ってないはずよ?」
「ミリアストさんが俺をペガサスで案内してる時に仰ってたので」
「あんた、ペガサスに乗れるの!?」
「ど、どうかなさいましたか?」
「あのねぇ、乗せようとしたお姉ちゃんにも注意しないといけないけど……ペガサスって言うのは、男を嫌うのよ。一応、気をつけなさい」
「そうだったのですか」
女の子しか乗れない。まるで、処女を好むユニコーンのようだな。あれには翼はえてないけど。
「でね、この国はもう一つのナレスタ帝国と違って、自由なの。職業の自由が大きいかな」
「職業、ですか」
「そ。騎士や貴族、王族もいて、地方統治をしているの。そこは同じだけど、ナレスタ帝国は転職試験に合格しなきゃ転職できないのよ」
「ふむ。自由、となれば、平民が貴族にもなれるのでは?」
「あー、王が認可して、その決闘で貴族を倒せばなれるわよ。でも、貴族って昔から、強力な魔術や気力を使う者が騎士隊長と兼任してるのよ。つまり、騎士隊長は貴族なのよ。相当な実力者ってわけ。挑む無謀なヤツも少ないし、恩恵もあんまりないからね。貴族もその強さを活かして、定期的にダンジョンに潜って、鉱石や魔物から取れる素材を行商人や質屋に売ったり、野菜を作ったりして生計を立ててるってワケ。まぁ、平民とあんまり変わんないわよ。王様だって鍬で耕してるし」
「……ダンジョン」
「ああ、説明してなかったわね。ダンジョンってのは、基本的に有益な鉱物や食材、植物があったり、魔物がすんでるんだけど、無論危険なの。バスターはそこで素材や鉱石を取ってお金を稼いだり、酒場に集まる人々の要望を解消するクエストというのをこなして、依頼者から報酬を貰う。そうやって生活してるの」
「リリアストちゃん、貴女もそうでしたよね?」
「そうよ。ドラゴンからガルフまで。討伐専門のバスターズ、『怜悧の剣』のブレーン。それがアタシ」
「頭がいいんですね」
「あんたもでしょ。記憶、それの吸収率が並じゃないわよ」
「覚えなきゃいけないことが死ぬほどありましたので。一時的なことも、永続的なことも」
「そういえば、料理人だったのよね。家でやってたの? ……ああ、そういえば、六歳から包丁握ってたって言ってたわよね?」
「リリアストちゃんこそ、よく覚えていますね。……俺がいた場所には作る人がいなかった。だから、貰ったお金で買い物から調理をしていました。少ししたら住む場所が移り、昼は施設で出るようになったのですが、朝と夜は人手が足りないので、できる俺が手伝っていました。で、それなりに勉強もできたのですが、手に職を付けたかったので、そこそこ経験のある調理を学びに、色んなお店でノウハウを培いました。そこで覚えることが多かったです。材料、分量、時間……全てが料理によって異なり、複雑でした。ですが、それらをこなせると楽しかった。同時に、お客さんの笑顔も見れるようになって……夢中でした」
「天職だったのかもね」
「そうかもしれません。ともあれ、様々な場所で様々な料理の修業を経て、俺は二十二歳で地位のある場所で働けるようになったのですが……気づいたら」
「ここに、ってわけね。ご愁傷様」
「いえ、自分の店を持ちたいと思っていましたからね。吸収するものは吸収したので、活かせる場所が欲しかった。ここはかなりいい場所ですよ」
「……前向きね。普通、帰りたい、とか思うんじゃない?」
「あっちには何の執着もないですからね」
「彼女とかもいなかったの? あんた、顔はいいけど」
「まさか。そんな余裕はありませんでしたし」
実際、寝ても覚めてもメシのことばかり考えてたし。
「他にも、何か教えて欲しいことがある?」
「ああ、なら……紅茶に関して、教えて欲しいです」
「紅茶? あんた、淹れてるじゃない。しかも美味しく」
「元の世界にいた種類と淹れ方なら身につけているんですが……この世界の紅茶の知識がまるでなくて……」
「名前も分からずに淹れていたの!?」
「ええ、はい。幸い、水の質は俺の故郷と全く同じだったのですが……種類と特徴が分からないと、この先、俄かな俺の知識では……」
「そうね。これから先、あんたに淹れてもらうんだし。知っておいて貰った方がいいわ」
フッとリリアストは笑い、一度家に戻って、茶葉を取ってきてくれた。
「はい、ポピュラーなのはこれで全部よ。テイスティングしながら覚えたら?」
「そうさせて頂きます」
アッサムに似たのは、ミリヨン。ダージリンに似たのは、サイサス。キャンディーに似たのは、ルッティ。
色んな茶葉と俺の記憶を符合させていく。
その中で、思わず顔をしかめるものがあった。
「……飲んだことない味ですね」
茶葉の甘みが強すぎる。なんだこれは。
「それはメルト。舌が蕩けるほど、濃密で甘い味が特徴よ。お姉ちゃんが好きなの。それに、こっそりだけど、お砂糖ばーっといれて、ミルクティにしてる。たまーに飲んでるわ」
「甘いものがお好きなんですか? ミリアストちゃんは」
「さぁ? そういえば、長い間一緒だけど、好みは全然分からないわ。別のところで食事を摂ることが多かったし」
「……本当に姉妹なんですか」
「もちろんよ! 二人とも、お母さん似なんだから」
確かに、その赤いふわふわした髪と、可愛い顔立ちはそっくりだ。
「チーっス。お、なんだよ。紅茶の袋ばーって広げてさ」
「紅茶のことを教えてたのよ、お姉ちゃん」
「へー」
「ふふっ。良かったら、今日のお礼にお好きなものを作りますが。リリアストちゃんは何にしましょうか」
「じゃあ『魔女の涙』を美味しくいれてちょうだいね」
「ミリアストちゃんは? 好きなもの」
「あ、アタシ!? え、えっと……その……」
「できれば、お聞かせ願えませんか?」
ミリアストに首をつかまれ、ぐいっと引き寄せられる。
密着。フウカとはまた違う甘い体臭が鼻腔をくすぐる。
「……笑うなよ?」
「笑いませんよ」
「ふ、吹聴して回るんじゃねーぞ?」
「回りません」
「……甘いもの。ケーキとか、ミルクティーとか。あ、似合わないとか思っただろ」
「思いませんよ。……それは仕込みが必要なので、二日後、深夜にいらしてください。ご馳走しましょう」
「ほ、ホントか!?」
ミリアストの顔が、ぱあっと輝いた。その顔を見るために、料理をしているのだ。絶対、期待はずれなものは出せない。
後日。深夜に来たミリアストの顔は、満面の笑みで彩られた。