三章 才能
――ミシミシミシッ!
「な、なんか凄い音してるんですが!?」
「あー、動かんでくださいっス。下手すりゃ死ぬっスから」
翌日の早朝。忍者整体、というものを俺は施されていた。無論、フウカからだ。
十分くらい骨が軋むような音と共にいじられていたのだが、ポンと背中を押された瞬間、ガシっと何かがはまった音がした。
「ほい、完了っス。立ち上がってみてください」
体を――なんだ、凄く軽くなっている。おまけに、力がみなぎっているのを感じた。
「それが忍者秘伝の整体っス。通常骨格では、人間の持てるポテンシャルを活かせないんっスよ。まぁ、例外的に団長やらはそんなの無視して、気力という力を使ってるっスね」
「気力?」
「はいっス。チャクラとかもそうっスね。マイナーな呼び方で、剄力とかも該当するっスよ。あっしらはチャクラって呼んでるっスけど。人の限界が五だとすれば、今の忍者整体で十に。チャクラ開放で……まぁ個人差はあるっスけど、低ければ二十、高い人だと千を超えるっス。団長は一万レベル越えの化け物っスよ。あっしは……八千、っスかね。まぁチャクラは才能がなければそもそも、発動しないんスよ。あんたには才能があるみたいなので、今から起こすっスよ」
「起こす?」
「気脈、というものが人間にはあるんっスよ。で、普通ならチャクラは目覚めることはないんスけど、他人のチャクラが流れ込むとそれが呼び水となって、血液に乗って流れ出すっス。……まぁ、論より証拠。ハッ!」
左右の肩甲骨の間、か? 微妙な位置に指が差し込まれ、熱い何かが体内に入る。
「ぐあっ!?」
「おお、始まったっスね」
血液に乗って、内側に眠っていた熱さが体中を駆け巡る。心臓の鼓動が、それをどんどん循環させ、それが漲るまでに数秒を要した。
感じるのは、寒気すら感じるエネルギー。これが、俺の中にあったものなのか?
「……どうっスか?」
「凄い……力を感じます」
「その力を、目へ集中させて。そう、他のエネルギーをも集める感じで」
深呼吸し、エネルギーをコントロールする。
目へ。視界がどんどんクリアになる。やたらと滑らかに動く、木の葉。
不意に彼女の放った拳も、難なくはじけた。
「そう、チャクラを集中させれば、その部位を強化できるっス。これがチャクラを使った体術っス。あっしの実力、今なら分かるんじゃないっスか?」
「……確かに。敵いませんね」
他人の鼓動を感じる。同時に、流れている気力の強さも。脈動して、発している。
彼女のチャクラは圧倒的な量だった。それでも、ミリアストの方が強い、と考えると……想像すら及ばない。
「チャクラを使えれば、他人のチャクラにも敏感になるっス。鼓動で分かるんっスよ。その気になれば隠せるっスけどね。ま、その顔だと分かってる感じっスね。……さて、これからは毎朝一時間、みっちり戦闘訓練っスよ! まぁ仕事でいない時は休みっス」
「はい、フウカちゃん」
「……そういえば、ちゃん付けっスか。まぁいいっスけど」
彼女との訓練が始まった。
フウカとの訓練はかなり過酷だった。
最初は軽く十分、走りまくる。それから体を伸ばして、体術。そして、真剣を使った稽古。何度も死んだ、と思ったが、彼女の卓越した技量で、傷一つすら俺にはつかなかった。
「あ、ありがとうございました、フウカちゃん」
「なに、いいっスよ。さて、朝飯! 何かあるっスか?」
「おにぎりなんてどうでしょう。白米が入りましたし、昨日キングサーモンの塩漬けも作りましたので、鮭おにぎりなど。赤味噌しかないですが、お味噌汁もありますよ」
「くぅ~! 食べたかったんっスよね、和食! ち、ちなみに、おいくらっスか?」
「二十ベルドで。パンとかなら、もう少し下げられるんですが」
「いやいや、二十ベルドで! いやぁ、楽しみっス!」
厨房に戻り、俺はすぐに準備をする。
キングサーモンを焼き、その身を解しておく。
少し硬めに炊き上げたご飯を、冷水にくぐらせ塩をなじませた手で適量を取り、握っていく。
完全な三角になる前に解し身を入れて、更にぎゅっと結ぶ。
俺の分も含めて、合計四つ。味噌汁は、ジャガイモとわかめだ。
「はい、お待ちどうさまです。おにぎりはいくつにしますか?」
「二つで。……ん、味噌汁美味いっス……! おにぎりも……うん、最高っス! 塩加減絶妙っスね!」
「ありがとうございます。……うん、中々いい出来です」
朝早くなので、人はいない。二人だけである。なので、俺も食事を摂っていた。
と、ドアが開かれる。
「いらっしゃいませ。……おや、マルグリッドちゃん」
昨日の十字架をあしらった服ではなく、質素なミントグリーンのワンピースのいでたち。それがまた、可憐で似合っていた。
「どうも~! ここのお食事と紅茶が美味しいって、リリアストちゃんが仰ってたのでぇ、来ちゃいました~! モーニングをくださいな!」
「はい。モーニングセットは十五ベルド頂きますが、よろしいですか?」
「まぁ! 安いですねぇ! では、それで~!」
「かしこまりました。少々お待ちを」
紅茶用に空気を含ませた水をケトルに入れて、沸かし始める。
その間に、俺は焼き上げていた平たいパンを、半分に割る。ベーコンを二枚焼き上げ、それにはさむ。
マヨネーズに黒コショウ、少量のマスタードを加えて混ぜたものを作る。ベーコンの上にそれを掛けて、その上にサニーレタスを乗せ、サンドする。
卵を割り、塩と牛乳、砂糖を入れる。フライパンにはバターを。最低限混ぜるだけの動作で、ふわふわのスクランブルエッグを作る。
昨日から煮込んでいたトマトと豆のスープを器に入れて、食事が完成。
そして沸騰直前でケトルの火を止め、砂時計を使い、紅茶を作れば完璧だ。
「お待たせいたしました。モーニングセットになります」
「どうもー! まぁ、美味しそうです! まずスクランブルエッグから~……」
もぐもぐと食べ、彼女は大きな目(糸目気味だったので目が大きなことに驚いた)を見開いた。
「ふわっとしてて、卵の甘みが感じられて……! とろっと溶けちゃいますよ! すごいです! レンさん、でよかったですよね?」
「ええ、レン・ヤナギバと申します。お口にあったのなら、何よりの幸せです」
「ふふっ、珍しいですね。食べ物屋さんは豪快な人が多いんですけどぉ……爽やかですねぇ」
「ホントっスよ。ま、そこがレン大将のいいとこっスね。気取らないし、優しいっス」
「あはは、俺は優しくありませんよ」
その後も、談笑しながら食事を楽しむ。
朝の穏やかなひと時だった。