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一章 魔女の涙

「……はい、お待たせいたしました。川魚の串焼き、四本です」

「おう、サンキュ! ……お、美味ぇな! 塩っけも丁度良い。久々に頼んだんだが……いつもえぐかったんだよなあ……」

「多分、内臓の処理をし忘れていたのでしょう」


 店を開いて二日目。

 靴もなかった俺は、店と共に譲り受けたお金――二千ベルドで衣服を買った。

 赤茶色のブーツに、ベージュのチノパンっぽいもの。それに白い襟付きのシャツに、頭に巻く、紫色で複雑な模様が描かれているバンダナ。それから黒いエプロン。それらを二着ずつ。後、東洋の衣服という名目で投売りされていた藍色の着物も買った。これで持つだろう。


 その後の一日は、どこになにが、どれだけあるかを把握し、清掃に努めた。

 で、朝から開けているのだが、ぼちぼち人が来る。そのたびに、驚いた顔で俺の姿を見るのだ。


「どもー。ありゃ? ガルベルドのおっさんは?」


 やってきたのは青年だった。

 愛想笑いを返し、俺は口を開いた。


「バスターになられるらしいですよ。俺は新しい料理人のレン・ヤナギバ。よろしくお願い致します」

「オレ、ロッタ! ……えっと、東の人、だよな?」

「うーん、多分そうだと思います」

「んじゃ大将な! 東の人は、料理長のことをそう呼ぶんだって、バスターのおっちゃんに聞いた!」

「あはは、大将ですか。悪くないですね。……ご注文は何にしましょうか」

「んー……パスタで! 一番安いので頼むよ!」

「かしこまりました」


 朝に打った生パスタを取り出し、茹でる。

 その間にフライパンへオリーブオイルを少量落とし、そこへ塩を一つまみ。みじん切りにしたにんにくと、種を抜いて小口切りにした唐辛子を落とす。


 五秒加熱したら、ベーコンも入れる。カリカリの一歩手前くらいまで焼く頃には、生パスタが良い具合だ。

 少々平打ちの麺をフライパンにぶち込みそれらを絡めて、軽く火を通して、コショウを散らしてバジルを乗せる。


「はい、ペペロンチーノです。お待たせしました」

「……何か、素朴だな」

「まぁ食べてみてください」


 木のフォークでそれを巻き、口に入れた瞬間、ロッタと言う青年の目が驚きに見開かれる。


「うまい! 麺がモチっとしてて、んでオリーブオイルと絡んで……ニンニクと唐辛子もピリッと利いてて、すっげぇ……! こんなパスタ、食ったことない!」

「恐れ入ります」

「すごいぜ大将! マジで美味い! で、これいくらだ?」

「十五ベルドです」


 十ベルドが百円相当だと、昨日知った。しかし、小麦の単価がえらく安いので、こんな無茶な価格ができるのだ。


「安い! すげえ……!」

「あはは。これからもこのお店をよろしくお願いします」

「……そういや、なんだけどさ。この店って、店の名前なんていうんだ?」

「さぁ? では、この場で名付けてしまいましょうか。俺が仕切るので、店の名前を変えるくらいはいいでしょう」

「うーん、『最強メシ』! ってのは、どうだ?」

「安直ですね、それと洒落っ気がないと、女性のお客さんも入りにくいでしょうし。……ふむ、難しいですね。こういうセンスが問われるものは……うーん……」


 と、リリアストが入ってきた。


「レン、お客は来てるの?」

「ぼちぼちですね。さて、何にしましょうか」

「じゃ、紅茶とサンドイッチね。具は任せるわ」

「はい、かしこまりました。お好きなお席でお待ちください」


 俺はてきぱきと準備をする。

 ケトルでお湯を沸かす間に、サンドイッチの準備だ。

 パンの耳を切った、今朝焼いた食パンを切る。内側には軽くバターを塗り、コショウを振っておく。オーブンでローストしておいた鴨肉(少なくとも味と香りはそうだった)をスライスして挟み、摩り下ろした玉ねぎと酢、オリーブ油、砂糖、塩などで味をつけたドレッシングを肉と肉の間に塗る。その上にサニーレタスを挟めば、鴨肉のサンドが完成。


 丁度沸騰直前だったので火を止め、アッサムのような何かを淹れる。そこのお店で買った、砂時計(数えたところ三分だった)が残り少なくなり、落ちる直前で別の暖めていたポットに注ぎいれ、完成する。


「はい、お待ちどうさまです。鴨肉のサンドと紅茶になります」

「……早いわね。で、味は……うん、いいわね。甘い……ドレッシングに、ピリッとしたコショウが利いて、大人の味じゃない。紅茶も……あ、美味しい! 渋くない! どうやるの、これ!」

「水に空気を含ませるんですよ。容器に入れて、振ったりして。そして、沸騰してしまったら空気が飛んでしまうので、直前に止める。そして、三分か二分三十秒を待つ。これで、誰でも美味しくなりますよ」

「やるじゃない! これなら、きっと流行るわ!」

「そう願いたいものですね。ああ、リリアストちゃん。できれば、お知恵を借りたいのですが」

「何よ」

「このお店の名づけ親になって頂けませんか?」

「あー、そういえばこの店名前なかったわね。……じゃあ、『魔女の涙亭』……なんてどう?」

「何でその名前に?」

「紅茶に、『魔女の涙』っていうフレーバーがあるのよ。今度、買ってきてあげるわね。良い香りなんだけど、自分で淹れるとあんまり上手くいかないのよ」

「素敵な名前ですので、頂戴しましょうか。ロッタ君、そういうわけで、『魔女の涙亭』を、以後よろしくお願いします」

「……」

「どうかなさいましたか? ロッタ君」

「ちょ、ちょっと大将! こっち!」


 ロッタにハンドサインを貰う。こっちにきてくれ、だろう。歩き出した彼を追う。

 店の外で、ロッタは興奮した面持ちで俺に話しかけてくる。


「彼女、バスターズ『怜悧の剣』の魔術師のリリアストさんじゃないか! 知り合いなのか!?」

「ええ。正確には、ミリアストちゃんの紹介です。草原で魔物に襲われそうになったところを助けて頂いて……」

「なるほどなあ。……知ってるか? 『怜悧の剣』って、あのドラゴンを狩れるバスターズなんだぜ! すっげえよな!」

「そのドラゴンと言うのは、どれほどの強さなのでしょうか」

「知らないのかよ! 竜災って、災害にまで認定されている強さで、出た時は避難勧告はもちろん、騎士団も総動員するんだぜ? あれを四人で狩っちまうんだ!」

「四人? ミリアストちゃんとリリアストちゃんの他に?」

「ああ。一人は教会のシスター。もう一人は東の離島から来てる女の子なんだけど、きっと凄く強いに違いないぜ。オレも、いつかあんな高みにいきてぇ!」

「ロッタ君、君もバスターなのですか」

「見習いだけどな! ……はい、十五ベルド。ご馳走様。美味かったし、またくるよ!」

「お待ちしておりますよ」


 硬貨を受け取る。そして笑みを浮かべ、ロッタは去っていった。

 こうして、店の名前が決まったのだった。

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