二十五章 決意
「はい、鶏のから揚げです」
「おう、これこれ。美味いんだよなあ、これ。大将も一緒にのまねぇか?」
「昼間からお酒は、少し……。またの機会に誘ってください」
「真面目だねぇ」
「あはは、普通だと思いますよ」
言いつつ、調理に戻る。
今日は人が少ない。月に何度かこういう日がある。
俺がここに来て、約三ヶ月。熱季節も終わりがけだ、とリリーが言っていた。
そんな彼女達は今、少し遠くのダンジョンに挑んでいるんだそうだ。戻るのは夕方かな。
注文のあった焼き鳥を焼いていると、誰かがものすごい勢いで駆け込んできた。ロッタだ。その顔は蒼白。ただごとじゃない。
「た、大将! みんなも、聞いてくれ! ドラゴンがこっちに来てる! 逃げてくれ!」
その声に、その場が騒然となる。
「お、おい坊主! 色は!」
「グリーンだけど……二頭、いるんだ」
その声に、申し訳なさそうな声を漏らす。
「悪い……! 王からの依頼で、卵を採りに行ってたら……!」
「仕方ねぇよ、運が悪い。それよりも、おれ達も荷物まとめるか!」
「知らせてくれてありがとな、坊主!」
全員が代金を置いて、慌てて出て行く。
刹那に、轟音と衝撃が地面を揺らした。
「きやがった!」
ロッタの声。俺も外に出て上空を見ると、巨躯が空を舞っていた。
街の方を見れば、黒煙がもうもうと立ち上っている。
人々は慣れているかのように荷物を持って逃げていた。何の躊躇もない。ただ、逃げている。
「大将も、逃げようぜ!」
「は、はい」
俺は店に戻り、銃と刀、バイクのキーを取り、バイクを駆動させてその場を離れた。
街から少し外れた小高い丘に、全員が集まっていた。
ドラゴンに蹂躙される街を、ただ見ることしかできない。
「なぜ、戦おうとしないんですか?
「……竜災」
王が、いつもの陽気な笑みとは違う、渋面を浮かべて俺の隣にやってきた。
「ドラゴンはな、殺すなら騎士隊を総動員しないといけねえ。念入りに準備して、組んだ討伐チームでやっとだ。勝てるわけねぇ」
「……」
いいのか、それで。
燃えていく。
何もかもが、赤々と。
帰る場所が、ようやくできたと思った。
家族と過ごせる場所ができたと思ったのに。
これでいいのか?
と、一匹がこちらをめがけて飛んでくる。
「ぜ、全員、逃げろ! つぶされるぞ!」
だからなんだ。
「ごちゃごちゃ……うるせえんだよ」
「え?」
もう、怒った。
「あんな羽根つきトカゲに、これ以上俺の家を好き放題されて、堪るかァァァァ――――ッ!!」
全身を強化して、低空飛行で迫ってくるドラゴンの横っ面を蹴り飛ばした。
ズシッと重い感触。しかし、確実にダメージは与えているようで、ドラゴンはその場に転がり、体勢を立て直した。口元に紅い輝きが灯る。
蹴った反動から体を起こし、俺も銃を構えて連射する。口の中に吸い込まれ、ドラゴンは思わずその輝きを消して、咳き込んでいた。
「おーおー、大活躍じゃねえかオイ。オレも混ぜろよ」
不敵な笑みを浮かべて、ヴォルフがやってきた。組み立て式である大きな槍を手に、その変わらない笑みが頼もしい。
「立ち向かうのであれば、このサルトビ、お供しましょう」
サルトビも、片膝をついて現れる。忍装束に着替えた彼の目は鋭い。
「……これは俺が勝手にキレてるだけだ。お前らは別にいいんだぞ」
「やっぱそっちがホントの口調かよ」
「怒りで吹っ飛んじまったよ、仮面なんて。……死ぬかも知れないぞ」
「勝負はそんくらいないと燃えねぇだろ」
「返しきれぬ恩、ここで少し返させていただく所存ですぞ」
頼もしい仲間に頷き返し、俺は前を向く。
ドラゴンがこちらをぎょろりとした目で睨み付ける。だが、なぜだろう。全く怖くない。
「行くぞ!」
「オーライ!」
先に飛び出したのは、ヴォルフだった。
紅蓮に輝く槍を引きつれ、走る。気力で強化されているので、凄まじい速度だった。
ドラゴンの口が紅く輝く。炎を吐こうとしているのか。
「ぬぅん!」
気力を感じて振り返ると、高く飛び上がったサルトビが、一抱えほどの手裏剣を投げたところだった。凄まじい速度を出し、ヴォルフを追い抜いてドラゴンの口をふさぐ。
「やるじゃん爺さんよォ! こっちも行くぜェ!」
右の翼にヴォルフの槍が食い込む――ことはなく、はじかれる。
「やべ、かてえなオイ」
ドラゴンの表皮を蹴り、宙で一回転して、俺と同じ位置にヴォルフは戻ってきた。
「竜は逆鱗という鱗を破壊しないと、いけませんぞ。鱗のつなぎ目ですからな」
「わからねぇよ、どこだよそこは」
「……固体ごとに違うようですが……あいにく、このジジィにも分かりませぬ」
「違う場所だな? 俺が探す」
注意深く、今手裏剣でもがき苦しんでいるドラゴンを見る。
位置を変えて、色んな場所から――
――見つけた! 背中の真ん中に一枚、逆向きの鱗がある。
「よし!」
飛び上がり、刀を抜き放って、一直線にその鱗へ突き立てる。
パキィ! と鱗が割れる音。血飛沫と咆哮が上がり、鱗が総毛立つ。
「なんと……! 数秒で逆鱗を見切ったと!」
「さすがだぜ相棒! 後は任せときな……」
俺はドラゴンから飛びのいて、ヴォルフを見た。
紅い槍が、その輝きを増している。気力を槍に込めているのだ。
「いっくぜぇ! レッドペネレイト! ぶっ壊れろォ!」
投げ放った槍は残光を残して奔り、ドラゴンに突き立った。脳天を直撃している。
しかし、まだドラゴンは暴れていた。
「ぬうんっ!」
長いクナイを投げ、サルトビは印を結び、組み替えていく。
「忍法、避雷針の術!」
同じく脳天に突き立ったクナイに、サルトビの放った雷が吸い込まれ、それがドラゴンを震撼させた。
「レン殿! 首を!」
「ああ!」
刀を翻して、一気に動かないドラゴンへ接近し、気力を刃に込め、
「っせぇ!」
振り払った。
一刀で首が落ちて、完全に絶命する。
「よっしゃ!」
「……!」
空に一瞬、輝き。マズい!
一瞬で心臓に気力を集中させ、爆発させる。チャクラ開放。
「おおおおおおおおっ!」
「うおっ!?」
「ぬっ!?」
二人を引き連れて、その場を離れた。
刹那に、火球が地面へ衝突し、火柱を上げる。危ないところだった、友人を二人も失うところだった。
番を殺された怒りか、猛スピードでもう一匹のドラゴンが迫ってくる。
「させるか!」
踵を返して、俺はドラゴンと真正面からぶつかり合う。
大きく上げた口を蹴り上げて戻し、逆鱗を探す。
……見つけた、右側の翼の前!
そこを蹴り砕くと、また鱗が浮き上がった。
しかし、タイムリミット。
ぎりぎりで高い場所に跳んだものの、俺はもう動けなかった。
「レン!」
「レン殿!」
……悪いな、ヴォルフ、サルトビ。
でも、お前らなら、何とかしてくれるって、信じてる。
ドラゴンの口元に炎がチラついている。俺を焼き殺そうとしているのだろう。
もう、悔いは……いや、あったな。
最後に、顔が見たいな。
マギー、フウカ、リリー、ミリー。
俺の仲間で、親友で、家族。
輝きが俺へと放たれた。俺は、死ぬのだろう。
ゆっくりと、その光景が見える。
しかし、突如、銀と黒の何かが俺の前をよぎった。その赤い輝きを打ち返して、ドラゴンにダメージを与えている。
ギュッと誰かに抱かれた。見覚えがある。金色のガントレット。甘い匂い。
「マギー……?」
「無事なん、レン様!」
着地すると、同じく上から降ってくる面々。
フウカ、リリー、ミリー。
「おお、一匹は片付けたんっスね。よくやったっスよ」
「後一匹も、逆鱗は破壊してるみたいね」
「よっ、死んでねぇな、レン!」
俺は頼もしい彼女達に、笑いかけた。
「遅いよ、飛んで帰ってこいって」
「悪い悪い、でもこれでもかっ飛ばして帰ってきたんだぜ?」
ミリーの笑みが何だかまぶしい。あの火球を打ち返したのも、あの巨剣だろう。
「それじゃ、何とかしましょっか。凍らせるから、いつものね。……我唱えるは、凍てつく呪文」
「ああ」
ミリーは上段に剣を持ち上げ、気力を溜め始めた。流れで分かる。
フウカは駆け出して、印を組んだ。
「忍法、影分身っス。そして!」
更に印を組み替えて、気力を込めた。
「忍法、大砂塵!」
印を介して放たれる吐息。それは地面をえぐり、砂煙を立ててドラゴンに襲い掛かった。影分身も同じ仕草と動作、術をしていて、四方八方から砂煙が立ち上る。
「その温度は下がり、あらゆる生命を止めるだろう。閉ざされる氷の世界へ、誘わん」
リリーの詠唱も続く。
ドラゴンは動き回って、苦しさから脱そうと飛び上がる。
しかし、そこにはマギーが回りこんでいた。
「っせぇ!」
重厚な一撃が、ドラゴンを叩き落す。その衝撃の余波で、砂煙が散った。
そこで、リリーの魔法陣が一際強い青色を放った。
「凍りつけ、アブソリュート!」
くるくると目に見える青い輝きがドラゴンの周囲を回転し、刹那に弾けた。
周囲が一気に冷える。離れていてこれなのだから、中心であるドラゴンはどうなるか。
大気の水ごと凍りつき、ドラゴンは動けなくなった。
「お姉ちゃん、練れた?」
「おう。行くぜ、気光剣!」
大剣を振り下ろす。その動作とともに、封入していた気力を開放した。
ドラゴンがその破壊的な輝きに包まれる。その部分は――ごっそりと消失していた。凄まじいエネルギーだ。
「……凄ぇ……」
間近で見たことがなかったが、ミリーの凄まじさを、思い知らされた。
あの気力の量、力、剣の冴え……どれをとっても、俺が凡人だとしたら、神であるかのような。そんな違いがある。
こちらを振り返り、ミリーはニッと笑った。
「助けられちまったな! 街は何とか、壊滅せずには済んだみたいだぜ?」
邪気のない彼女の笑みに、俺の顔も自然とほころんでいた。
「おう、頑張ったよ。ていうか、夕方頃に来ると思ってた」
「ん? 何だお前、その口調」
「あー……もどらないな。前に何か、俺の能力出してただろ? 心の仮面、って意味の能力があったよな。多分、それが消えたんだ」
「つまり?」
「こっちが本来の俺、な。料理で食っていくには、俺の口は汚かった。高級料理店とかだと、口調がそのまま品位に繋がってるんだ。……だからその時、強く念じて、丁寧な自分を作った。でもそれが壊れちまった。そんだけの話」
「ふーん、いいじゃん。そっちもさ。馬鹿丁寧より、ずっと親しみわくぜ」
「そうね。あんたはちょっと不遜なくらいでちょうどいいわ」
「前の口調も捨てがたかったっスけど、まぁどっちにしろレンっスから。変わんないっスよ」
「ああ、男らしくて素敵、レン様!」
……素顔を見せても、誰一人、俺を嫌わない。
何だか、肩透かしを食らってしまった。
街の人は、と見れば、憂鬱な表情だ。
「修理か……」
「しゃあねえよ、竜災だからな。全壊よりゃいいだろ」
「はぁ……。あ、レンの大将と見慣れねぇ二人! あんがとな、『怜悧の剣』も相変わらずカッコよかったぜ!」
グッと国王が親指を立てる。
……さて、ここはどうするか。
「んじゃ、このドラゴン……みんなで食うか!」
え? と全員がキョトンとした顔になる。
「ドラゴンのタンとかテールとか、ロースとか! 美味いんだぞ? これを食って、復興に勤しもう! な!」
そう笑いかけると、全員が顔を見回し、うん、と頷いた。
「よっしゃ、そうと決まれば解体するか! ミリー、ヴォルフ、手伝ってくれ」
「おう」「あいよ」
ミリーが倒したドラゴンはほぼ原形がないが、俺とヴォルフ、サルトビで倒したドラゴンは大丈夫だった。
解体して店に運び込む。店は半壊していたものの、食品庫やキッチンは無事だった。
そこで調理をする。タンにカルビやロースなどはそのまま焼肉やステーキに。リブはダッチオーブンでこんがりと。テールはスープに。
様々な部位を、様々な料理に変えて、無料で全員に振舞った。
「うめえ!」
「すっげえ、ドラゴンってこんな味するのか!」
「うおお、美味い! レンの大将、凄いぜ!」
「どんどん食ってくれ」
その日は一日、調理に追われたが……充実した日だった。




