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二十四章 遠乗り ~ミリアスト編~

「頼む、レン! お前しかいねぇんだよ!」


 休日。

 調理場の手入れをしていると、ミリーが走ってきて、頭を下げてきた。

 あまりにも唐突だったので、俺も驚いて、逆に冷静になった。


「ミリー、事情をゆっくりお話くださいませんか? 引き受けるつもりではいますが、内容にもよりますよ」

「あ、ああ。悪い。……水、もらえるか?」

「はい」


 ガラスコップに水を入れて渡す。それをちびちび飲みながら、ミリーは事情を説明してくれた。


「あのよ。マガラ一、長い洞窟があるんだけどさ。一本道の先に、剣が埋まってるんだってよ!」

「はぁ……」

「選ばれし者にしか引き抜けねーんだって! なぁなぁ、興味あるだろ!? その洞窟がクソ長いらしいんだけどさ、お前のバイク? とかいう鋼鉄の馬なら早く着けると思って!」


 最近多いな、俺を足代わりにする人が。


「まぁ構いませんが……その洞窟は水にぬれていますか?」

「いや、何か風が抜けてくるらしくて。乾燥してるんだって」

「なら大丈夫でしょう」


 俺も運転には慣れているが、つるつるとしていそうな、湿った洞窟でバイクをぶっ飛ばす行為はしたくなかった。というか確実にスリップして死ぬ。


「遠いんですか? というか、ペガサスは?」

「ペガサスが乗り入れできない場所なんだよ。洞窟の中だから」


 道の先、というものだから、そこを出てというように思ってしまったが、洞窟の中なのか。


「な? たーのーむーよー! みんな興味ないって言うしさ! く、暗い場所、ランプがあったって一人じゃ心細いんだよ!」


 そっちが本音か。思わずクスッと笑ってしまう。


「分かりました、お付き合いしましょう」

「ホントか!?」

「ええ。では、準備をしていきましょう。遠いんでしょう? ランチでも作って持っていきましょうか」

「おお! ありがとな、レン!」

「いえいえ」


 ステーキを焼き、それを柔らかいパンと葉野菜で挟んで、昼食を作る。俺好みのオニオンソースのステーキサンドと、水筒にはミリーが好きなメルトのアイスティーを。

 カバンにそれを入れて、もうひとつのカバンには予備の魔石や着替えなど。

 おんなじ重さになるようになるように調節して、荷物をバイクに括り付ける。ミリーを手招いた。


「よし、いいですよ」

「おう!」


 ピョンと飛び乗り、体を密着させる。

 ミリーはほかの誰よりも、体温が高かった。それと、花のように香っていた女性特有の香りが違っていた。リリーやマギー、フウカはそれぞれ違う花のような香りだったが、どこかミルクっぽい。甘い体臭には違いないのだが、こうも全員違うのは意外だった。


「よっしゃ、指示飛ばすからぶっ飛ばせ!」

「死なない程度に行きますよ!」


 指示通り、西のはずれにある洞窟に向かう。

 どんどん草原ではなく、どこか乾燥した土になっていっている。生えているのは、南米などに生えていそうな……あ、バオバブの木がある。


 的確にいうのならば、荒野が一番近い。そんな道を走っていると、ようやく見えてきた。

 話に聞くくらいだ。人にすれ違うかと思ったが、そうでもない。魔物とはよくすれ違うが。

 洞窟は広そうだ。バイクで乗り入れ、ゆっくり走りながら、俺はリリーに尋ねる。


「有名な話なのでは? その剣の話は。それにしては人が……」

「周辺の魔物がクソ強いらしいから、そもそも挑むヤツが珍しいんだと」


 そんな場所に連れてくるなよ、一般人の俺を。

 そう思ったものの、これも信頼なのか。俺もそこそこ、強くなってると思うし。多分。


「く、暗いな……」

「しっかり掴まっててください」

「お、おう」


 バイクを進ませること十分程度か。まっすぐ過ぎて、永遠に続くのではないかと思われたドライブは、小部屋の出現によって終わる。


 小部屋、というよりは広い空間だった。小さな山があり、山には階段が。そして頂上には剣の柄が。刀身は幅広い。ミリーの横幅よりもあるんじゃないか。

 バイクを停め、階段を上る。


「これが剣か! でけえな!」

「ですね。では、早速」


 抜こうとしたが、やはりというか抜けない。気力で全身を強化して試みるも、ビクともしない。


「んじゃアタシなー」


 片手で、無造作に剣を持ち上げていく。うそだろ、あんなに頑強だったのに、滑るように抜けた。


「何だよ、抜けるじゃん」

「もう一度刺してみてください」

「おう」


 地面に突き立つ剣。

 俺は再び抜こうと力を込めるが、やはり無理だった。ミリも動かない。


「なんだよ、力込めてんのか?」

「全力ですよ! ……やはり、ミリーは凄いですね」

「選ばれたってだけだろ? よっと」


 ひょいっと剣を抜き、試すように片手で振るっている。


「持たせてください」

「おう」


 ――ズシィ!

 思わず腕が沈み込むほど、激烈に重い。めちゃくちゃだ、こんなの。気力で強化してなければ落として足が切断されていたに違いない。


「んだよ。アタシが怪力みたいじゃん」


 リリーが手に取ると、剣の腹に何か文字が浮かび上がっていた。今気づいた。


「文字が書かれてますね」

「『我全ヲ断ツ無双ノ剣・意思ニヨリ刃立タズ』? どゆこと?」

「つまり、この剣に断てぬ物はないそうです。しかし、意思の力で切る力が変えられるそうです。ミリーの噂でもありましたよ。『ミリアストの剣に、断てぬ物なし』って。そんな貴女だから、選ばれたのでしょう」

「そっか。んじゃ試し切りすっか」


 段を降り、ミリーはひゅんっと軽く一閃を放つ。

 壁が切れた。切断面は非常に滑らかで、その切れ味に俺は戦慄する。ありえない切れ味だ、凄まじい。

 しかし、今度刃を振るうと、剣は壁を進まず、その重さによる衝撃を洞窟内にぶつけるのみとなった。


「なるほどな、自分の意思で切れ味が変わるのか」


 ちなみに、全長はミリーの身の丈ほど。典型的な大剣だ。古めかしいものの、装飾は凝っており、気品を感じる。

「それじゃあ、ご飯にしますか」

「おう!」


 ミリーは剣を地面に突き刺して、座り込む。その目が「まだかな」と訴えていた。

 苦笑しつつもカバンからランチボックスを取り出して、二人で分け合う。


「いっただっきまーす!」


 かぶりつくミリー。


「うん、美味い!」

「ありがとうございます」


 一心不乱に食べていく彼女を眺めながら、自分もゆっくり食べていく。

 ミリーといると、なんだか気持ちが穏やかになる。守ってあげたい、というような感情か。しかし、現実は俺が守られる側なのだが。

 それに、美味しそうに食べてくれる彼女の笑顔が、俺は好きだった。心が満たされる。


「ん? どした?」


 指についたソースをペロッと舐めながら訊ねるリリーに、俺は笑みで返した。


「喉、渇きませんか? メルトのアイスティーを作ってきたのですが」

「ホント!? 飲む飲む!」

「はい、お待ちくださいね」


 紅茶を持ってきていたカップに注ぎ、味を楽しむ。この舌を制圧するような甘みも、ようやく味わえるようになった。苦手だったのだが、飲んでいるうちに癖になってくる。


「……メルトはな、レン。アタシのばあちゃんがよく淹れてくれたんだ」

「お婆様ですか」

「うん。魔術の才能がなかったアタシはさ、最初……料理人になりたかったんだ。でも、アタシって雑で大雑把だからさ。薪でも割ってろ、ってことで始めた巻き割りが日課になって、んで、それを見たじいちゃんが剣の才能がある! って騒いでさ。毎日稽古だよ。リリーとアタシは、正直別の環境で育ったって言ってもいい。……だから、あんま妹って気がしねえんだよ、リリーは。超仲のいい友人、みたいな。でも、レンは……なんか、違うんだ」

「どう違うのですか?」

「……他の誰かが死にそうになっても、まず一番に守りたい。そんなヤツなんだ、お前。最近アタシの前に現れたくせにさ。……おかわり」


 紅茶を飲んで、彼女は空になったカップを寄越し、大きく伸びをした。


「ま、そんなわけだ。アタシがしっかり、守ってやっからな! 家族だし!」

「……心強いですよ」


 彼女達の信頼に、俺は応えられるのだろうか。応えられているのだろうか。

 そう思いながらも、俺は荷物をまとめ、帰る支度を手早く済ませる。


「……俺も、貴女を守りますよ、ミリー」

「へっ、無理無理。守られてろって。……行くか!」

「はい」


 誤算だったのは、その剣がアホみたいな重量をしていて、バイクの速度が出なかったこと。魔物には追いつかれない速度は出ていたものの、危ないところだった。

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