二十二章 遠乗り ~マギー編~
「レン様ぁ~!」
街中で買い物をしていると、十字架を大量にあしらった、聖職者用の軽装をしているマギーに会う。
「奇遇ですね、マギー。どうかなさったのですか?」
「隣町まで、これを届けたいんやけど……ペガサス、一人じゃ貸せんって言いはるんですよぅ。バイク? とか、そんな乗り物を持ってるのがレン様だけなんですぅ」
「はぁ、乗せていけばいいということですか?」
「頼めんですやろうか……」
今は幸い、店は暇だった。おやつの時間が終わり、皆が夕飯に向けて材料などを買いに来る時刻である。
「分かりました、お乗せしましょう。その、スカートでは少々乗りにくいと思いますので、ズボンか何かを」
「はぁい、分かりました~!」
十分後、店を閉めて、短い白のワンピースに黒のズボン、上には十字架をあしらったローブを着たマギーと合流する。
「お待たせしましたぁ。いつも、ここで待っとーとですか? 暑ぅないです?」
「ええ、問題ありませんよ。目に付く場所で待つのが一番ですから」
店の前だ。直射日光がガンガン降り注いでいる。熱季節の日差しは日本よりも強いが、風が乾いていて日陰ならば涼しい。
「では、後ろにどうぞ。跨ってください。そして、俺をぎゅっと抱きしめてください」
「ええ!? は、恥ずかしいですやん、そんな……いきなりやなんて……」
「……バイクはペガサスなんて比べ物にならないくらいのスピードが出るんですよ。命に関わる事です」
「は、はい。茶化して、すみません……では、失礼して……」
ムギュッと体を密着させるマギー。
迂闊だった。自分がこんなにも考えなしだとは思わなかった。
彼女はスタイルがいい。そんな彼女が密着すると、柔らかい体の感触がシャツ越しに伝わってくる。
おまけに少し汗ばむ陽気。彼女の甘い体臭が鼻腔を抜けていき、くらくらした。そうだ、リリーはあまり胸がなかったから柔らかいな、くらいしか思わなかったが……本当に俺は間抜けだ。
しかし、ドキドキしているのは彼女も同じらしい。胸の奥から伝わってくる鼓動が、早い。
「は、はよう行きましょう」
「そ、そうですね。場所が分からないので、指示をお願いします」
「はい!」
バイクを走らせる。
その街は、バイクで三十分程度の場所だった。歩いて移動する、となると、結構な時間が掛かるだろう。
田舎道をゆっくり走り、王都より少し小さい教会に着いた。彼女は降りて、ポーチに詰めていた何かを取り出す。宝石に見えるが。
「それは?」
「これはやねぇ、魔族が嫌う、聖なる輝きを宿した、魔石のようなものですぅ。聖石と呼ばれてるんやけど……聞き覚え、あります?」
「いや、聞かないですね。魔族、というと、魔物とは違うのですか?」
「はぁい。人間レベルの知能を持つ種族なんです。ヴァンパイアとか、ガルファングとか……。まぁガルファングは友好的な部族もあるみたいなんやけど……。それらが嫌う、人間には無害な……結界? を張るものなんやて。光の魔力を霊力って言って、それが高い人が魔力をこめたのが聖石ですぅ。魔石は基本的に水晶なんですけど、聖石はダイヤモンドじゃなきゃあかんらしいんです」
「なるほど」
この石ころが人間を守ってくれる。こんなものに守られなければ、生きていけないのか。
地球は逆に、虐げる側だった。だから、妙な気分になる。
「では、届けてくるのでぇ!」
「はい、お待ちしていますよ」
「え? せっかくやから、いかへんですか?」
「……それじゃあ、お邪魔しますか」
教会の横にバイクを置き、中に入る。
木造の建築物だ。ステンドグラス越しに差し込む輝きがぼんやりと室内を、荘厳に照らしている。
そこに、真ん中に十字架をあしらった、質素な服を着た女性がにこりと微笑みを浮かべて、俺達を待っていた。
「あら、マルグリッドさん。そちらは?」
「初めまして、レン・ヤナギバと申します。……そういえば、教会といえば神様ですよね。ここは、何を崇めているんですか?」
今更な質問だった。マギーもずっこけている。
しかし女性は笑わず、胸の前で手を組んだ。祈るように。
「マガラ王国の多くは、光の神であるサンライト様、守護天使であるルナティア様、そしてその輝きを操った勇者であるレヴァン様を崇めております。かつて、輝きを持つサンライト様は、全てを照らされました。善も悪も、光も闇も、全てが生まれました。サンライト様が降りない時はルナティア様達がこの世界を照らしてくれます。私達は輝きがあるから、生きていられます。草花は萌えて、水は透き通り、空はどこまでも。しかし、照らされたことで悪が多く蔓延るようになりました。そして、闇は魔王を寄り代に勢力を伸ばしていきました。しかし、サンライト様とルナティア様に力を与えられた勇者、レヴァン様をこの世に降り立たせ、魔王を滅ぼし、自身を封印の剣にて世界のどこかに閉じ込めてしまいました。こうして、世界の闇と光は調和して……今の暮らしが実現するようになりました。今日この日を迎えられるのも、サンライト様、ルナティア様、レヴァン様がいてくださったためなのです」
はぁ、なるほど。
宗教というよりは、御伽噺を聞いているようだった。
「さあ、祈りを捧げましょう」
「お断りです」
にこやかに、しかしピシャリと跳ね除けた。
しかし相手も負けてはいなかった。
「ほかの神様を信じているのですか?」
「俺はそんなもの、欠片も信じてはいませんよ。信じていればパンが降って来るわけがない、祈ったからステーキが食べられるわけがない。本当に感謝すべきなのは、今、ここにいて、俺達の血肉になってくれる食物達。……俺はそう思います」
「なるほど。今を大切にしていらっしゃるのですね」
「ええ。宗教をする気はないです。すみません」
「いいのですよ、皆が皆、考え方が違います。サンライト様を崇めている人もいれば、崇めていない人もいるでしょう。で・す・が!」
ババッと広げて見せたのは、美少年と美青年の……濃密な、その、なんだ。絡みというか、なんというか。端的に言えば、イチャイチャしている姿だった。
「サンライト様と四人のルナティア様達の擬人化! サンライト様をめぐる、男同士のアプローチにより戦い! そして最後は……ぶっはぁああああああああああああっ~~~~!!」
夥しい量の鼻血が、木造の床に滴る。
興奮しているのか、息を荒げているのがものすごく怖い。
「こ、興奮しませんか!? 美少年同士の絡み!」
「またはじまっとるー。レティシアはホンマに男の子好きやねー」
「ただの男の子には興味ありません! 美少年! または美青年同士! ふぉおおおおおおおお!!」
うん、腐ってるなこのシスター。
「一冊、どうですか? レンさん」
「結構です」
焚書指定にしてしまえ、そんなの。
「すみません、すみませんレン様ぁ……。悪い人やないんですけど~……」
「ええ、まぁ、いいですよ」
ガレオンに戻り、マギーはしきりに頭を下げてくる。
ちょっと度肝を抜かれただけで、別にかまわないし。
「……それに、マギーとお出かけできて。楽しかったですよ」
ニコッと本心を伝える。いい気分転換ができた。
なぜか、彼女はぼっと顔を赤くして、もじもじと指先をいじる。
「あの、その……ほ、ほんまなん?」
「楽しかったですよ。また、どこかにいきましょう」
「は、はい! レン様!」
ありふれた言葉なのだが、彼女はすごく喜んでいる。
いまひとつ理解できなかったものの、俺は笑顔で彼女を見送り、店に戻った。




