二十章 王様と名物料理
「よう! 邪魔するぜ!」
とある昼下がり。
大きな声を出して店に入ってきたのは、筋骨隆々の男だった。
大工か? いや、にしては見た事がないし、そもそも着ているものが素朴だが上物だ。
「お前が今噂の料理人か?」
「噂、ですか?」
「西と東、あらゆる料理に通じた、彗星の料理人ってヤツさ! しかも、めちゃくちゃ美味いメシを出すってなりゃ、噂は知れ渡るってもんよ! レン、とか、大将、とか呼ばれてんだろ?」
「はぁ、確かにレンは俺の名前ですし、大将とも呼ばれていますが。貴方は?」
「おお、こいつぁ失敬だな。みんな知ってるもんだとばかり思っててよ、いやー恥ずかしい恥ずかしい。オレっちはエルドレッド・ガレオン・ド・マガラだ。ま、簡単に言えば国王だな」
「国王様……国王様ぁっ!? こ、この庶民の食堂にどのような用事でしょうか?」
ビックリした。なんでそんな人がこんなところに平然と出歩いてるんだ。
「あっはっは! 久々にそんな反応見たぞ! 国王っつっても、国を纏める仕事をしてるだけで、農民とそうかわらねぇぞ?」
……ああ、そういえば。前にリリーが話してたな。国王も鍬を持って耕してるって。
「にしても、若いなぁ」
「国王様もお若そうですが……」
「オレっちはそんなに若くねえよ。三十半ばだぜ?」
には、見えない。どんなに見積もっても、これは二十代後半である。
「じゃ、何かここでしか食えない物を頼むぜ。肉と野菜がどっさり入ったもんが食いてぇんだよ」
「肉と野菜……ふむ。国王様は甘辛いのは好きですか?」
「オレっちは何でも好きだぜ?」
「では、少々お待ちを」
俺はひとまず、白菜と白葱を切る。仕入れていた白滝も入れて、水、ミリン、酒、醤油、砂糖を加えて煮立たせる。蓋をして、ぐつぐつと煮込んでいく。
その間に、上質な肉をスライスする。なるたけ薄く、しかし肉の食感が残る程度に。
他の具は……舞茸があった。それと、締めのうどん。卵も用意して、舞茸を入れて、もう一煮立ちさせれば、準備完了。後は待つだけ。
「まだかー?」
「もう少々お待ちください」
うん、白菜もとろとろになった。
そこへ肉を入れる。ほんのりと肉が色づく。このタイミングが一番だ。
「はい、お待たせいたしました。すき焼きでございます」
「スキヤキ? なんだそりゃ」
「俺の故郷の料理です。肉と野菜を甘辛く煮込んで、溶いた生卵をつけて食べます。お箸は使えますか?」
「おう。……ほうほう、いい匂いだ。んじゃ、白菜から……」
国王が食べる。その緊張感はあるが、自信はあった。
慣れた様子で箸を使い、白菜と肉を合わせて食べる。
ニカッと国王が笑った。
「美味いぜ! 白菜の芯って、こんなにとろっとろになるもんなんだな」
「意外でしょう? どんどん召し上がってください」
「おう! 後、ライスくれ」
ガツガツとそれを頬張っていく。ご飯を置くと、すき焼きを当てにそれを食べていった。
「おう……少し、物足りねえな」
もう食べ終わったのか。しかし、それも想定済み。
「お鍋と卵を。この出汁でうどんを煮込みます」
「へえ! お前、出身は東みたいだな。うどんにこの甘辛い味付け。おまけにライスを炊くのがうめぇ! そうだろ?」
「……かもしれませんね」
「なんだよ、はぐらかすなよ」
「いえ、眉唾物のお話ですので。俺の国は、別の世界にあるんです。太陽系第三惑星日本、福岡県糟屋郡……。ヴェルタスティア、なんて世界は、ここに来るまで知りませんでした」
「……その、フクオカケン? とかいうのも、オレっちはしらねぇ。だが、お前が嘘を吐いてるようにもみえねえ。……異世界からきたんだな」
「ええ。言葉が通じるのが、本当に幸いでした。それに、皆さんがよくして下さったので、こうやってお仕事をさせてもらえているんです。なので、この国を作り、回している国王様には、本当に感謝しています」
「んだよ、堅いなぁオイ。国王様ー、とかよ。役柄で呼ぶなよ。名前で呼んでくれ」
「はい、エルドレッドさん」
「おう、それでいい」
「……王、というものは、気高いイメージがあったのですが」
「馬鹿言うな、その特権に浸っちゃいけねえ。そういう王一族の家訓があるんだよ」
「なるほど、そういう家訓ならば、その性格と振る舞いに納得がいきます。……お待たせしました、締めのうどんの卵とじです」
「おお! 美味そうだな! どうれ」
豪快に啜りこんで、うんうんとエルドレッドは頷いた。
「うめえ! いやぁ、ここに来る奴らの気持ち、分かるわー。王家の料理人はよぉ、どうも柔軟性がなくて、メニューがローテーションすんの。味変わんねぇし……どこの家庭も大体似たような味になるだろ? たまにゃ、違うものも食いたくなるさ。ここと、もう一つ人気店があるんだが知ってるか?」
「はい、『バッカスの雫』でしたね。お酒をメインに出している」
「おう。住み分けが上手い事できてるぜ。お前のとこはメシが主に、あっちは酒が主に。打ち合わせでもしてんのか?」
「いえ……面識もなにもありませんよ」
敵情視察には来ているかもしれないが……まぁそれはいい。盗めるものなら盗めばいいし、現に俺はそうしてきた。真似られても、すぐに新しい味を出せるし。伊達にレパートリーは持ってない。店に出しているのは、ほんの一部である。
「ちなみにこれ、いくらだ?」
「そうですね、六十ベルドで」
「お、この量でそりゃあ安いな。にしてもよ、可愛い店員がいねぇなあ」
「俺一人で回せてますので。人件費が一番お金が掛かるんですよ? 確かに女の子を雇うと華やかになりますが、最悪、要らぬトラブルを生みますし。何より、食事を堪能してもらいたいですしね」
「……お前さん、食に対して真剣なんだな」
「これが俺の生きる道なので」
「そうか。でも、お前には、可能性がある、ってオレっちには見えるぜ。料理人で収まるようなタマじゃねえよ、お前」
「……それは、評価のし過ぎですね」
「なら、お前の自己評価が低いんだろうぜ。……ご馳走さん! これ、金な。ぴったり置いていくぜ。んじゃな! また家の味に飽きたらくるぜ」
エルドレッドは金を置いて颯爽と去っていった。
と、入れ違いになるようにリリーが入ってくる。
「国王が来てたのね。王様には見えなかったでしょ?」
「着ている物が上物だったのですが……まぁ、王様というより、気のいい男性くらいだと……」
「ま、そうよね。カレーを頂戴。ミリヨンのアイスティーも」
「……気に入ってくださったのも嬉しいのですが、これでカレーは今週で五回目では……」
「い、いいじゃない! 悪いの?」
「うーん、栄養が偏りそうですね。……少し具を変えましょうか」
「へえ。まぁなんにでも合いそうだもんね、カレー」
「ええ。少々お待ちを」
トマトをカットしてブロック状にする。ナスも入れようか。このナスは実が締まっていて、ちょっとの事じゃ崩れない。カレー向きだ。ピーマンも入れてみる。
オリーブオイルに塩、コショウ、唐辛子を入れて、そこで炒める。最初はナス、次にトマト、最後にピーマン。
軽く火を通したら、カレールーと混ぜる。味は……うん、いいな。
「はい、お待たせいたしました。夏野菜のカレーになります」
「夏野菜?」
「俺の世界では、四季というものがありまして。暖かい春、暑い夏、涼しくなる秋、寒くなる冬、とあるんです」
「ここも季節は変化するわ。熱季節、中季節、寒季節、中季節、熱季節っていう風にローテーションするの。採れる野菜も変わってくるの。ナス、トマト、ピーマン。これらは熱季節に採れる野菜よ」
四季の認識であまり間違いはないようだ。
「では、熱野菜のカレーということで。アイスティーは今しばらくお待ちください」
「うん、頂くわ。……合うわね。これは食べやすいわ」
「旬のものをたべるというのは大切ですから。季節を肌で、そして舌で感じるのも乙なものですよ」
「そういうの、何ていったかしら。風流、だっけ?」
「風流ですか。確かに、そうかもしれません」
季節を愛でる感性は日本特有だと聞く。だとしたら、季節に合わせて料理を出す俺達料理人も、その風流人の一人なのかもしれない。
アイスティーを作りながら、俺はそう思った。




