十八章 定番、その二
本日は不定期の休日。しかし、研鑽は欠かせない。
強力粉に、温水と重曹(リリーに作ってもらった)と塩を混ぜ、冷水と全卵を混ぜ、それらを強力粉に打ち込んで練っていく。
打ち粉をして、薄く延ばして、畳み、細く切っていく。うん、こんなもんだろう。麺ができた。卵麺だ。
鶏の皮を焼いて油をとっていく。具体的には、弱火でじっくり焼いて、水分を飛ばすのだ。五十分もすれば、油が流れ出て、皮がカリカリに仕上がる。そこへ白葱の青い部分とニンニク、生姜を。匂い立ったらそれらを取り除き、耐熱のビンに入れる。鶏油である。結構できた。
鍋にお湯を沸かし、醤油、鰹節、ミリンで味をつけて、それらを漉して、更に煮詰めて醤油ダレができる。
出汁はいつものカツオと昆布。いりこなんかあるといいのだが、生憎ないので割愛。
豚の塊は糸で円柱状に成形。塩、コショウ、タイムをよくなじませる。
その間、醤油、ミリン、砂糖を鍋に入れて、先ほどの白葱も加えて加熱。煮立ってきたら、一度火を止める。
時間経過で塩とコショウが染みたと思ったタイミングで、フライパンで肉に焼き目をつける。ここはしっかりと。生で煮込むよりもバッチリ味が染みる。
焼き目がついたら作っておいたタレをぶち込んで、よーく煮立たせる。水分が飛んで、煮詰まったら、常温で放置。
「うんうん」
豚骨ラーメンは匂いがきつ過ぎてできないが、こういうシンプルな醤油ラーメンは簡単にできる。材料さえあれば。
沸騰させていたお湯で麺を感覚で湯がき、水を切る。丼には、タレ、出汁、鶏油の順番で入れて、麺を入れ、切ったチャーシューを乗せる。
あ、煮卵作ればよかったな、と思ったが、別にいいだろう。これだけでも充分だ。
醤油ラーメンの完成。ううん、腹が減った。
「どれ……」
ずずずっと啜る。
うん、和風出汁の優しい旨みが、手打ちの麺によく絡んで美味い。鶏油の鶏からえらい油がでるものだから、量を作れそうだな。
「レン様ー! 信者の方からぁ、たくさんお米を頂きましたのでぇ、持ってきたんですけど……」
「ああ、ありがとうございます、マギー」
「? スープパスタなんです、それ? それは、レン様の故郷のヤツなん?」
「はい、醤油ラーメンです。まぁスープパスタに似たようなものではありますけど。試食してみます?」
「うち、お箸使えんのですよ」
「じゃあ……はい、どうぞ」
一口分くらいを箸で持ち上げて、彼女の口元へ持っていく。マギーの目が大きく見開かれた。
「こ、こ、こ、これは……!? あーん、というヤツですやん!」
「そうですね。あ、俺から抵抗があるなら、フォークを……」
「食べる! 食べます! 食べさせてほしいんですよ!」
「そ、そうですか」
えらい食いつきだな。
「あ、あの、巻いてくれらな……食べられへんですよ」
「啜りこんでください。それがラーメンの作法です」
「……そうなん? やったら、そうしますけど……」
彼女は麺を啜りこむ。
「! こ、これは!」
「どうですか?」
「めっちゃ……めっちゃ美味い! 凄いですやん、レン様ぁ! これ、絶対流行りますよ!」
またどこかで聞いた台詞だな。
「ふむ……じゃあこれも明日からメニューに加えましょう。マギーも食べますか? フォークをご用意いたしますよ?」
「た、食べる! 食べたいですぅ!」
「はい、お待ちください」
残りを啜りこんで、俺はもう一人分の麺を茹で始めた。
今回のラーメンは、まず東の連中に受けた。箸が使える人物達、と言い直した方が適切かもしれない。
「うっめぇ! レン、こんな美味いもん出し惜しみしてたんスか?」
「おお、美味しゅうございます……! こういった麺料理は斬新でございますな」
「うめぇ! さすがだな、大将!」
フウカ、サルトビ、ロッタがうんうんと頷いている。
それを見たリョウも注文して、うむと小声で呟いていた。
「これは東で食べた事があるが……拙者の食べたものより、数段上でござるな。しかし、前に見たものは臭いがきつく、白く濁っていたが」
「それは恐らく豚骨味だからでしょう。濃厚さなら豚骨が、あっさりとした味ならこちらの醤油ラーメンです。俺は本当は豚骨の方が得意なんですが、仰られたとおり、臭いがきついですから。それ一本でやるならいいんですが、他の物を出している手前、臭いがきついものは出せませんね」
おまけに、本場福岡の豚骨ラーメンは、物にもよるがどろっとしてるほど濃厚なものもある。凄まじい臭いがするが、慣れてしまえばその味に病み付きになるのだ。俺もよく食べたものだ。
……と、奇妙な来店者が現れた。
黒い翼のついた真っ黒なフリフリのドレスに身を包み、深い青色の髪を下げて、紅の瞳はどこか陰りを抱いている。
顔も整ってるし、美少女……なんだけど、何か、剣呑な雰囲気だ。
「レン、あいつヤバいっスよ。確か世界を渡り歩く有名な魔術師で、言ってる事が一切合財理解不能なヤツっス」
「理解不能って……」
こっちにくる。開いていたカウンター席に腰を掛け、彼女は型のよい唇を開いた。
「穏やかな赤き輝きをした、氷獄を漂わせる香り高き一杯を所望する。舌の蕩ける、アレで頼むぞ」
……えーっと。なんだっけ、こういうの。中二病?
言っていることは、なんとなくだが伝わってくる。
「はい、メルトのアイスティーですね。お待ちください。暑いですもんね」
「然り。我が身を溶かさんと灼熱が押し迫るのがいかに不快か。にしても、我が真意を汲み取るとは……お主、できるな」
「お褒めに預かり、光栄の極みです」
「この灼熱の中、また遠くへ行かねばならん。討伐者は忙しいものだ」
「バスターなんですね。この季節は、色んな魔物が活発になるそうですから。バスターは引っ張りだこでしょう? 大変ですね」
「うむ、忙しないものだ。以前ここにきたことはあるのだが、凡夫が経営していた。子孫か、お主」
「いえ。その店主が亡くなって、ここを継いだ、前の店主とは関係のない一般人ですよ。……はい、メルトのアイスティーです」
「ふむ、頂くか。……むっ!? お、お主、やるではないか!」
「お口にあったのなら、光栄です」
「舌の上で制圧をするような極上の甘味は置いてあるのか、ここには?」
「甘いものですね。パフェとかケーキとか、置いてありますよ。季節のものなら、マンゴーを使ったパフェをお勧めしております」
「では、それを所望するとしよう」
「かしこまりました」
ブロック状に切ったマンゴーをいれ、七部立てのホイップクリームを入れて、マンゴーのペースト、更にバニラアイスを乗せ、その上からマンゴーソースをあしらう。量が多すぎると飽きるので、普通のパフェより少し小さめ。
「お待たせしました、マンゴーパフェになります」
「ご苦労。……ふおおおっ! こ、この甘美なる味わいは……! た、堪らん!」
美味しかったのか、がつがつとスプーンを動かす女の子。うん、言動はアレだけど、可愛いな。
「あはは。楽しんでいかれてください」
「これでおいくらなのだ?」
「四十五ベルドです」
「な、何っ!? なんだその無茶な価格は! こ、これだけ黄金色に熟れた果実をあしらい、その価格は……なんなのだ!?」
「この店はですね、俺だけで切り盛りしてるんです。他の人員はいません。なので、浮いた人件費で多くの人に楽しんでもらおうと、こういう価格なんですよ」
「……見上げた心がけだ。お主、名は?」
「レン・ヤナギバと申します」
「レンか、良い名だ。我は氷結の魔術師、ベルベット・アスカロン。お主の顔、しかと覚えたぞ」
「ありがとうございます」
「では、これで丁度だ。また来るぞ」
スタスタと彼女は去っていく。それを呆然と全員が眺めていた。
我に返ったらしいフウカが、呆れた顔で俺を見てくる。
「いや、言葉が何で理解できるんスか? 何言ってるかサッパリだったんっスけど」
「まぁ、俺の国にもそういう人はいましたから」
本で読んだだけだけど。
フウカはすっかり伸びてしまったラーメンに辟易しているようではあったが、ちゃんと完食した。




