十七章 定番
クミン、ガラムマサラ、シナモン、コリアンダー、ターメリック、フェンネル、唐辛子。
それぞれ名前は違ったが、味と風味は確実にこれらだ。
「フフフ……」
それらをすり潰し、小麦粉と合わせて炒っていく。水分を飛ばす感じだ。
そこにバターを投入。多めだ。続いて、フォンドボー……つまり、仔牛に焼き色をつけてから煮出した出汁と、鳥と野菜で作ったポトフから水分を取り出し、スパイスと粉に入れてよーく混ぜる。練れるほどになったらルーの完成。
飴色になるまで炒めた玉ねぎに、ブロックの牛肉を入れる。軽く赤ワインでフランベして臭みを飛ばし、ニンジン、ジャガイモを入れて、軽く火を通す。
そして底の深い鍋にそれらを移し、フォンドボーとブイヨン(ポトフのスープの部分をそう呼ぶのだ)を入れて煮込んでいく。
月桂樹の葉っぱ、つまりはローリエもこのタイミングだ。他に、適当にソースとかケチャップとかコーヒーとかリンゴのすりおろしとか。色んなものを加えていく。
ジャガイモとニンジンに火が通ったら、フォンドボーでとろとろになっていた肉をぶち込み、ルーを入れれば完成だ。
「カレー……。久々に食べたかったんですよねぇ」
スパイスが集まらなかったのでできなかったが、ようやく実現した。メニューに出せるように、あるだけ買っておいた。
カレーとかラーメンとか、食べたいって欲求が食べるまで消えてくれない料理がいくつかある。
俺の場合、そこにうどんとかを足すんだけど、カレーはやっぱり、子供の頃から大好きだった。
「おーっす、レン! 何か食いに行こう……って、なんだそりゃ。そのチャウダー、焦げてるじゃん」
そこにミリーがやってきた。今日は店を閉めると言っていたので来ないと思ったのだが、丁度いい時に来たな。
「こんにちはミリー。いえ、俺の国の料理が好評なので、もっともポピュラーな代物を作ってみたんです」
「チャウダーだろ? 失敗してんじゃん」
「これはカレーという食べ物です。チャウダーではありませんね」
「ふーん。美味いの?」
「はい、どうぞ」
ライスとルーを半分ずつ乗せたスプーンを、彼女に差し出す。
何の気なしに食べて、彼女は「お!」という顔をした。
「何だこれ、美味ぇ! で、何か……辛いんだけど」
「そういう料理ですから。はい、お水です」
「ありがと。……へえ、味はすげえいいんだな。リリーが好きそうだ」
「どれ……ふむ、いつも通りですね」
「なぁ、それ辛味を抑えること、できねーの? 美味いのにもったいねえよ」
「甘口も作りましょうか。食べますか、ミリー」
「おう! みんな呼んでくる!」
鍋いっぱいに作ったが、果たして足りるのか。
やって来たのは、リリー、フウカ、マギーにエリスだった。
「何スか、新作メニュー。……なんか、茶色いっスね」
「でも香りはいいわ。スパイシーで」
「チャウダー? でも、焦げとりますよ、レン様」
「辛い、と聞きましたが……甘いのも用意してあるそうですね」
「はい。辛いのが良い方は?」
手を上げたのは、リリーにフウカ、それにマギーだった。
別の鍋に一部を移し、ヨーグルトと蜂蜜を入れて辛味を調整。うん、いいな。
「はい、皆様お待ちどうさまです。俺の故郷の料理で、カレーと言います。ライスがついているので、これはカレーライスと呼称します。まぁライスカレーでも間違いではありませんが」
各々、不審がっていた。まぁ白いチャウダーしか知らなければ、これは美味しくなさそうに映るだろう。
食べているミリーの他、唯一リリーだけが、わくわくとした顔でスプーンを口に運んだ。
「……! へえ、美味しいじゃない、レン! これ売れるわよ!」
それを聞いた全員も食べ始める。
「んおっ。こりゃ……美味いっス! 見た目はちょいと悪いっスけど」
「辛くなくなってるな、レン。どうやったんだ?」
「ヨーグルトと蜂蜜を足しまして」
「なるほどなー」
「お、美味しいです! 食べやすくて……!」
「美味いですやん、レン様! せやけど見た目、あんまええ感じではないですね」
概ね好評だ。
これなら、出していいかもしれないな。和食同様、最初は少し遠慮がちになるだろうけど。
と、思ったんだが。
「カレー大盛り!」
「おれも!」「私も!」
予想外の大盛況。カレーブームとなった。
男性から女性も、そのピリリと辛く、濃厚な味わいに病みつきになったらしく、食事の五割がカレーに変わっていた。
追加のルーを作っていると、やってきていたミリーがアイスミルクティーに口をつけながら話し掛けてきた。
「美味いけどさー、カレー。そんなに食べたくなるもんかな」
「しばらく時間を置けば、また食べたくなりますよ。そういう食べ物ですから。おまけにこの夏は、あまり食欲が湧かない、という方も多いでしょう。これはスパイスの香りで食欲が刺激されますので、うだるような暑さでも食べれますよ」
「まぁ後を引く味なのは分かってるけど、何か変な薬とか入れてねぇの? リリーのヤツなんて、これで四日連続でカレー食ってんだぜ?」
「何よお姉ちゃん、美味しいからいいじゃない」
「食事の管理ができていれば、大丈夫でしょう。それとミリー、俺はプロです。変な薬品を使った食事なんて信念にかけて出しません」
「ま、プロなのは分かってるけどさ。……こんどは、アタシにも分かる美味いもん、期待してるぜ」
「分かりました。挑戦として受け取っておきますね」
笑みで返して、俺はルーの仕上げに取り掛かった。
このカレーブームは二週間という長さに及び、以後、カレーは看板メニューとして街の誰もが知る料理になった。




