十五章 石ころ一つとキス一つ
「全ての宝石が混じった、七色の宝石……ねぇな」
俺は店を休み、ダンジョンに来ていた。
何でも、七色の宝石の採掘場に魔物が住み着いてしまい、近寄れなくなったのだとか。
魔物を全滅させたら、好きなだけ採掘していいと、依頼した地主が言った。
なので、魔物自体はフウカが一掃。ミリーとリリーと一緒に、ツルハシ片手に採掘していた場所を探っている。
「レン、なんだよノックばっかりしてさ」
「いえ、脆い岩面ならば、もしかしたらと」
「リリーも探せよ」
「あたしここでランプの代わりしてるじゃない。姉さんが探してよ」
リリーは薄暗いこの場所を魔術の炎で照らしていた。本人曰く、ぶっ放すならばさほど疲れないが、維持はしんどいとのこと。
俺は岩肌を叩いて、質感の違う音を聞こうと探っていく。
と、ここだ。うん、ここだけ音が違う。
「せっ!」
カキン、とツルハシで打ち付けると火花が散る。
ヒビが壁に入る。更にツルハシで周囲を打ち付けると、そこの部分だけが脆くも崩れ去った。隠し部屋だ。
「うおっ、またっスか! レン、何でそんな隠し部屋を見つける才能があるんスか!」
「いや、知らないですよ! 俺も音が違う場所を掘ったらこんな……」
キラリ、と部屋の奥で眼光が見える。
「魔物です!」
「おうよ! って、こりゃ……。リリー、照らせ!」
「はいはい」
火の玉が隠し部屋に入ると、正体が知れた。
七色の人形だ。精巧な人形ではなく、子供が作った不恰好な土人形、といった風情の造形である。
「ジュエルゴーレムっスね。アイアンゴーレムやらただのゴーレムは見た事あるっスけど。レン、弱点は頭の文字っス。一番左の文字を蹴り潰してくださいっス」
「はい、フウカ」
緩慢な動作で起き上がろうとするゴーレムだが、俺の方が圧倒的に早い。
躊躇なく近づき、左の文字。『E』の文字を蹴り砕く。気力で強化した足は、鋼よりも硬い。ちなみにだが、全ての文字は『EMETH』とある。
蹴り砕いたら、動かなくなり、バラバラになって崩れ落ちた。
「ひょええええ! すげぇ金になるんじゃね、これ!」
「……どうやって持って帰りましょうか、これ」
「待ってろ、荷台ペガサスで運んでくっから」
「俺はこの欠片でいいですよ」
散らばっていた欠片を二つほど、持ってきていたポーチに入れる。
「んだよ、欲がねーな、お前」
「今、充分稼げていますからね。これ以上稼いでしまったら、罰が当たりそうです」
「ま、いらねぇんなら、貰っとくけどよ。フウカ、リリー、アタシ先に上行くわ」
ミリーは喜々として、スキップしながら上に戻っていった。
そうして、ジュエルゴーレムは莫大なお金になり、『怜悧の剣』で分配された。俺は無論辞退した。本当に、過ぎた金を持つと堕落しそうで怖いし。
俺はその欠片を持て余していた。行商人に売れば結構な額になるらしいのだが、何だかもったいない気がして。
と、女の子がいた。淡い茶髪で、上品な白い服に身を包んでいる。
十二歳くらいの女の子。ふわっとした髪が女の子っぽい。
噴水広場。その噴水の淵に腰掛けていた。
うつむき、肩を落とす彼女。地面には、水滴が。泣いているのか。
誰もが見ているが、それは背景として映っているだけ。声を掛けようとも、誰もがしない。
だから、俺はあえて話し掛けることにした。
「お嬢さん、どうされました?」
「ふぇ……?」
少女は泣いていたが、頑なだった。
身元は言わない。俺が登場してから涙を見せない。警戒しているようで、最初は俺を睨んできた。
だから、俺から事情を話した。この街の飲食店の店主であること。困っているように見えたから声を掛けたこと。
店で何か食べませんか、と話したところ、「お金がない」と言って、ようやく事の次第をつかめた。
様々な推測をして、反応を見ていくうちに、ようやく正解にたどり着く。
「なるほど。家出してきたのはいいですが、帰る馬車代がないんですね」
「……うん」
そりゃあ困るだろう。
着ているものは、この世界では上物だろう。恐らく、いいところの娘さんに違いない。
「何かご馳走しましょう。甘いものはお好きですか?」
「す、好き」
「はい。お待ちくださいね」
パフェを出した。クリームにベリーのジャム、それからアイスクリームが乗った、ちょっと汗ばむ日和にぴったりな代物だ。
「……ほ、ホントに、食べていいの?」
「ええ、そのために作りましたから」
店は休日だったが、仕込みはしていた。というのも、急な話だったからだ。ミリーはたまにこうして、俺をクエストと呼ばれる依頼に引っ張る。嫌ではないが、本業ではないので、落ち着きはしない。
とはいえ、行く先々で宣伝してくれる、という彼女達の話に乗ってしまう俺も俺なのだが。
最初は恐る恐るスプーンでジャムとアイスをすくう。そして、えいや、と口に運んだ。
目が見開かれる。
「美味しい!」
「お口に合ったようで、何よりです」
「……お、お金、本当にいいの?」
「ええ。それは貴女にプレゼントしたものです。いらないのなら、捨てますが」
「た、食べる! ……ホントに美味しい! うわぁ! 濃厚なバニラアイスの甘みとベリーの酸味が……!」
「クランベリーですね。あれは、この世界に来て初めて口にした果物でした。酸っぱかったですが、ジャムにしたら丁度よくて」
「? この世界?」
「俺はですね、違う世界から来たんですよ。魔術も、気力も何もない世界です。料理はそこで勉強して、で、召喚術の失敗で……俺は、このヴェルタスティアに来てしまいました」
「それって、凄く大変じゃないの? 魔術がないなら、魔力もないよね?」
「俺の暮らしていた世界では、ですね。雷……は、分かりますか?」
「ピカーッてしてゴロゴロー、ってして、どかーん! っていうヤツだよね? 魔術でも、風の……上位属性、だったかな」
「魔力で動くものが、その雷……電気で動くものが主流でして。それを貯めるものがあったり、それを家に伝うロープがあったり。まぁそれは置いておきましょう。お家は離れた場所にあるんですか?」
「うん。馬車じゃないと……平原を横断できないし……」
淡いブルーの瞳が揺れる。
「分かりました。では、俺がお金を出しましょう」
「お、お金なんて……見ず知らずの人から、受け取れない!」
「……では、どうやって帰るつもりですか?」
「…………」
プライドがあるようだ。現金はまず、受け取ってくれないだろう。
「ふむ。では、こういうものはどうでしょう」
店の奥に置いてあった、虹色の宝石の欠片を出す。
「うわぁ……! セブンクォーツ! 純度、凄く高いやつだよ、これ!」
見た事があるのか。お金持ちの可能性がより濃厚になったな。
「差し上げますよ、二つあるので。お一つどうぞ」
「も、もらえない、こんな高いもの!」
「俺にとっては、ただの金になる石ころでしかありませんから。価値が分かりませんし、正直、商人にぼったくられるのがオチでしょうから」
「……ねぇ、何で?」
「はい?」
「何でこんなに、優しくしてくれるの……? 会ったばかりで、名前も言わない……愛想悪い、こんな私に……」
「俺は、この世界に来て……とても、よくして頂きました。皆さん、会ったばかりの俺に仕事をくれて……友達に、家族に、なってもらって。ですから、俺も……本当に困っている人には親切にしたい、と思ってます」
ニコッと俺は笑みを浮かべた。
「ですので、これは恩返しの一環です。何も考えずに、受け取ってください。それで帰れるでしょう」
「……馬鹿よ、あなた。でも、あなたみたいな人、好きよ。私はシャルロッテ・ノックスタイン。あなたは?」
「レン・ヤナギバと申します」
「レン。いつか、きっと恩返しをするわ。……パフェ、美味しかった。こんな美味しいパフェを食べたのも、人にこんなに優しくされたのも、初めてだったの。……レン!」
グイっと顔を引き寄せられ、頬っぺたに口を当てられる。
「お父さんにだって、こんなことしないんだから! じゃ、いつか恩を返しに来るから、私の顔、覚えてなさいね!」
宝石を握り、浮かべてなかった笑みを俺に見せて、彼女は去っていった。
「……ませてるな、最近の子って」
頬に残る柔らかな感触とその残り香を感じつつ、俺は溜息を吐いた。




