十三章 お前が言うな
「すっかり馴染みましたね」
「な、何がですか!」
「いえ、最初は周囲を警戒しまくっていらっしゃったので。本日のケーキはいかがですか?」
「……美味しいです。クリーム、相変わらず滑らかですし、スポンジにこれ、ベリーしみこませているのでしょう? 甘酸っぱいです。クリームだけだと味が単調ですからね」
エリス・ミュルルット。マギーを慕う、自称子分である。
三時頃になるとほぼ確実に店に顔を出し、紅茶とケーキを食べて帰る。この時間帯は女性が多く来店して、甘いものを注文するのだが、すっかり馴染んでいた。
「エリスちゃんも料理をなさるのですか?」
「貴方に比べれば、ほんの嗜み程度ですが。……この紅茶もアイスなのに香り高いです。ルッティ?」
「正解です。甘みと色がよく、渋みも少ないのでアイスティーにピッタリなんです」
氷は冷蔵室にある。高等な魔石らしく、周囲に水を置いておけば氷ができるのだ。
その魔石は氷の魔石という珍しい代物。以前からここにあったのだが、手のひらサイズで一万ベルドとヤバい金額である。まぁその一個だけで、部屋中が寒くなるので、それだけの価値はあるのか。
「最近暑くなってきてますし、こういう冷たいドリンクはありがたいです」
「ですねぇ」
俺はスーツ姿ではあるが、スラックスとシャツだけだ。シャツの替えはちゃんと着まわせるくらいあるので、安心である。
バンダナも今はタオルに変わっている。調理場は火を扱うので、商品に汗や髪が入ってはいけない。最低限の配慮だった。
「ここって、儲かってるんですか? かなり値段、低いですけど」
「勿論ですよ。儲からなければやりません」
人件費は俺だけだから無駄に値段を上げる必要もなく、お客はガンガン来てガンガン頼むので、どんどんベルドは溜まっていく。
この一月で三万ベルド。ドラゴンステーキが物珍しさから多く出て、それは臨時収入。プラスすれば十三万ベルド。つまり百三十万。月収としては目を剥くレベルである。
しかし、さすがにこのままでは。新しく人を雇った方が……ま、いいか。回せてるし。
と、スウィングドアがバタンと音を立てる。
「見つけたよ、エリス!」
「げっ!?」
エリスが手にしていた紅茶を取り落としそうになる。
ドアを潜ったのは、まっすぐな金髪をした、甘い顔立ちの青年だった。
パッと見て、顔が似ているのは分かる。兄妹だろうな。
「お兄様、ウチ、帰らないですから!」
「馬鹿を言わないで欲しいな、こんな小汚い店に入り浸って甘いものを貪ってるそうじゃない――――うわっ!?」
小汚い、といった瞬間から、俺はその男に近づいていた。襟首を掴んでグイっと持ち上げる。
「小汚い、ですか。もう一回仰って頂けますか?」
「て、訂正する! に、人数の割りに少し手狭な店! すまなかった! 飲食店に汚いはご法度だった!」
「分かって頂けたら幸いです。それと、他のお客様の事も考えて、二人でゆっくり、常識ある範囲でお話ください」
「……あ、ああ。分かった。僕にはアイスティーをもらえるかな? 茶葉は……メルトで」
「かしこまりました、少々お待ちを」
俺はアイスティーを作るべく、新しく水を入れ、沸かし始める。
「へえ、水を沸かすところから。拘りがあるようだね」
「ええ、まぁ」
「……なるほど。エリス、少し貰うよ」
「あ、ウチのケーキ……」
パクッと青年が一口。刹那、目を見開いた。
「……これは驚いた。僕の家のコックよりも美味い。なるほど、甘味屋としてはかなりのものらしいな」
「お兄様、ここ、ご飯屋さんです。ステーキとかハンバーグとか、作ってますよ」
「何っ!? 甘味を極めた者ではないのか、君は!」
「甘味は一応、修行をした身ではあります。ですが、得意なのはやはり調理ですね」
造形や味は日本の老舗洋菓子店で学んだ。若いためか海外への留学を勧められたが、フランスなんか行くお金もないし、そもそも日本人向けに作るのだから、国内で修行するのが一番効率がよかったのだ。
そこで一年半で職人として一人前として認められたのだ。期間が他と比べて短かったため、あんまり得意、という意識はない。
「大した人が経営しているんだな。僕はゼルレッテ・ミュルルット。ミュルルット家の跡取りだ。……ふむ、気力を使えるようだね、君。複雑な過去がありそうだ」
「ありませんよ。面倒くさい事情でここにいるんですけどね」
こうなった経緯を簡単に語ってみると、ゼルレッテは思案する顔になった。
「なるほど、召喚術の失敗で異次元から、か。それは、眉唾物だ」
「でも、それらしい理由がそれしかなかったので……。帰れない以上、ここでやるしかない、というのが俺の意気込みでした。で、バスターになられる店主の代わりに切り盛りする事になり、その店主が逝ってしまったので、店の名前を『魔女の涙亭』に変更して俺が継いだ、というわけですね」
「めげずに頑張ってるね。気力は元の世界でも使えたのかい?」
「いえ、向こうにはそういうものはなくて。こっちで、護身術を教えてくれるようになった師匠から、気脈、というものを押してもらって覚醒した、という感じです」
「それはよかったじゃないか。気力が扱えれば、ほとんどの敵の相手をできるよ」
お湯が沸きかけたので、火を止め、そこで紅茶を作っていく。アイスティーなので少し濃い目だ。
いつも通りのことを徹底する。それを当たり前にする。それが一流だと、ラーメン屋の大将がそう言っていた。俺はこの教えを忠実に守っている。
グラスに氷をいれ、茶漉しで茶葉を除きつつ、最後の一滴まで注ぎ込む。
「はい、お待たせいたしました」
「ありがとう。……うん、甘い。よく味が出てて、凄く美味しいよ。僕も甘いものに目がなくてね。よく作ってもらったが……ここは穴場だな。エリス、いい店に通っているね」
「まぁ、腕がいいのはウチも認めてます」
「こんなに美味しいのなら、うちに来て欲しいな」
「店がありますので、すみません。よければ是非、ご贔屓に。モーニング、ランチ、ディナー。このおやつの時間も、やっておりますので」
「ああ、寄らせてもらうよ。こんなに美味しいお茶を出してくれる店なんて、そうそうない。ふらふらしてる妹を心配して来てみれば……収穫だった」
「エリスちゃん、ふらふらしてるんですか?」
「きょ、教会のお手伝いしてます!」
「あのねぇ、エリス。お前を養女に貴族へ出そうという話は……」
「ウチは、ウチの認めた家族でしか嫌なんです! 他の家なんて……!」
「ボリューム、抑えてくださいね。はい、紅茶のお代わりですよ。単品で飲まれるときは、ミリヨンでしたよね、エリスちゃん」
「あ……ど、どうも」
ヒートアップしそうになったエリスを冷たい紅茶で宥める。
「はい、ゼルレッテさんも。試作の抹茶のシフォンケーキです。是非、意見を頂きたいなと」
「これはどうも。……ふむ、緑色のケーキか。初めて見るな。味も……うん、落ち着いているな。非常に品がいいね、男性受けもよさそうだ」
上手く話をそらし、俺は落ち着いた頃合を見計らって、口を開いた。
「人生というものは、ですね。いかに、後悔せず、やりたいことを見つけられるか、だと俺は思うんです」
「後悔、せずに……か」
「ええ。その点、エリスちゃんには二つの道があるように思います。一つは、どこまでも、マギーを追いかける道。一つは、貴族とやらに嫁ぎ家の面子を守る道。エリスちゃんは、前者の道に邁進しているように思えます。その年で道を決められるのは、すばらしい事です」
「ウチは……マルグリッドお姉様のお側にいたいだけです。あの日、不良に絡まれて、連れて行かれそうになったウチを助けてくれた……あのお方に」
「ゼルレッテさんは思い悩んでいますね。家の面子のために、エリスちゃんを見知らぬ場所へ嫁がせるということに、若干ながら不安だと見受けました。そして、家族の代表としてそれを言わなければならない事に、責任を感じている」
「……ああ。僕達は貴族なんだ。ミュルルット家は先祖代々続く貴族の家系。エリスにもその血脈は受け継がれている。家を思うなら、確かに貴族に嫁がせるのが一番なんだ。だが、本人が嫌がっている。僕も、どうすればいいか。迷っているんだ」
「お二方は、一度それをご両親の前で仰ったらいかがでしょうか。黙ったままではいけません。俺の国に、雄弁は銀、沈黙は金、なんてありますが、黙っていても話は進みません。そこで喧嘩が起こるかもしれません。でも、相手がどう思っているかは、分かると思います。おせっかいかもしれませんが、感情をぶつけ合ったら、少なくともすっきりはするでしょう」
二人は無言で、紅茶とケーキを胃に収めていく。
先に口を開いたのは、エリスだった。
「言ってみます。このまま、お父様やお母様に心配をかけるのも、心苦しかったですし。教会に、就職します。マルグリッドお姉様のお力になれるような、そんなシスターになりたいです」
「……そうか。僕も同席しよう。喧嘩になったら面倒だからね」
エリスは立ち上がり、「おせっかいですね!」と吐き捨てて去っていった。
ゼルレッテは笑みを浮かべて、ベルドをおいた。
「不思議な人だね、君は。お名前は?」
「自己紹介が遅れました。俺はレンと申します」
「ありがとう、レン。こうやって家族が向かい合う場所を作ってくれたのは、君だ。また来るよ!」
去っていくその背中に溜息を吐いた。
――家族を知らない俺が家族の問題に口を出すだなんて。おこがましいな。
「大将ー、チーズケーキ! 紅茶もお代わりー!」
「かしこまりました」
ま、俺なんかの言葉でも、心動くのなら……それでいいのかもしれない。
ともあれ、今日も半ばだ。頑張って、お仕事をしますかね。
後日。
「やぁ、ご機嫌麗しゅう、レン」
甘い顔に満面の笑みを浮かべ、ランチの時間帯にゼルレッテが来店した。
「上機嫌ですね、ゼルレッテさん」
「ゼルで構わないさ! 君のおかげで家族の問題が片付いたよ。ステーキは何があるかな?」
「キラーバッファローと畜産されたバッファローがありますよ。高いのは畜産の方ですね。脂が乗ってて美味しいですよ」
「なら、その畜産のヤツをステーキでくれ。サーロインがいいな」
「かしこまりました、ゼル。少々お待ちを」
仕込みをしていたので、冷蔵室から手早く肉を取り出す。厚く切った肉に、塩、胡椒、ローズマリーをすり込んだものだ。
「焼き加減はいかが致しましょうか」
「ミディアムレア」
「はい」
何にしても、強火で表面を焼いていく。
焼き目がついたらひっくり返し、弱火にして蓋をする。この時間と火加減でで焼き具合を調節するのだ。
付け合せは……今日はカリフラワーがあったので、ボイルしてあるそれと、アスパラガスのバター炒めだ。
ソースは玉ねぎの摩り下ろしと砂糖、塩、胡椒、醤油で味をつけたオニオンソース。
「はい、お待ちどうさまです。パンかライスか選べますよ」
「では普段食べないし、ライスを頂こうかな。……エリスは両親に、真っ向から話し合いをしたよ」
「喧嘩になりましたか?」
「いや。家は僕が継ぐし、嫁ぐという選択を勧めていただけで、強制していたわけではない、って運びさ。無事、エリスはシスターになる勉強をしているよ」
「それはよかった」
「全て君のおかげさ、レン。この店にきてよかったよ。……むっ、このソース、あっさりしていて……飽きが来ないな。ピリッとするのは、胡椒かな」
「はい。少しソース自体が甘いので、刺激があると舌が馬鹿にならずに済むんです」
「なるほど。……うん、ライスもふっくらしているね。一粒一粒が甘い」
食事を楽しんでいるゼル。
そこへ、マギーがエリスを連れ立ってやってきた。
「マギー、エリスちゃん。いらっしゃい」
「あ、お兄様」
「エリス、来たのかい。頼むといいよ、エリス。マルグリッドさんも含め、今日は僕がご馳走しよう」
「ホンマですか? なら、お言葉に甘えましょう。レン様、うちもステーキ! キラーバッファローのサーロイン、あるんですかぁ?」
「ええ、焼き加減は?」
「ミディアムで~。エリスは何にするん?」
「じゃあ、うちもステーキ。キラーバッファロー、フィレ、ミディアムで」
「はい、かしこまりました」
二人の分を調理していると、会話が聞こえてくる。
「お兄様、どうしたの?」
「いや、家の問題が片付いて、僕としても安心できたのさ。レンはいいヤツだよ」
「レン様、誰にでも優しいんは嬉しいけど、うちだけに優しくしてくれたらええですのに……」
「その声の大きさだと聞こえるんじゃ……?」
「聞こえてるなら、バッチリなんよ! ああ、レン様~! 神様より、よっぽど素敵……!」
「そ、それはシスターとしてどうなんだろうね」
「チッ、あの男。月夜ばかりと思うなよ」
……夜、気をつけた方がいいのかな。
その後、三人はステーキを食べて、満足そうに帰っていった。




