十章 初めてのダンジョン
休暇を取ることにした。
無論、前々から告知は行い、不満が出ないように極力配慮はした。
なぜ休暇を取るか。その理由は、ミリーの話が原因だった。
「おい、キングマツターケって知ってるか? ダンジョンの奥底にある、木漏れ日が差す場所に生える松って木の下に生える、珍しいキノコらしいんだけどさ! マツターケって知ってるか、レン」
「無論です。元いた俺の世界では高級品として扱われておりました。一本、一万円……いえ、千ベルドするものもありましたね」
「そんなに美味いのか!」
「香りはいいと思いますよ。食感も嫌いではありません。で、松茸がどうかしましたか?」
「だから、それを採りにいこうぜって話! 元を知ってるなら、目利き、できるんだろ? 一緒についてきてくれよ。めっちゃ高く売れるらしいし、調理すれば美味いらしいんだよ!」
「……はぁ。しかし、俺には店が……」
「休んじまえって。そんなに遠いダンジョンじゃねぇしさ。戦いもアタシらがやんよ。見てるだけでいい。ペガサスにもう一回乗れるかわかんねぇけど、お前も、バイク? とかいう乗り物があるんだろ?」
「ふむ、試してみたかったですし……分かりました。お引き受けしましょう」
「決まりっ!」
「あ、姉さん。あたしはペガサスの手配、いらないわよ。レンに乗せてもらうから。いいわよね、レン。この間、約束したし」
手配、ということは彼女達の所有物じゃないのか。まぁ見るからに珍しい生き物だからな、ペガサスって。
俺はそう思いながら、ニコリとリリーに微笑みかける。
「はい、リリー」
「ねえねえ、それうちも乗りたいんですけどぉ~」
「今回は譲りなさいよ、マルグリッド。約束はあたしの方が先だったんだから」
「えー! レン様、帰る時は乗せてくださいませんかぁ?」
マギーが教会で走り去って以降、俺は様付けで呼ばれていた。ムズムズするのでやめてくれと頼んだのだが、「レン様はレン様ですし、変える気はないんよ!」と一刀両断。誰も俺の話を聞いてくれない。
「すみません、マギー。今回はリリーを優先で」
「まぁレン様がそう仰るなら、しゃあないですぅ。またべっこの機会に、乗っけてもらいます」
「おい、マルグリッド。お前、訛りがモロに出てるけど、いいのか?」
「ええんですよぉ、レン様が「ありのままの君が美しい」って言うてくれはったんですからぁ!」
……何か、気障な言葉に置き換えられてないか? 別にいいけど。
「中々のスケコマシっスね、レン」
「お前もさん付けでよばねえのな、基本的に他人にはさん付けだろ、お前」
「まぁ親友にさん付けも野暮っしょ。あ、レン、あっしは追加で緑茶とイチゴ大福」
「かしこまりました」
ミリーの分も用意しよう。最近、みんなの前でも、「多く作りすぎたので」とか言って、ミリーが甘いものを食べることへの抵抗をなくす運動をしている。
「楽しみだな、マツターケ!」
「松茸、ですよ、ミリー」
キングってつく位だから、でかいのだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、厨房に戻った。
そして、今日がその松茸狩りの当日である。
バイクを操り、街の南口へ。そこで、リリーが待っていた。
「お姉ちゃん達は先に行っちゃったわよ。待てないのよ、あの人。ここから、まっすぐよ」
「ええ、しかし馬とは比べ物にならないくらい速度が出ますから、追いつくと思いますよ。俺から手を離さないでください。最高速度が出てる時に落ちたら、頭なんて水風船のように割れてしまいますよ」
正直、ノーヘルとか正気の沙汰じゃないが、ヘルメットなんてないし。気をつけて走るしかない。
「……分かったわ。じゃ、乗るわね」
スカートで乗るのか、と思ったら、またがるのではなく、横に深く腰掛けた。
「いいわ」
「……まぁ、しっかり掴まってくれるなら、文句は言いません。行きますよ!」
キュイイイイっ! とスロットルを上げる。
思わずクラッチを回し、足でギアを探してしまう。いかんいかん、これはオートマになったのだ。
それを思い返しながら、ぐんぐん進んでいく。
「は、早いわね! ペガサスなんて、比にならないわ!」
「はい! これがバイクです!」
風を切る音で声が届かないと悟ってか、リリーは大声だ。俺も大声で応じる。
「気持ちいいわね!」
「ですね!」
日本とは違う、湿っぽくない風が心地よい。
弾丸のように駆け抜けていくと、上に彼女達が見えた。ペガサスだ。
すいーっと滑るように、マギーが低空飛行を行う。俺もそれにあわせ、速度を落とした。
「とってもお早いんですねぇ! うち、正直驚いたんですのよ。えろう早く走るんですねぇ、レン様! そちらのお馬さんはぁ!」
「まぁ、はい。で、ずっとまっすぐでいいんですか?」
「はい、まっすぐのところに、洞窟があるんですよ。うちも楽しみですけん、マツターケ!」
「松茸、ですよ」
まぁ人の話は聞いてくれないのだろうけど。もう諦めている。
十分くらい進むと、その洞窟が見えてきた。
大穴が地面にぽっかりと開いている。地下洞窟らしい。
「おっしゃ。じゃ、見張りきめっぞ」
「見張り?」
「ペガサスの見張り。万一殺されたら、弁償だぜ? たっかいんだぞ、ペガサス!」
ペガサスのレンタル……何か、麗しいイメージが一気に俗っぽくなったな。
「リリーは気力使えねぇから無理、レンは真贋に必要。ってなると、アタシかフウカかマルグリッドだ」
「待つのって暇なんっスよ。行きたいっス。マルグリッドさん、残ったらどうっスか? 暇な教会で待ちぼうけも得意っしょ」
「ええっ、うちレン様と一緒に行きたいんやもん! 意地悪言わんといてつかーさい! てか、暇って言わんといてぇ!」
「アタシも待つのは嫌いだ。ってことで、レン。選べ、残すヤツ」
「では、言い出しっぺのミリー、お願いします」
「ぬおっ!? アタシかよ!?」
「ミリーはフウカが絶賛する腕だそうですし。フウカは実力を知っていますので、来てもらいたいです。それに、バイクに乗せることができない分、マギーとお話したいですから」
「……ケッ、言い訳にも卒がねぇ。お前そこが嫌味だよな、完璧か」
「完璧なはずがないでしょう、俺は人間ですよ。……じゃ、行きますか」
「ウィっス。ああ、あっしが先行しやす。次にリリアストさん、次にレン、最後にマルグリッドさんで。レンは訓練は受けてるとはいえ、実戦経験ゼロっしょ?」
「助かります」
先行してフウカが進んで、リリーが手のひらに火球を作り出してそれに続く。俺も後に続き、マギーも歩く。
斜面を降り、広場を進んで、また斜面。
「ダンジョンと言うのは、いつもこんな感じなんですか?」
「斜面じゃなくて階段だったりするっスよ。昔、人々が住んでた、とも言われてるっス」
「そう。それで、未開拓ダンジョンの奥には、眠っていた古代の宝があるとも言われているわ」
「これなんかがぁ、そうなんですよレン様ぁ!」
ビュッ、と拳を奔らせるマギー。いつの間にか、右手には包帯が巻かれ、伸ばされた左手には……確か、ガントレット、という篭手の一種が装着されていた。肘の部分まで覆う、物々しい黄金色の金属だった。
「これはですねぇ、気力を走らせると風を纏わせるんですよぉ! 利用すれば、飛べるんですぅ」
「それの威力、えげつないわよ。魔剣クラスでも厳しいクリスタルゴーレムが一撃でぶっ壊れるし」
「古代人は発達しすぎた文明で滅んだ、とも言われてるっス。ま、ここは再奥まで入った事のあるダンジョンっスから、安心していいっスよ。生息してる魔物も大した事ないっス。あ、そうだ! ここで修行ってのもありっスね! 実戦っスよ!」
「……なるほど。確かに、実戦で使えなければ何もならないですからね」
「そそ。んじゃ、レン。まずは次の階で索敵っス」
「はい」
スロープを降りて、俺は耳、目、鼻を集中強化する。
……いる。獣くさい。視力を更に強化すると、一対の瞳が四つ視認できた。
「四匹いますね」
「正解。ガルフっスね」
ガルフ……この世界で、殺されかけた魔物か。
「まずは修行の成果、ぶっ放すっスよ!」
「分かりました。……こぉぉぉぉ!」
気力を手のひらから放出し、球を作って、気力を纏わせた足を振りぬいて蹴り飛ばす。
一瞬で飛来したそれは、ガルフを散り散りに吹っ飛ばした。
そこで終わらず、足に気力を走らせて地面を蹴る。
目標に選んだ、一番手前のガルフを蹴り飛ばす。凄まじい勢いで壁にぶつかり、動かなくなった。
続いて奥の一頭へと跳ぶ。空中で身を翻して、踵落しを見舞う。一撃で脳が破壊され、即死する。生き物を殺している、という感覚が伝わってきて、正直気持ち悪い。
「も、いっすよ」
ヒュン、と風切り音。
見れば、クナイがガルフの喉元に刺さっていた。残りの三匹も同様だ。
「そろそろ、刀か剣か、買ってあげるっスよ。一人前のお祝いっス」
「いや、それは自分で……」
「まずはプロが選んだ方がいいっスよ。……ああ、いや、その前に適正を見たいっスね。後日、一緒に来てくれないっスか?」
「いいですけど……」
「んじゃ、進みましょ」
今度はフウカが先頭を進む。次をリリー、俺、マギーと、最初のならびに戻った。
道中、マギーとリリーの強さを目の当たりにした。
マギーは見かけからは想像もつかない俊敏さで近づき、ロックタートルという巨大な岩亀の甲羅を左手の一撃で破壊に成功していた。
「凄いですね、マギー。強いです……」
そんな華奢な腕のどこから、あんな力が出るのだろう。破砕音も半端じゃなかったし、相当な力だと思うのだが。
「お、乙女の体をそげん見たらあかんですよ!」
「すみません、つい……」
いずれ教えてもらおう。
リリーは高速で何かを呟き、刹那に魔法陣、というのだろうか。それを展開して、アシッドリザードマンを一瞬で蒸発させていた。その魔法陣は、赤と青が複合していたように見えたが。
「リリーは魔術を使うんでしたよね。それは何と言う魔術なのですか?」
「ああ、さっきの? あれは上級魔術よ、水と炎の複合系、フレイムミスト。蒸気って知ってる? あれって、凄い温度になるのよ。それを敵に集中させる魔術。発案はあたし」
「蒸気はおおよそ、二千℃は超えるらしいですからね」
そんなものをぶつけられたら、そりゃあすごい事になるだろうな。
「まぁ、今度行く場所には全員で行くんで、どれだけ凄いかが数字で出てくるっスよ」
数字?
「お。ほら、最下層っスよ」
……最下層、なのか。それにしては、風の流れがあるが。
上から、僅かに光が差している。その痩せた土地に、一本の大きな松がそびえていた。
その周辺に、巨大なキノコが生えている。
近づいて、香りを確かめる。うん、間違いない。松茸だ。
「これですよ、松茸」
「いっぱいあるけん、誰が運ぶとですか?」
「あたしは無理よ」
「俺が運びましょう。……けど、待ってください」
空気の流れをたどる。
壁があるが、周りの材質とは異なっている。まるで、仕切りのような。
「どうしたんっスか、壁なんか見つめて」
「せっ!」
足に気力を込め、思いっきり蹴り飛ばした。
一発でその壁は崩壊して、隠し部屋を露出させる。
「うおっ!?」
「ええっ!?」
「まぁ!」
気づいてなかったのか。
ともあれ、新しく見つけた小部屋に、全員が寄ってくる。
「ふおおお、凄いっス! なんで分かったんスか、これ!」
「空気が若干流れていたので。それに、さっきの壁はこのダンジョンの壁とは違い、材質がもろそうだったので、もしやと思いまして」
「すごかですよ、レン様! あ、奥に何かありますねぇ!」
奥に進んでいくと、二丁の拳銃が飾ってあった。石碑もある。
そして、紳士服が何セットか、揃えられていた。
「何スか、これ。おもちゃ?」
「……本物ならば、銃という兵器です。ご存知ですか?」
「知らないっス」「んー、聞いた事はないですぅ」
二人は知らなかったようだが、リリーだけは顎に手を添えて、考えるしぐさをする。
「……文献で読んだわ。確か、古代文明の兵器よ。殺傷能力は人間を殺せるレベル。火薬の爆発で鉄鋼を高速で正確に発射する。一般人でも扱える、弓の強化版ね」
「はい。その中でも、ハンドガンと呼ばれる、近距離において取り回せる、軽量で扱いやすい部類の代物です。威力は少し劣ります」
「で、こっちの変な服はなんだよ」
「スーツですね。俺の世界では、正装でした。……にしたって、異様に状態がいいですね。銃も、錆びててよさそうなのに……ん? 石碑に文字が。……えっと、『ジパングよりいでし紳士の最後、愛用品をここに。さらば、桜葉』ですか。桜葉という人の遺品だそうです。こちらの箱には……弾薬がありますね」
漁っていくと、弾薬が百、紳士服が五つ、緑色のネクタイ、赤色のネクタイ、黒色のネクタイ、トレンチコート、サングラスが一つずつ。
「レン、持って帰るんスか?」
「はい、使えそうですしね。リリー、後でこの弾薬を解析して、同じものを作れないかどうか、お願いします」
「いいわよ」
承諾してくれるリリー。拳銃。扱いは分からないが、これを覚えれば、頼りになる事には違いない。
……ありがとう、桜葉さん。大切に使わせてもらうよ。
キング松茸はおいしく頂いた。
十二本取れたので、六本は売り、残りの六本は俺が調理する事になった。
お吸い物、てんぷら、茶碗蒸し、素焼き。
大きくなっても、松茸は松茸だった。
「値段もキングっスね……」
「びた一文まけませんよ」
この日から、俺はスーツを普段着として使うことにした。




