九章 念願の
「ねぇ、レン。ちょっと来てくれない?」
早朝。フウカとの訓練が終わり、朝食を食べているところにリリーが現れた。
「どうしたのですか?」
「次元谷って呼ばれる渓谷で、鋼鉄の馬が見つかったらしいんだけど……あんたなら、知ってるかなって思って」
「鋼鉄の馬、ですか」
少し興味をそそられる。
「分かりました。少し待っていてください」
ガツガツと味噌汁と白米をかきこんで、朝食を済ませる。流し台に食器を置き、店に鍵を掛けて準備完了。
「行きましょうか」
「こっちよ」
案内されるがまま、街の外れまで案内された。
外れにあったのは、赤い屋根の……車輪のついた家だった。
「家に車輪を付ける意味が分かりませんが……」
「実際に移動できるのよ、それ。魔力で動くんだけど、その話はまた今度。……知ってそうなの、つれてきたわよ、アストレア」
しばらくして、ガチャリと扉が開かれる。
嘘のように白い肌。淡い緑色の髪はぼさぼさ。白いシャツとジーンズは何かで汚れている。眼鏡を掛けていて、その奥の瞳は気だるそうだ。
美少女ではある。あるのだが、少し残念だ。
「こっち」
アストレアと言われた少女は、奥に行ってしまう。
躊躇うことなく奥に進むリリーの後を追うと、部屋の真ん中に鎮座する物体に目を奪われた。このファンタジーな世界観にはまるでそぐわない、メタリックなものである。
よく知っている姿だった。前方、後方に車輪がつき、ハンドル、サイドスタンド、左右のミラーも無事。キーは刺さっているようだ。イグニッションの部分に回されている。スターターもついている。クラッチレバーもギアもある。間違えようがない。バイクだ。しかも中型。
「これ、知ってる?」
「知ってるよ、バイクだ。……でも、何だろうこれ。初めて見る。改造車かな……」
大よそのバイクは見たが、どれもが違うパーツだ。これはあの会社のハンドルで、このマフラーは別の会社の……ロゴなんてないし。真っ赤なフルカウルではあるけど、どこのものか皆目見当がつかない。
「バイクって何よ、レン」
「前方と後方に車輪がついて、エンジンがついた乗り物をそう呼びます。エンジンとは、ガソリンなどの燃料で動く動力機関のことですね。……失礼」
サイドスタンドを起こして跨る。イグニッションにキーが回っているので、そのままブレーキを引き、スターターを起動させる。
ドルルルル……と低く唸るようなエンジン音。ヘッドライトが暗い室内を明るくする。
「おおお!」
「動いてる……」
一旦切って降り、スタンドを起こして停める。
「ガソリンが切れかかってますね。……この世界に、ガソリンはありますか?」
「ガソリンなんてもの、知らないわよ。……面白そうね。これ、魔力でそのエンジンっていう動力を代替できないかしら」
「あはは、それはどうでしょうか。俺は機関については門外漢なので……」
俺の話はすでに聞いていないらしく、目を輝かせた二人が拳を握り締める。
「よし、やるわよアストレア! 新しい発明になるかも!」
「やる。頑張る」
「あ、朝昼晩、届けてもらえる? しばらく研究で缶詰になるし」
「分かりました。食事は大事ですしね」
バイクがこの世界でも乗れる。そう考えると、ワクワクしてきた。
とりあえず、俺は店に戻る。きゃーきゃーわいわい騒ぐのは、どこの女の子でもそんなに変わらないんだな、と思いながら。
後日。
「レーン!」
キューン、という高い音を響かせるバイクを押しながらリリーは現れた。なんでエンジン掛けてるのに乗ってないんだ。
「できたわよ、魔力で動くバイク!」
「おお、ホントですか!?」
「うん。で、何かこれで段階を調節するのめんどくさかったから、取り外して、この回転する……ハンドル? を回す強さで調節できるようにしたのよ!」
つまり、オートマになったのか。
「乗ってみて!」
「ええ、では……」
乗ってみる。
スロットルを軽く回す。ゆっくりだが、ちゃんと加速している。
いつものように速度を出してみると、敏感に反応してくれた。ハンドリングも悪くない。エンジン音もエコカーレベルでクリーンだ。どうやったのだろうか。
「液体を燃やして燃料にしてたのが分かったから、そこを魔力に変えてみたのよ。で、一度分解して、パーツの設計図も作ったから、それはあんたにあげるわ」
「ありがとうございます! うわぁ、嬉しいな、これは。……えっと、魔力を入れたい時はどうするんですか?」
「ああ、はい。予備の魔石。これをね」
ガソリンタンクの横に、扉が作られていた。そこを開くと、箱が。それは様々なケーブルにつながれている。その箱の中身は、リリーから渡された、赤い石と同じ物だった。
「交換するだけ。簡単でしょ? 持続時間は約一月かな。色が褪せてきたら交換してね」
燃費もいいのか。恐れ入る。
「魔石、というものはどこにいけば?」
「雑貨屋においてあるわよ。傷薬とか売ってる道具屋とかにも置いてあるかな。大きいのは五百ベルドくらいするけど、それくらいなら百ベルドかな」
少しお高いが、この世界でもバイクに乗れる。これは嬉しいな。
「今度、バイクに乗せてね! 乗っていこうかと思ったんだけど、すぐに転びそうになるのよ」
「あはは。分かりました。機会があれば、ご一緒に」
俺はウキウキしながら店に戻るのだった。




